[Episode.2-ミスマッチなセカイ•A]

───スパイダーアンノウンとお藤との一件があった、その翌日。


楢崎は署長室に呼び出され、とある任務・・についての説明を受けていた。


「はい署長」

「何かね」

「もう一度お願いします」

「ではもう一度。生徒の自殺未遂が相次いでいる高校に潜入・・・・・し、原因を突き止めてほしい」



-4月/波来祖市-




署長・古岡の命を聞き直してなお、楢崎は大きなため息をついた。


「それ自分の領分じゃないと思うんですが。しかも潜入って…何歳サバを読めって言うんです?」

「君が潜入捜査に最適だろうと明乃宙が言っていた。地味で背が低いからちょっと変装すれば高校生に混ざってもバレないだろうと」

「自分、発砲許可いいですか?」

「ダメです」


古岡もまた、小さく息をついて続けた。


「現場は波来祖第三高校、君の母校だ。そして、現場ではアンノウンらしき未確認生命体の目撃報告もいくらか寄せられている。全く無関係…とは言えなくなってきたと思わないかね?」

「アンノウン絡み…成程、JITTEの自分にお鉢が回ってくるわけだ。どうせ拒否権はないんですよね」


楢崎は全てを察し、また全てを諦めたように再びため息をついた。


「分かりました。明乃宙はあとでシバくとして、事前準備に必要なものを」

「それなら明日、早朝に防衛課・・・に向かうといい。準備ができたら、そのまま高校に向かってくれ」

「防衛課…配置転換がなければ、まだ南署ここの地下でしたよね?圧迫感あるからあまり行きたくないんですけど…」

「そう言うな楢崎、潜入には協力者・・・を同行させる予定だ。明日、校門の前で待ち合わせるといい。には話を通しておく」

「に、逃げ場がない…」


楢崎は分かりやすく肩を落とした。同行者がいるなら、此処で自分がごねて断りでもすれば、相手に迷惑をかけることになる。


「ですが署長、同行者が用意できるならわざわざ自分が潜入する意味あります?」


楢崎のもっともな言葉に、しかし古岡は勿論、と頷く。


「情報共有をしやすいように、話は君の担任だった教師…今は校長だったか、彼に通してある。いくら協力者を投入したとして、君という顔馴染みが橋渡しをしてくれた方がお互いの情報の信憑性も上がるだろう?なに、新学期に合わせて潜入するのだ。準備に時間がかかったとしても、校長も多少の遅刻は大目に見てくれるだろう」

「準備万端すぎません?明乃宙が言わなくても自分が行くこと前提で話進めてたんじゃないですかこれ?」

「うん」

「うんじゃないんですけど」


明乃宙だけでなく署長もシバきたい、という思いをどうにか押し込め、ひとまず署長室を後にした。





────もう日も落ちた夜、楢崎の住居である賃貸アパートに帰る道中。


通りかかった記念公園の広場から、夜に似つかわしくない明るさと音楽が聞こえてくるのに気がついた。


「…またか、もう…残業確定演出とか勘弁しとうせ・・・・


そう呟いて、楢崎は騒ぎの方へと足早に向かっていく。音楽は距離に比例して大きくなり、周囲でリズムに乗って飛び跳ねている若者達の歌声や叫び声も次第にはっきり聞こえてくる。楢崎はさらに歩を早め、大きく息を吸うと…肺の空気を全て込めたような警笛を吹いた。


「コラァ!毎度毎度、いい加減にしなさい!」


音楽が止まり、警笛に驚いた若者達がまるで海を割るように道を空け、楢崎と主導者・・・の間が綺麗に開けた。


カラフルな野外用スポットライトの下、公園広場の最奥部で大型のターンテーブルを従えて立っていたのは───身長2mを越す"大男"。右側を掻き上げた金色の髪は所々稲妻のように鋭く跳ね、横髪と前髪の一部もまた稲妻のように曲がり重力に逆らっていた。肌はやや浅黒く、若者達と同じようにラフな服装に身を包み、緑の瞳で真っ直ぐに楢崎と向かい合っていた。

