[Episode.1-異形と翼と警察官•B]

───翌日。


信じがたいことに、昨日出現した蜘蛛型の強化アンノウンは1体だけではなかった。まさか同等の大型アンノウンが2日連続で現れるなど誰も予想しておらず、波来祖市街は再び混乱の渦中にあった。


そうして、アンノウンから逃げ惑う市民達の波に逆らうように───ひとりの人影が、ゆっくりとアンノウンの出現地点へと歩み寄っていた。


その姿は…現代に似つかわしくない羽織のような上着を纏い、柿色の癖っ毛を高い位置で結わえた、少年と青年の間ぐらいの男。上背はそう高くないが、童顔に浮かんだ笑みは余裕に満ちていた。


「───夢に酔うのもまた一興、か。全く、総大将・・・も人が悪い…なーんて、悪口言うとったらアカンな」


市民達が避難を終え、道路上にただ1体残ったアンノウンに向かい合うと…男は腰の刀を抜き、スパイダーアンノウンに切っ先を向ける。


「さぁて…仕事・・はきっちりやらせてもらうで」


アンノウンもまた、男を視認すると敵意を露にして奇声をあげる。そして突進してくるアンノウンに、男の刀が振り下ろされる

…が


刀は僅かにアンノウンの表皮に切り傷を刻んだと思いきや、突進の勢いに負けて男の手から弾き飛ばされてしまった。このアンノウンは昨日現れた個体より、さらに硬く進化してしまっているらしい。


「えっ嘘ぉ、思ったより硬ーい!?」


男は刀を失った自らの手を一瞬だけ見やったが、アンノウンの突進は止まらない。


「うわわ、あかーん!」


間一髪、男は軽い身のこなしで突進を避け、アンノウンはそのまま道路脇の電柱に激突した。しかし、当然というべきか大したダメージになった様子はなく、振り向くと先程より強い殺意をもって男を睨んでいた。


「なんやねん全然効かへんやん!いける思うて出張でばったけど、総大将は昨日どないして倒したんや!?」


文句を言いつつ、男は弾かれて傍らに転がっていた刀を拾い、再びアンノウンへと構えの体勢をとる。さすがに男からも余裕は薄れ、今度こそ険しい表情でアンノウンを睨み返した。


「…言うて、俺らは逃げられへん・・・・・・逃げたらアカンねん・・・・・・・・・


男が消え入るような低い声で呟いた時…通報を受けたJITTEの車両が、男のすぐ近くに急ブレーキと共に到着した。

車両からはJITTEのメンバーが素早く出動し、指示役の楢崎は男を見るなり慌てて命じる。


「君、危ないから下がって!」

「へ?あ、人間・・…」

「はい?」

「な、なんでもあらへん!そんなことより、こいつごっつ硬いで!」


男は退くどころかその場に留まり、さらにはアンノウンの追撃から楢崎達を守るような立ち位置へと数歩前進する。


「君!下がりなさい!危険すぎる!」

「君ってなんやねん、俺はと───」


そこまで言って、男は瞬時に青ざめて言葉を飲んだ。


「あっちゃうちゃう、た………いや、お藤・・!俺はおふじや!」

「なんで自分の名前をそんな間違えるんですか、怪しいなぁ」

「ほ、ほら目の前に怪物おるし焦っててん…いうか今そんなんどうでもええやろ!自分も危険やって言ったやん!」


お藤と名乗った男は、楢崎と会話する間もアンノウンを視界から完全に外すことはせず、警戒しつつ刀の切っ先をアンノウンへと向けている。


「さて、どないする気や?俺の刀でもほとんどダメージ入らんねんで、あんたら何か手はあるんか?」

「…どんどん進化しているのか」


しかし楢崎はアンノウンを睨むと、怯むことなく大型銃の銃口をアンノウンへと向ける。


「それでも、自分達が歩みを、手を止めることはしない。アンノウンを倒す、それが自分達に与えられた存在意義だ。それができないなら───自分達が此処に生きる意味はない」


