第11話「かくして戦端、開かれるのこと」

 少数なればこその動きやすさもある。

 機動力をかして、シャンホアたち百人ほどの女は山地に陣取った。

 南北に走る大陸の背骨、西方と東方を分かつ山脈である。

 丁度中程、山林に伏せて南の幽谷関ゆうこくかんから轟音を聴く。

 逆に、北側には例の不自然な直線回廊があった。


「よしっ、手はず通りにいこっ! ミーリン、いい? あとは、アルテパも」


 この距離からでも、落雷のような音が連なり響く。

 テンテンの言っていた、大砲というものらしい。

 エンにも火薬の技術はあるが、攻城戦こうじょうせんには投石機とうせききの方が一般的だ。そして、今回は逆に立てこもる方……幽谷関は決して、堅牢堅固けんろうけんごな要害とは言えない程度のとりでである。

 また、渓谷としては広く街道が整備されており、かなりの大軍でも展開できる。

 条約軍の五十万人全員は無理でも、その一割程度は陣取れるだろう。


「ミーリン、アルテパにつかまれ! アルテパが背負って走るぞ」

「え、えと、でも」

「そうして、ミーリン。ボクは脚には自信あるけど、頼れることは頼って甘えよ?」


 そう、シャンホアはこの短い期間で急激に賢しく……小賢こざかしくなった。

 小狡こずる小利口こりこうになったのである。

 それに、幼くともミーリンはみんなでかかげる旗頭、焔の女皇帝なのである。神輿みこしとまではいかないが、移動だけで疲れてもらっては困るのだ。


「よし、早速その大砲? とかをやっつけるぞ。アルテパにお任せなんだぞ!」


 幽谷関へと向かって、颯爽さっそうとアルテパが走り出す。

 足場は悪く、斜面に乱れ立つ木々は邪魔するように枝葉を広げていた。

 そんな中を、ミーリンを背負ってアルテパが風になる。見えない道を飛ぶように馳せる。

 足腰に自身のあるシャンホアでも、あっという間に引き剥がされた。


「いや、ちょっと待って……アルテパ、凄いっていうか……嘘でしょあれ」

「どした? シャンホア、だらしないぞ。しょうがないんだぞ、もー!」


 ミーリンを背負ったまま、さらにアルテパは小脇にヒョイとシャンホアを抱える。

 そして、荷物が二倍に増えたにも関わらず加速した。

 まるで木々が逆にアルテパを避けているような錯覚。

 あっという間に視界が開かれ、断崖絶壁へと三人は顔を出した。

 その下は、地獄である。


「あれが、大砲……」

「ゴホ、ゴホゴホッ! 酷い煙なんだぞ! あと、くさい!」


 火薬と黒煙で覆われた中から、無数の炎が砦を攻めていた。

 もうすでに、無数の砲撃で幽谷関の城壁はボロボロである。

 こんな武器は見たことがない。

 そして、それはもう兵器とでも言うべき暴力の権化ごんげだった。

 シャンホアが驚いていると、アルテパから降りたミーリンが身を乗り出す。彼女は崖から飛び降りるかと思われる程に、両手を広げて我が身を敵にさらした。


西方諸国連合せいほうしょこくれんごう、条約軍の将兵にぐ! 我は焔帝国皇帝なり! これより慈悲をもって、なんじらに降伏を勧告する!」


 ミーリンの声はまだまだ幼く、普段もどこかおどおどとしている。

 それが、女皇帝を目指すと決めたらこのキモのすわりようである。

 そして、そこに謎の怪異が介在している気配はない。確かにあの時は、不思議な光を受け入れミーリンは人が変わったように冷酷だった。

 だが、今はわかる。

 身のうちに謎を招いたまま、それを用いずに彼女は自分の言葉を発していた。

 当然、ざわめく眼下の大軍が銃や大砲を向けてきた。

 それは、シャンホアにとっては予想通りで、その先をフェイルは読んでいると信じていた。


「大砲っての、来るよ! ミーリン、もういいから下がって! こっちこっち!」

「いよいよアルテパの出番なんだな!」


 崖の上へと向かって、砲火が集中した。

 無数の銃口が火を吹きなまりつぶてを浴びせてくる。

 だが、それらは全て崖の表面を僅かに崩すだけ。大砲の弾は時々崖を超えてきたが、その奥深くまでは飛んでこなかった。

 銃を見た時、シャンホアは思ったのだ。

 そして、大砲はまあ、それを大きくしたものとザックリ雑に考えたのである。

 つまり、からくりはこうだ。


「アルテパ! あっちの攻撃は真っ直ぐにしか飛ばないから、ここには絶対に届かない」

「むむむ!? それはつまり?」

「真っ直ぐ斜め上に撃っても、ボクたちの前にある崖が遮蔽物しゃへいぶつになるってこと。大砲は、あれはちょっと怖いけど……向こうからはボクたちが見えないから、狙いも正確じゃない」


 逆に、こちらからは一方的に攻撃できる。

 何故なぜなら、アルテパが背負った鉄弓てっきゅうを初めて構えてみせたからだ。

 そして、彼女は野生の本能を持って生まれた少女……屈強な肉体を持つ狩人かりうどだ。


「大砲ってのをまず、潰して。位置はわかる? ボクがざっと数えただけで、百個程だけど」

「問題ないぞ! この酷い臭い……目をつぶっても当たるんだぞ!」


 テンテンが用意してくれた資材を、アルテパはすぐ近くに見つけて手に取る。

 そう、それは武器には見えないし……アルテパ以外には。

 山と積まれた資材は、先端を尖らせた巨大な丸太である。

 一本一本が宮廷の柱みたいなそれを、むんずとアルテパは片手で持ち上げる。

 あとはもう、答は明白だった。

 

