第6話「戦の始まり、憎悪の根源を知るのこと」

 寵姫ちょうきたちのとむらいの夜は続く。

 だが、シャンホアは料理に舌鼓したづつみを打ってばかりもいられなかった。もっと敵を知りたいし、どうにかしてこの国を守りたい。

 月夜の庭園で今、シャンホアは西方諸国の軍事力の一端に触れていた。


「こ、これが……というものですか? どうやって使うんだろう、これ」

「おいおい、壊すなよ? それと、銃口を覗き込むな。そこから弾が出るんだからよ」


 フェイルの私物で、テンテンが融通してくれたものだそうだ。テンテンは豪商の娘、めっぽう数字に強く記憶力は抜群だ。その上、親が大陸中に広げた流通ルートを持っており、頼めばなんでも調達してくれるという。

 そのテンテンは、離れた場所に丸いまとのついた棒を突き立てる。


「これでよし、っと。せやな、まずは持ち方、構え方からや」


 長い長い鉄のつつで、後ろ側がゆるやかに湾曲している。その部分も含め、半分は木が鉄の筒を支えていた。槍ほど長くはないが、杖にはちょっとという大きさである。

 弓と同じく、遠距離から敵を撃つ武器だとは聞いていた。

 小首を傾げていると、不意にフェイルが背後から抱きすくめて来た。


「ここを持って、こう構えるんだ」

「わわっ、ちょ、ちょっとフェイルッ!」

「もう弾は入ってる。火薬もな」

「火薬……?」

硫黄いおうとか硝石しょうせきで作るんだが、あいにくと帝国は少し遅れててな。花火は腕のいい職人がいるんだが。そら、ここに指をかけて撃つんだ。よく狙えよ」


 女装の麗人は、布越しに接すれば引き締まった肉体をしていた。

 硬い筋肉で織り込まれた、男性、軍人の身体である。

 その包容の中で銃を握れば、不思議とシャンホアは頬が熱かった。

 言われるままに的に向かって、狙いを定めて、撃つ。

 落雷にも似た轟音が響いて、驚きのあまりシャンホアは背後に倒れそうになった。が、しっかりとフェイルが受け止めてくれる。

 弾はどうやら、的には当たらなかったようだった。


「少し練習が必要でよ、コツがいるんだ」

「そ、そうなんだ……これ、凄いね! なまりの弾を火薬で飛ばす、それも凄いけど、音が大きい!」

「向こうの兵隊は一人一人全員がこいつを持ってるのさ」

「……は? え、じゃあ何万人もの数で撃ってくるの?」

「ああ」


 信じられない。

 両手に持つ銃が、とても精密に造られた代物だとわかるからだ。製鉄技術は勿論もちろん素晴らしく、そんな銃が大量に生産されているという。改めてシャンホアは、西方諸国連合の恐ろしさの一端を知った。