楢崎の恐ろしく冷たい声と視線に、お藤は背筋が凍る思いをした。


「(おいおい嘘やろ、ただの人間が、なんでこないに思い詰めとんねん…総大将、こら簡単な話やないで)」


そう心中で呟くお藤の記憶には…彼が"総大将"と呼んだ相手の言葉が思い出されていた。



───「正義を重んじ、悪を挫く。弱きを助け、導く光となる。どうか頼み申す。人の世は、人が守らねばならない。貴殿らに求めるのは、其唯一それただひとつである」───



「…人の世は、人が…か」

「はい?」

「気にせんとって、ただの独り言や。そんなことより、こいつどないする?いっそ、初めてさんの俺とあんたとで共闘でもしてみるか?…なんてな」


お藤は冗談のつもりで軽口を叩いた。が…楢崎の方はそうならなかった。


「…それしかないかもしれませんね。連携の隙がどれだけ埋められるかが重要ですが」

「え、あれ?ほんまにやるん?俺は冗談のつもりd───」

「冗談でもなんでも、目の前の障害は排除しなくてはならないんです。少しでも可能性が上がるなら、試さない手はありません」


お藤を見返す楢崎の目は本気だった。そんな楢崎を見て、お藤も冗談を本気にせざるを得ないと覚悟を決める。


「ま、それもまた一興やね。俺があいつの脆そうな所を集中的に叩いて、ヒビや欠けができたらあんたが撃ち抜く。方針としてはそれでええな?」

「…前衛の君に、危険な役目を任せてしまいますが」

「なんやぁそんなん気にせんときや、なんの危険もなしに無傷で勝利したいとか、さすがに甘すぎるで」


お藤は軽やかに一笑いすると───


「ほな、そういうことで」


振り向きざまに感情を消し、堅牢な鎧と化したアンノウンへ飛びかかるようにして距離を詰める。


「(いくら硬い言うても、稼働部の関節は他の部位に比べれば絶対に脆い。そこを、叩く!)」


そしてアンノウンの足元で、腕の横薙ぎ一振りをさらに体勢を低くして躱した直後、沈み込ませた反動を利用してアンノウンの肩辺りの高さまで跳躍する。その動きは明らかに人間離れしていたが…今の楢崎に、それを気にしている余裕はない。お藤の剣戟が作り出すであろう好機を、ただ銃を構えて狙っている。

その楢崎の"待ち"をお藤も理解しており、すかさずアンノウンの肩…腕の付け根の関節に向かって刀を振り下ろす。


「今度こそ…そこやっ!」


剣戟が命中した関節部は、切断までは至らない。ただ、お藤の予想は的中していた。殻の薄い部分にヒビが入り、アンノウンもそれに気づいて痛みに悶え始める。しかし、混乱して暴れるアンノウンの腕が空中のお藤に当たり、その身を弾き飛ばした。


「あだっ!?」

「ッ!」

「構うな!撃て!…うっ!」


地面に叩きつけられながらのお藤の喝に、楢崎は我に返ると素早く照準を関節のヒビに合わせ、トリガーを引く。


「砕け散れ!」

『DESTROY MODE』


銃身が青く光り、強大なエネルギー弾がアンノウン目掛けて放たれる。さすがのアンノウンもこの強い光には気づいたらしく、混乱を解いて逃れようとする。が───


「逃がさない…!」


そこで、楢崎の両目が紅色に光った・・・・・・・・・


それには、お藤もアンノウンも、楢崎本人ですら気づかず。しかしエネルギー弾は真っ直ぐの軌道を僅かに曲げ、避けようとしていたアンノウンのヒビに命中した。


『ギ、ギ…ギィィィィ…!』


錆びた機械が軋んだ時のような断末魔をあげ、アンノウンは内部から爆散し…やがて灰となり霧散していった。


「や…やった…」

「よっこいしょ…倒せたん?」


呆然としていた楢崎は、血まみれでなんとか上体を起こし座り込んだお藤を見て再び我に返る。


「ちょっ、酷い怪我だ!今すぐ救急車を…」

「あ~いらんいらん、放っといてくれてええで」

「そういうわけにいきません!万一何かあったら…」

「ええって、すぐ治るんやし・・・・・・・


お藤は血の滴る額を手の甲で雑に擦りながら立ち上がり、そのままさっさと立ち去ろうとする…が、楢崎がその腕を掴んで引き留める。


「待ってくださいって!」

「ちょっ…あぁ~もう、めんどいなぁ!」


お藤は痺れを切らしたように吐き捨てると───


「───えっ」


熱くない炎を纏って・・・・・・・・・消えた・・・


「そんっ…消えた…?」


楢崎は慌てて周囲を見渡すが、お藤の姿は何処にも見えない。その代わり───


「…これは…?」


楢崎の足元に、500円硬貨程の大きさをした琥珀色の宝石が転がっているのに気がついた。拾い上げると僅かに熱を帯びており、お藤が一瞬で消えた事と何か関係があるのではと踏んだ。