 、それだけの話だった。


「わはは、シャンホア! 当たるかどうかちょっとだけ見てほしいんだぞ。そ、れええっ!」


 信じられないことに、巨大な丸太を鉄弓につがえて、いとも簡単にアルテパはつるを引き絞った。誰が引いてもびくともしなかった鉄弓は、鋭く唸って身をよじらせる。

 そして、アルテパは天高く、ほぼほぼ真上に丸太をる。

 同時に、シャンホアは再度崖のきわまで行って下を盗み見た。

 既に兵士の一部は、崖を登り始めている。

 その男たちが、背後の爆発に振り向き固まった。

 大砲の一つが、真上から落ちてきた丸太に貫かれていたのである。


「当たってる! アルテパ、どんどんやって!」

「おうてばよー! こんなの、おっさんとの一騎打ちに比べたら楽勝なんだぞ!」


 銃の弾は防げず、大砲の砲弾もしかりだ。

 矢ならばあるいは、フェイルたちのような武人は剣や槍で叩き落とすかも知れない。

 だが、絶対に避けられぬ銃や大砲にも弱点はある。

 その一つが、

 逆に、弓は山なりに矢を放つことができる。

 そしてそれを、ただの丸太の木材でやってのけるのがアルテパという女傑バケモノだった。


「うん、いける……まずは大砲をある程度潰して。あとはわかるよね、フェイル!」


 祈るように、願うように、そしてなにより当然のように。

 聴こえぬ声をフェイルに送って、シャンホアは惨劇の中へと目を凝らす。既にもう、崖を登ろうとする兵士たちの姿はなかった。見えぬ崖の向こうから、無数の木材が落ちてくる。まるで天罰のごとく、巨大な質量が降り注ぐのだ。

 その全てが大砲に振り下ろされた戦鎚ハンマーで、砲身は割れて車輪が弾け飛んだ。

 また、生身でその一撃を受けた兵士など、跡形も残らず血と肉を振りまいている。

 地獄絵図が、さらなる地獄に塗り替えられた、その時だった。


「さてさて、なかなかにやってくれるもんだ。では、いざっ!」


 幽谷関の城壁の、その門が開いた。

 というよりは、内側から蹴破けやぶられた。

 もとより砲撃でボロボロになっていた門が、地響きを立てて倒れる。

 その奥から出てきたのは、一人の青年だった。

 人の姿をした武神、ただ一匹の美しきけものがそこにいた。


「フェイル! 大砲はあらたかた潰したよ、あとは――」


 シャンホアは叫んだが、声は届かない。

 それだけの距離なのに、甲冑に身を固めたフェイルの勇姿ははっきりと見えた。

 槍を片手に、一人で敵陣へと歩んでゆく。

 当然のごとく、全ての兵士が銃を構えた。

 遮蔽物はなく、撃てば当たるという状況だった。

 何千人という兵士の銃口が、たった一人の武将を狙う……それこそがフェイルの狙いだった。そして、崩れて破壊された城門の煙が、北方の騎士たちを隠したまま走らせる。


円陣防御えんじんぼうぎょ! 奮い立て! 我ら北方騎士、この身を盾にしてでも血路を開くのだっ!」


 ミハエルが率いる騎士たちが走る。

 全身を金属の鎧で覆って、手には巨大な盾を構えていた。

 あっという間にフェイルの周囲に、鋼鉄の城壁が出現する。隙間なく隊列を整えた騎士たちの盾が、発射された銃の弾丸を歌わせた。

 数名が盾を貫通された。

 それでも、盾を支えるようにして立ったまま死んでいった。

 そして、文明的な近代の戦争が終わる。

 一斉射撃で弾を撃ったあとの、静寂。

 その瞬間に、武人たちは餓狼がろうの如く牙を向いた。


「再装填させるな、全員突撃っ! 俺の旗に……帝国の旗に続けえええええっ!」


 フェイルの槍に今、風にはためく深紅の旗印。

 それは、焔帝国の旗だ。

 大将首は俺だと言わんばかりに、それをひるがえしてフェイルが走る。閃光のように、慌てふためく敵陣の一角を穿うがつ。そこからはもう、ミハエルたちも続いての乱戦になった。

 シャンホアは、ここまでは予想できていたし、わかっていた。

 敵味方が入り乱れていれば、あの銃という武器は使い物にならない。

 味方への誤射の危険があるからだ。


「ひっ、ひいいい! 総員着剣そういんちゃっけん! 銃剣を、あわわ」

「クソッ、なんだっていい! 手近なものでブン殴れ! 敵は白兵戦で来たぞ!」

「いや、ここは銃の装填を……ダメだ、間に合わねえ! うわああああああ」

「手、手が、手があ! 俺の右手が!」


 何倍もの数の条約兵が、蜘蛛くもの子を散らすように引き始めた。

 そこに今度は、城壁からチョウゼン率いる兵たちが矢を射る。それも、大昔には禁忌の武器とされていたである。銃とは違い、機械仕掛けで硬すぎる弦を巻き取り、弓矢より強力な一撃を放つものボウガンだ。

 あとはもう、シャンホアは見ている必要はなかった。

 アルテパに引き続き大砲潰しを頼んで、ミーリンと共に走り出す。

 数の違いを圧倒できていられるのは、そう長くは持たない……なればこそ、次なる一手が必要になるのだった。

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