 もうすでに、剣と槍とで戦う時代を向こうは終えている。

 こんなものを一斉に撃たれたら、近付けずに戦いにすらならない。


「これのデカいのが大砲、城の城壁もあっという間にボロボロって訳だ」

「大砲……」

「おいテンテン。前に頼んでた大砲はまだかよ。まあ、一つや二つあっても意味はないけどよ」


 すかさずテンテンが記憶をたぐるように腕組み夜空を見上げる。

 次の瞬間には、まるでしたためた帳簿を読むような正確さで答えが帰ってきた。


「次の西方便で来る思いますわ。ただ、この戦争で船便も遅れてるさかいなあ」

「でも、最新鋭なんだろ? インウに見せて、うちでも造れないか調べさせる」

「鉄と火薬と車輪と……毎度おおきに! 早速用意させてもらいますー」

「明日には滅びるかも知れない国だ、儲け話にはならないぜ?」

「そういうことは気にせんでヨロシ! 今回ばかりは賭けみたいなもんちゃいますか」


 そう、全ては明日……これからの数日で決まる。

 まずはみやこを守り、西方諸国の条約軍を追い返さなければならない。

 鉄砲の熱を肌に感じながら、思わずシャンホアはゴクリと喉を鳴らした。

 できることなら、今すぐ逃げ出したい。

 けど、自分が一人だけで助かってなんとするのだろう。

 そう思えるだけの出会いが、今日一日で無数にあったのだ。そのことを改めて思い出していると、いつのまにか隣にヘリヤグリーズが立っていた。

 彼女はそっとシャンホアから鉄砲を取り上げる。


「……銃にも弱点はありますわ。それは、


 ヘリヤグリーズは、フェイルが「ほらよ」と無造作に投げた棒を受け取った。

 なにに使う棒なのかと思ったら、ヘリヤグリーズはドレスのポケットから弾丸と火薬を取り出す。銃口にそれを順々に入れて、最後に例の棒を突き刺し奥へと力を込めた。


「こうやって、弾と火薬を槊杖さくじょうで再装填……訓練された兵でも20秒はかかりましてよ」


 などと言いつつも、ヘリヤグリーズは手早く終えて自分で構える。

 再度銃声が響き渡り、的の真ん中に丸い穴が穿うがたれた。

 その時にはもう、次の弾を彼女は装填している。

 シャンホアは、連続して銃を撃つヘリヤグリーズの横顔に目を見張った。


「……狩りが好きな子でしたわ。気付けばわたくしも、この通り手慣てなれたもの」


 なんの話かと思ったが、不思議とシャンホアは驚いた。

 無表情の鉄面皮てつめんぴが、ほんの僅かに優しげな笑みを浮かべている。

 そのままヘリヤグリーズは、よどみない動きで再装填と射撃を続ける。


「わたくしが生まれ育ったのは、アラキア皇国……ま、ご存知ないでしょうけど」

「す、すみません、ボクはちょっと」


 すぐにフェイルが、西方諸国の最前線、エンに国境を接する小国だと教えてくれる。


「そう、小さい国よ……でも、鉄も石炭も山程掘れたわ。自国の力では掘りきれないくらいにね」

「そういう訳で、アラキアにはどこの西方諸国も群がるようになった訳だ」

「ええ。そして、あの子がわたくしの婿むこにあてがわれたの。ふふ、おかしいでしょう? 彼、わたくしより15歳も若いのよ? まだほんの子供で、親子みたいだったわ」

「西方諸国も一枚岩じゃねえ。抜け駆け同然に婿入りを強行する国もいれば、その王子を暗殺する国もあったって訳だ。……うちの陛下が最終的には介入することになったがよ」


 そして、戦争が始まった。

 焔の皇帝は、列強各国に翻弄ほんろうされ続けるアラキア皇国を保護しようと画策する。勿論、資源の確保も目的ではあった。これに乗った皇国の王は、幼い夫を失ったばかりの愛娘まなむすめを差し出してきたのである。

 西方各国は直ちに条約に基づく遠征軍を編成し、焔もまた迎え撃つ。

 こうして、大陸全土を揺るがす大戦争が始まり、勝敗が決したのだ。

 それが、ヘリヤグリーズが魔女と呼ばれる所以ゆえんである。


「いい銃ね、フェイル。これならわたくしも戦えますわ」

「おいおい本気かよ。一発しか当たってねぇぞ?」

「あら、お言いね。よく御覧になって?」


 的には確かに、中央に丸い穴が一つだけ。

 だが、シャンホアはすぐに気付いた。


「全部、真ん中に当てたんだ……だから、穴は一つだけ」

「おいおい、マジかよ。アンタ、何者だ?」

「あら、今更じゃなくて? わたくしは魔女……この戦争の元凶を作った女よ」


 世界の地政学と欲望に翻弄され、今はもう地図のどこにもない国……それが、アラキア皇国。そして、その最後の血統は焔へ、全ての資源は西側諸国連合へと引き継がれた。

 いつだって戦争はそうだ。

 シャンホアは無学で無知だが、知っている。

 いつでも泣くのは女や子供、そして力のない民たちだ。

 自分や姉もその一人で、ヘリヤグリーズもそう。


「フェイル、わたくしも戦います。よろしくて?」

「いい訳ねぇだろ、だいたいどうやって」

「わたくしに兵を100人……いえ、50人程頂けないかしら。テンテン、それくらいの人数分なら、銃を揃えることはできて?」


 テンテンは「おうっ!」と即答する。

 だが、50人というのは数十万の大軍を前にすれば無に等しい。

 そして、フェイルの真剣な表情が全てを物語っていた。

 その50人を出すのも難しく、素人しろうとの寵姫に任せる訳にはいかない。

 シャンホアもそう思っていた、その時だった。


「ヘリヤグリーズ様! その、銃とかいうのを教えてくださいまし!」

「どうか、わたしたちにも陛下のかたきを」

「もはや私には、帰る故郷もありません。死ぬならば、せめて一矢いっし報いたく」

「あの方の鎮魂ちんこんに、おなぐさめになるなら……この命、惜しくはありませぬ!」


 後宮から次々と寵姫たちが出てくる。

 皆、この後宮でちょうよ花よと生きてきた女たちばかりだ。貴族の娘もいれば、平民、農民、果ては娼婦しょうふ馬賊ばぞくだった者たちもいる。皆、美しさと気高さを皇帝に買われて招かれた、この後宮に咲き誇る花たち。

 茶会や祝宴とは、いくさは違う。

 武器は愚か、刃物一つ持ったことのない者とているだる。

 だが、そんな寵姫たちを見渡し、ヘリヤグリーズはまたも溜息をこぼす。


貴女あなたたち……バカね、そんなこと……でも、そうね。あんな男でも、仇くらいは討ってやるのが筋というものですわ。それに、これは……あの子の仇討あだうちでもありますもの」


 果たして、美貌と気品しか能のない寵姫たちが戦えるのか?

 だが、シャンホアはすぐにその活用法を思いつく。

 そして、たかが50人を、されど50人と言わしめるには銃が必要だ。その時にはもう、テンテンは姿を消している。恐らく、国内のありったけの銃を集めてくれるのだろう。


「あ、あのさ、フェイル」

「ん? どした、田舎娘いなかむすめ

「もうっ! ボクにはシャンホアって名前があるんだってば! ……やれる、勝てるよ」

「だろ?」

「……なにそれ、もっと驚いてよ」

「俺たちはハナから負けてるが、それでも勝つ。百年後、二百年後にも焔の国と民は残る。そのためには……絶対に都を守らにゃならんのさ。そういう意味だよな? シャンホア」


 シャンホアは力強くうなずく。

 軍略がどうこうはわからないが、半端にとはいえ武術を修めたシャンホアには感覚でわかるのだ。戦いとはすなわちたたかい、力と力、技と技の激突にほかならない。数の違いは決して質では補えないし、今の彼我兵力差ひがへいりょくさは歴然だ。

 だが、希望は見えている。

 その光を感じて、今は全力を尽くすだけだ。

 そう思っていた、その瞬間……またしても後宮に、風雲急ふううんきゅうげる一報がもたらされるのだった。

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