しかし…


「Oh~ミスタ・ナラサキ!今仕事終わりか?」


"大男"は屈託のない笑みを浮かべ、友人に挨拶するかのように手を振りながら楢崎に声をかけた。それが、逆に楢崎の苛立ちを加速させた。


「終わりのはずでしたよ、君達がここで大騒ぎしてなければ!どうして毎回懲りないんですか、君に対する苦情と報告書でトランプ何組分になると思ってるんです?DJ・・ユピテ・・・!」


"大男"…DJユピテは───報告書には三田サンダ雷蔵ライゾウとあるがこれも本名か怪しいものだ───悪びれもせずただニコニコと笑うばかりだ。

何せこのユピテという男、前述の通り波来祖南署の常連・・である。夕刻から夜にかけて若者達を広場に集めては、大音量で音楽を垂れ流し騒ぎ通す。それがしばしば夜中まで続くとなれば、騒音被害の苦情が多数寄せられるのも頷けるだろう。本人達は楽しんでいるかもしれないが…周囲に住宅街がないわけでもなく、住人達にとってはたまったものではない。さらに、その住宅街は楢崎のアパートも含まれている。あまりに騒ぎが大きいと、楢崎自身は非番であっても嫌々注意しに来る羽目になる…という有り様だった。

しかし、この状況を見ても分かる通り…ユピテはこの一帯に住む市民、特に若年層の支持を熱狂的なまでに集めるカリスマDJとして大人気を博している。法や条例違反として検挙した場合、その支持層が暴動を起こす可能性も否定はできない。さらに大きな問題が起こることを危惧し、やむなく黙認している…というのが現状だった。


「この間は大勢を率いてひまわりの種がどうこう、今日はアメリカ気分ですか?盛り上がるのは表現の自由として否定できませんが、時間と音量!そして動員人数による騒音拡大も計算に入れるように!…この忠告も何度目だと思ってるんですか」


楢崎の声は、最後は最早疲れきったように萎んでいた。この男に関しては、署長の古岡に相談しても「大目に見てやってくれ」と宥められるばかり。まさか裏で賄賂など…と疑った事もあるが、ユピテの邪気ひとつない笑顔を見るとそれすら馬鹿らしく思えてしまった。


そのユピテの両脇に、若者達の中から少年と少女が1人ずつ抜け出してきた。その見た目は、中学生ぐらいの幼さに見えなくもない。


「マジすんません楢崎パイセン・・・・・・!音量調整ミスったのは俺なんで、ユピテのアニキは今回は見逃してほしいっす!」

「みんなへのコールも、今度からちゃんと声の大きさに気をつけるから…ごめんなさい!」


若草色の髪に赤いバンダナの少年はフィード、ピンクの髪をツインテールにした少女はロニー(フルだとロイニーヴァらしいが、長いのでロニーでいいと本人が言っていた)。この2人が涙ながらに平謝りするのも、ほぼ恒例行事のようなものだ。確かにそれから数日は多少静かになるのだが、喉元過ぎれば熱さを忘れると言うべきか…数日経てばまた元の音量に戻る。だから、このやり取りも堂々巡りなのだが…


「…ええい、今度こそ!本当に気をつけるように!」

「わ!サンキューっす楢崎パイセン!」

「話が分かるお巡りさんでよかったぁ!」

「残業したくないだけです!反省しとうせしなさい!」


別に、年端もいかない子供に同情したというわけではない。ここで衝突したところで、古岡もまともに取り合ってはくれないのに時間の無駄なだけだ。

それに…アンノウンの脅威がこの世を恐怖に陥れている現状、彼らは住民の真の嫌悪対象にはなり得ていない。事実…彼らが音楽を流している一帯でのアンノウン出現報告は、彼らの活動時間かどうかに関わらず極端に低いのだ。古岡がユピテ達を黙認している理由に関係しているのかまでは不明だが…彼らの活動は騒音であると同時に、アンノウンを退けている"何か"があるのではないか、それが若年層達の不安を和らげこうして熱狂的な支持を集めているのではないか…というのが楢崎としての分析だった。