しかし暫くは近くでお藤の行方を探してはみたものの、それ以上の手がかりがない状態では無意味と判断し、仕方なく楢崎もその場を離れることにした。


「(…今更だが、お藤と名乗った青年の身体能力は人間のものを遥かに上回っていた。関係があるのだろうか…あの赤い翼の"彼"と)」


新たに生じた、疑問だけを残して。




───同時刻・波来祖市某所


街中から空を見上げ、空港から発ったばかりのジャンボジェットを写真に納めると、とある青年・園田ソノダエイジは満足げに頷いた。


「うん、いい感じ。腕を上げるには、やっぱり実践経験しかないからなぁ。写真集、いつかって思ってたけど…いつかじゃダメだ、絶対に出す!」


そう決めた次の瞬間…突風が吹き、手にしていたカメラのレンズキャップが滑って歩道に転がった。


「うわ、しまった!」


慌てて転がるキャップを追いかけ、ようやく拾い上げようと屈んだ時…行く先にいた誰かナニカが、エイジより先にレンズキャップを拾い上げた。


「あ、どうも───」


その顔を正面から見たエイジは───黒いナナフシのような姿をしたアンノウンだった───恐怖に硬直し、吸い込んでいた息の分だけ叫んだ。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


───しかし、直後。


───「チェストォ!」


ナナフシアンノウンは、背後からクロス字に斬られ消散した。

恐怖のあまり、カメラを持つ手に力を込めたままのエイジが次に目にしたのは───ナナフシアンノウンを斬った主らしい、赤い翼を持ち濃朱の髪をした長身の"青年"だった。


「え、あ………?」


"青年"は険しい顔をしていたが…持っていた日本刀を鍔だけ残して虚空に消すと、それを懐にしまう傍らでエイジの姿を確認したのち、体勢を整えてからやや表情を和らげてエイジに問う。


「間に合ってよかった。怪我は?」

「あ、ああ、ない…です」

「ならばよかった」


"青年"はぶっきらぼうに返すが、固まったままのエイジを金の瞳で捉えると、ああ、と続けた。


「この街は特にアンノウンの出現が多いとされている。外を歩くなら、いっそう気を付けた方がいい」


"青年"の言葉が終わらないうちに───先程のナナフシアンノウンに酷似したアンノウンが"青年"の背後に迫っていた。そこでようやく、エイジの声帯が機能を回復して叫んだ。


「げぇっ、後ろ!」

「心配ない」


"青年"は懐から先程の鍔を素早く取り出すと、それを両手で挟み込むようにして手を合わせ、そのまま両手を横に平行に伸ばして離していく間に刀が現れ、生み出された柄を持つと即座に振り向いた。その間、秒もない。


「軍神の名に於いて、夢幻のごとく散るがいい。南泉流剣術・抜刀一閃───《儚桜ゆめさくら》」


───横に一薙ぎ、居合の要領で振られた刀は、アンノウンを一撃で真っ二つにし消散させた。

そして"青年"は、最初のアンノウンが落としたカメラキャップを拾うと、エイジに手渡した。


「申し遅れたな。私はティール・・・・アウラブロッサ・・・・・・・。立て続けに襲われるとは、不運であったな。だが、その不運ももうそろ終わる。人間達・・・を脅かすノイズは、我々・・が終わらせてみせる。軍神・・の名に懸けて、必ず」

「あ、ありがとう…ございます…?」


軍神・・と名乗った"青年"…ティールの言葉への理解が追いつかず、エイジは相変わらずカメラを手に固まっていたが───この時点ではエイジ本人も気づかなかった。

エイジの指が、シャッターの位置にあったということに。




───さらに同時刻・???


