[幕間•我は弓なり]
-■■年前・???-
───1対の燭台の光だけが部屋を灯す、薄暗い和室。
其処では、2人の影が向かい合っていた。
片方は、陣羽織風の衣装を身に纏った赤毛の"青年"…軍神ティールが胡座を組む。
そして、もう片方は───
『───我を呼び起こすは誰ぞ』
同じく胡座を組み、ティールと正面から向かい合っている、
ティールはその靄に対して姿勢を正し、深々と頭を垂れた。
††
───知らぬうちの話だ。
儂の眼前には、深々と頭を垂れる赤毛の男の姿がある。儂が一体何事か飲み込むより先に、男は神妙な様子で告げてくる。
「お初に御目にかかる、私は軍神ティール・アウラブロッサと名乗る者。開口早々だが、貴殿に頼みがある。単刀直入に申すと、私に力を貸してほしい。非礼、不躾な頼みである事は重々承知。まずは話だけでも聞いていただきたい」
男が名乗った唐突な南蛮名に、思わず目を白黒させてしまう。だが、名など元より気にしておらぬ。
…この男は、知っているのだろうか。
『頼み?この儂に頼みだと!一体どのような心づもりか!』
試すように、儂は少し高圧的に返してみせた。しかし、男は頭を下げたまま微動だにしない。
…成程。この者、一切の脅しに屈しない性質と見た。ならば、これ以上の威圧は無意味であろう。
『…いや、今のは戯れよ。貴殿の申し入れ、承知した。委細を申してみよ』
「…心遣い、痛み入る」
『なに、まずは面をあげよ。話とは、お互い顔を突き合わせてするものであろう』
面を上げた男の顔を、改めて正面から見据える。
赤毛に金の瞳。それは南蛮人とも東洋人とも判断しきれず、しかし整った顔立ちは思わず見惚れるほど。儂を見つめ返す眼差しには一点の曇りも迷いもなく、儂の方から視線を外したくなる程に真っ直ぐで───眩しい。
そして男は、真一文字に結んだ口元の裏に、僅かな悲しみを隠しながら語り始める。
「お言葉に甘えて、我らの窮状を陳述させていただこう───」
───男が語った内容は、儂はにわかに信じられなかった。しかし…男の口振りには、嘘であれば斬り捨ててよい、と言わんばかりの気迫があった。儂としても、この男が嘘を吐き、儂を謀るとは思えない。
故に───
『…委細、承知した。細かい決めごとは、まあ後でよい。そうさな…貴殿に手を貸してやろう』
そう答えると、男の瞳が一層輝きを増した。しかし、それを態度に表すことはせず、男は再び深々と頭を垂れた。
「…一生の感謝を」
『まだ早い、面をあげよ。手は貸そう、ただし
「条件…であるか」
再び儂と向かい合った男に…苦笑を交えて答える。
『そうだな───
───我は、弓なり。
そういう話をしたこともあった。
戦いの絶えない世であれば、弓は手軽で便利な武器として重宝される。
だが…ひとたび平和になり、武器が不要となれば。あれだけ重宝されていた弓は麻袋に詰められ、土蔵の片隅に打ち捨てられ…やがて誰からも忘れ去られていくものだ。
そういうものだと、諦めていた。
───
だったら…今度こそ俺は。
不要になった弓みたいに、打ち捨てられないように。
どんな立場になろうとも、どんな生き様になろうとも。
この生を、
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