「とにかく、今日はもう解散しなさい!各自、帰って頭を冷やすこと!」

「Thank youミスタ・ナラサキ~!今度はparty togetherしようZe!人生は1回、enjoyしなきゃもったいないZe~!」

「声がでかーい!もう平成はいいですから!」

「お休みっす~楢崎パイセン!」

「またね~お巡りさん!」

「ハァ~~~~やれやれ………」


3人に大手を振って見送られ、楢崎はもう何をしに行ったかすら忘れようと肩を落とした。





───翌日早朝、楢崎は重い足取りで防衛課の扉を叩いた。前述の通り、防衛課は波来祖南署の地下にある。それは…JITTEが使用する対魔銃『GO-YOゴヨウ銃』など専門的な武器の開発なども行っている秘匿性故だった。


───「入ってええでー」


内部からの声に従い、部屋に入ると───3人の人影があった。

ひとりは背が高く、白衣に…下着一丁という風体の男。銀の髪を一部高めの団子状にし、まとめていない長髪が僅かに揺らめいている。

もうひとりは元々背の低いケンゴよりさらに小柄で、見てくれは少年のような男。色の入った眼鏡をかけ、長く伸びたブロンドの髪を三つ編みにしている。

そして…さらにもうひとりは、警察官の藍の制服を着込んだ金髪の女。髪は綺麗なウェーブでセットされ、服の上からでもはっきり分かるほどに胸が大きく、瞳は海のような青色をしていた。

まず前に出て声をかけたのは、金髪の女だった。


「お疲れ様、楢崎サン!朝早くからごめんなさいネ~」

「お疲れ様です、籠山。準備の方は?」


金髪の女…籠山ミズホは、後方の男2人に目配せすると、男達も頷いた。


「今回はそこまで難しい注文じゃなかったからねぇ、あたしら3人でも一晩あれば用意できたさね。そうだろう、スプートニク?」

「言うて一晩でサイズ調整やら防弾加工やら突貫でやらんとおえなんだんじゃけぇいけなかったんだから、ブラック労働もええとこじゃわ…あれ?どこ置いたんアレクサンドロ」

「ああ、悪い悪い。防刃の方の強度を少し強化しておきたくて、あたしが少し預かっていたんだ。小型マイクの仕込みも終わったし、もう渡すさね」


長身の男…アレクサンドロは噺家のような飄々とした様子で言いつつ、その様子に呆れた小柄な男…スプートニクがアレクサンドロから預かった服を楢崎に渡した。


「今も言うたが、一応対魔戦闘を考慮して、防御力と耐性は相当に上げとる。が…場所が場所じゃけぇ後付けの防具は着られんじゃろ。戦闘になっても無茶はすなよ」

「………あの」


渡された服を見て、楢崎は明らかに眉を潜める。


なんならやどうしたの?」

「これ…学ラン・・・じゃないですか」

「そりゃあそうさね、潜入する波来祖第三高校の制服も学ランだろう?溶け込む変装もなしに、一体どうやって高校に潜入するつもりだったのさ、お前さん?」


アレクサンドロの頓狂な声に、楢崎は反論の言葉を見つけられず押し黙る。それでもなんとか絞り出した言葉は…


「…10歳もサバを読んで学ランを着て、高校生に混ざって授業を受けたり休み時間を過ごせと…?」

「潜入ってそういうことデース、楢崎サンなら似合うと思いマース!」

「1ミリもフォローになってないんですけど!?」


文句を言いたいのは山々だったが…古岡の言葉通りなら、此処で自分がごねて時間を浪費するごとに、相方となる協力者・・・を校門の前で待たせてしまうことになる。最早腹を括るしかないかと諦観のため息をつくと、楢崎は受け取った学ランを半ば嫌々羽織った。


「…ご協力には感謝します」

「気にしなさんな。じゃ、あたしは『名護屋ナゴヤ ろく』の落語の配信見なきゃだからねぇ」

「俺はWAVEウェーブ水嶋ミズシマくんとGO-YO銃の強化についてリモート会議あるけぇ…ああ、この強化案がまとまったらそっちにも話行くと思うけぇその時は頼むで」

こいたらぁこの人達は…(WAVE…?)」

「楢崎サン、心の声と言葉が逆になってマース」


WAVE───自衛隊直轄組織の名が出た疑問より、仕事が終わった途端に好き勝手に解散する防衛課への呆れが優先されてしまった。


「強化案、ですか…」

「なんかぁ、最近アンノウンも小賢しいんが出てきよるみたいじゃけぇの。銃の後部にスロット・・・・あるんは気づいとるか?そこのアップデートについての話がそろそろまとまりそうなんよ。ま、この話はおいおいじゃ。どのみち、そろそろ行かにゃおえまぁがダメでしょ