───ざわめきが広がる。

───その喧騒の中を、おぼつかない足取りで急ぐ者がひとり。


「…あンの、バカが…!」


たどり着いたのは…白と銀の壁、緑の光のラインで構築された病室。

苛立った様子の"彼"は解錠ボタンを拳で叩き、扉が左右に開ききるより先に病室に体を滑り込ませた。


市松・・ッ!!」


しかし、怒鳴りこんだ"彼"の目に映ったのは…もぬけの殻となったベッドのみ。それを見て、"彼"は事態を完全に把握し…なお苛立って独りごちた。


「あのバカが…なんであのゴリラ・・・を檻から放った…!あのゴリラがもう死にかけ・・・・って事は、あのバカもよーっく知ってた筈だろうが…!しっかり監督しとけって言った…それをあのバカ、ゴリラごと消えるだと!?…クソッ!」


"彼"は包帯だらけの腕で、力任せに壁を殴った。金属同士・・・・がぶつかる鈍い音が響いた。


そこに、騒ぎを聞きつけたらしく、ひとりの人影が"彼"の背後から駆け寄る。


───「なんじゃなんじゃ、騒がしいのぉ?落ち着かんかケトス・・・


声をかけたのは───少年とも少女とも見える、背の低い人影。肩にかかるぐらいのウェーブがかった銀髪を持ち、瞳は赤く肌は色素が薄い。白基調の軍服を纏い、呆れたように"彼"…ケトスを背後から見上げていた。


「呼び捨てにするんじゃねぇブン殴るぞ!俺はあのゴリラと違って、テメェら登用霊兵・・・・を認めちゃいねんだ!」

「あーハイハイその話はもうええから分かっとる。それで?何を大騒ぎしとるんじゃ?わし・・、さっきまで寝とってのぉ…ふぁあ…」


"少年"(便宜上こう呼称する)が伸びをしながらやや高い声で問うと、ケトスも多少は落ち着きを取り戻したのか声の調子を抑える。


「───コロッセウム・・・・・・の七大老、アライバ・クライスが、斬首死体で発見された」

「ほぉ?それを、あの者・・・がやったと?」

「刀であの切れ味を出せる奴は、この天界・・じゃあのゴリラぐれーだ…疑う余地もねーだろ。いよいよ死が見えたあのゴリラの奇行か…と言いたいが、コロッセウムの連中もあのゴリラが大人しいから調子に乗ってた部分もある。とうとう堪忍袋の緒が切れたって所だが…よりによってあのゴリラ、そのまま市松の奴を連れて消えやがった!」

「あーそれな、わしが送り出した・・・・・・・・


…突拍子もない"少年"の答えに、ケトスは暫く固まっていた。しかし…


「はぁあ!?何やってくれてんだ上総介・・・!あのゴリラは…」

「知っておるよ、あの者の、軍神の命火はもう数える程。損傷・・も酷く修復・・も最早間に合わん。此処で安静にさせておくのが最良であろうな」

「だったらなんで…」


ケトスの噛みつくような睨みにも、上総介かずさのすけ と呼ばれた"少年"は一切怯まない。それどころか、ケトスを上回るような冷たい視線を返しながら答える。


「お主。お主はあの軍神が大人しくとこ臨終きのうていしを待つような性質だと本気で思うておるのか?わしらより長い付き合いのお主が、その本質を見誤っておるとは、まっこと悲しいのう」

「んだと…?」

「あの軍神は言うた。自分の命火が最期を迎えようと言うならば…その命火は世界のために捧げると。少しでも人間界・・・の状況が良くなるように、とな」


そこで、ケトスは息を飲む。


「あいつ、人間界に…」

「そういうことじゃ。ま、それこそわしは、お主にこのことを伝えるために居残っておっただけのこと。その役目も果たしたならば、わしもあの軍神の背を追うことにしようかの」


上総介は踵を返し、軽い足取りでケトスから離れていくが、その背にケトスの恨み声が飛ぶ。


「…分かってんだろうな、テメェら」

「ああ分かっておるよ、何もかもな。故に、我らは此処に在る───あの軍神、ティールは我らの同胞はらから、戦友であり契約者・・・。その"契約"を果たすまで、我らはあの者と共にある。謀叛は御法度、死なぬ・・・命は地獄まで。それこそが我ら、登用霊兵の生き様よ」


上総介が廊下を曲がって姿が見えなくなるまで、その背を睨んでいたケトスは…最後、消え入るように呟く。


「…あのバカは、良くも悪くも三界のバランサーだ。いくら死にかけとはいえ、下手打って他の連中に殺されたりしてみろ。三界…天界も魔界も人間界も、荒れるぞ。それこそ…良くも、悪くもな」

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