「そ、そうでした…どうも」


時間が迫り、最早学生のコスプレがどうこう文句を言う余裕もなくなった。同じく用意されていた学生カバンを掴み、挨拶もそこそこに、楢崎は母校───波来祖第三高校へと急いだ。





───「まずいな、予想以上に時間をかけてしまった…」


背こそ高くないものの、楢崎は現役の警察官であり、高校時代は野球部在籍。だから走り込みには慣れているし、体力維持にも気を配ってはいる。多少の距離を走るぐらいでは簡単にへばったりはしない。

そうこうするうち、懐かしい母校の校門が視界に捉えられる距離まで来た。が…


「(…あれ?待てよ…)」


楢崎もたった今思い出した───協力者の名前も外見の特徴も聞かされていないことに。


「(ちょっ…署長オイィイ!!!!)」


古岡に対しての怒りが沸いては来たものの、楢崎自身が聞き出すのを失念していたのも一因ではある。そして少し冷静に考えれば、相手を探し出すのは実はそこまで難しくはないと気がついた。待ち合わせをしているなら、校内に向かわず校門周辺で立ち止まっている対象を探せばいい。

しかし…


「…いない?」


校門近辺で立ち止まっている学生はおらず、もしかしたら相手の方が遅れているのかもしれないと判断した楢崎は、仕方なく高校名が書かれた表札の近くで待つことにした。

その瞬間


「っうわ!?」


急に背中を突かれたような衝撃に、楢崎の体は校門に叩きつけられた。と言っても、そこまでの勢いはなく怪我をするには至らない程度だ。何が起こったのか…と考えるより早く、肩を掴まれて強制的に振り向かされる。その相手は…


「ご~めんなぁ~!痛かったよな、怪我とかしてねえか?」


楢崎の視界に入ってきたのは…濃い紫の長髪を上半分だけ結わえ、ポニーテールのように纏めている若者。両手には大量に何かを買い込んだコンビニ袋を持っており、ツリ目がちな紅の瞳で心配そうに楢崎を覗き込んでいた。楢崎を弾き飛ばしたのは、恐らく勢い任せに走ってきた若者が持っていたコンビニ袋だろう。


「え、あ、はい、怪我とかは何も…」

「よかったぁ、俺がはね飛ばしたせいで新入生・・・に怪我とかさせてたら、これから来る楢崎って人・・・・・に怒られちまうところだったぜ!本当ごめんなぁ」


若者は楢崎の無事を心から喜んだような笑顔を浮かべたが…


「………あの」

「ん、どした?やっぱりどこか痛めて…」

「自分です、楢崎………」


目の前の若者が面白いぐらいに一気に青ざめる。

彼こそが、古岡の言っていた協力者だったのだ。


「………ごめんなさい、新入生とか言って………」

「いいですもう、慣れてます」

「怒らないでくれ…さい!買ってきたお菓子分けるからさあ…です!」

「無理に敬語使わなくていいです、逆に不自然で浮きますから」


大慌てで半泣きになってコンビニ袋の片方を押し付けてくる若者を見ていると、もう怒る気すら失せてきたらしい。楢崎はため息をつくと、真っ青になって震えている若者に改めて問う。


「…君、名前は?」

「えっ…」

「協力者、なのでしょう?相手の名前も分からないのは困ります」


楢崎の言葉を聞いた若者は、また一気に笑顔になった。


「俺は市松・・安芸あきの市松いちまつだ!よろしくな!」

「成程、では君のことは市松と呼べばいいですか?」

「おう!あんたのことは楢崎…いや、下の名前ケンゴだったよな?ケンゴって呼んでいいか?」

「…まあ、お好きにどうぞ」


楢崎は初対面にも拘らず市松の馴れ馴れしさにやや辟易する反面…かつての学生時代を思い出す呼び方に懐かしさを感じてもいた。


「よっしゃ、そうと決まれば突撃だ~!行くぞ~!」

「ちょっ、肩組まないでください!距離が近い!」


まさに高校生と違わぬ騒がしさと共に、2人は校舎へと吸い込まれていった。

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