第6話「戦の始まり、憎悪の根源を知るのこと」
だが、シャンホアは料理に
月夜の庭園で今、シャンホアは西方諸国の軍事力の一端に触れていた。
「こ、これが……鉄砲というものですか? どうやって使うんだろう、これ」
「おいおい、壊すなよ? それと、銃口を覗き込むな。そこから弾が出るんだからよ」
フェイルの私物で、テンテンが融通してくれたものだそうだ。テンテンは豪商の娘、めっぽう数字に強く記憶力は抜群だ。その上、親が大陸中に広げた流通ルートを持っており、頼めばなんでも調達してくれるという。
そのテンテンは、離れた場所に丸い
「これでよし、っと。せやな、まずは持ち方、構え方からや」
長い長い鉄の
弓と同じく、遠距離から敵を撃つ武器だとは聞いていた。
小首を傾げていると、不意にフェイルが背後から抱きすくめて来た。
「ここを持って、こう構えるんだ」
「わわっ、ちょ、ちょっとフェイルッ!」
「もう弾は入ってる。火薬もな」
「火薬……?」
「
女装の麗人は、布越しに接すれば引き締まった肉体をしていた。
硬い筋肉で織り込まれた、男性、軍人の身体である。
その包容の中で銃を握れば、不思議とシャンホアは頬が熱かった。
言われるままに的に向かって、狙いを定めて、撃つ。
落雷にも似た轟音が響いて、驚きのあまりシャンホアは背後に倒れそうになった。が、しっかりとフェイルが受け止めてくれる。
弾はどうやら、的には当たらなかったようだった。
「少し練習が必要でよ、コツがいるんだ」
「そ、そうなんだ……これ、凄いね!
「向こうの兵隊は一人一人全員がこいつを持ってるのさ」
「……は? え、じゃあ何万人もの数で撃ってくるの?」
「ああ」
信じられない。
両手に持つ銃が、とても精密に造られた代物だとわかるからだ。製鉄技術は
もう
こんなものを一斉に撃たれたら、近付けずに戦いにすらならない。
「これのデカいのが大砲、城の城壁もあっという間にボロボロって訳だ」
「大砲……」
「おいテンテン。前に頼んでた大砲はまだかよ。まあ、一つや二つあっても意味はないけどよ」
すかさずテンテンが記憶をたぐるように腕組み夜空を見上げる。
次の瞬間には、まるでしたためた帳簿を読むような正確さで答えが帰ってきた。
「次の西方便で来る思いますわ。ただ、この戦争で船便も遅れてるさかいなあ」
「でも、最新鋭なんだろ? インウに見せて、うちでも造れないか調べさせる」
「鉄と火薬と車輪と……毎度おおきに! 早速用意させてもらいますー」
「明日には滅びるかも知れない国だ、儲け話にはならないぜ?」
「そういうことは気にせんでヨロシ! 今回ばかりは賭けみたいなもんちゃいますか」
そう、全ては明日……これからの数日で決まる。
まずは
鉄砲の熱を肌に感じながら、思わずシャンホアはゴクリと喉を鳴らした。
できることなら、今すぐ逃げ出したい。
けど、自分が一人だけで助かってなんとするのだろう。
そう思えるだけの出会いが、今日一日で無数にあったのだ。そのことを改めて思い出していると、いつのまにか隣にヘリヤグリーズが立っていた。
彼女はそっとシャンホアから鉄砲を取り上げる。
「……銃にも弱点はありますわ。それは、一度撃つと次弾の装填に時間がかかること」
ヘリヤグリーズは、フェイルが「ほらよ」と無造作に投げた棒を受け取った。
なにに使う棒なのかと思ったら、ヘリヤグリーズはドレスのポケットから弾丸と火薬を取り出す。銃口にそれを順々に入れて、最後に例の棒を突き刺し奥へと力を込めた。
「こうやって、弾と火薬を
などと言いつつも、ヘリヤグリーズは手早く終えて自分で構える。
再度銃声が響き渡り、的の真ん中に丸い穴が
その時にはもう、次の弾を彼女は装填している。
シャンホアは、連続して銃を撃つヘリヤグリーズの横顔に目を見張った。
「……狩りが好きな子でしたわ。気付けばわたくしも、この通り
なんの話かと思ったが、不思議とシャンホアは驚いた。
無表情の
そのままヘリヤグリーズは、
「わたくしが生まれ育ったのは、アラキア皇国……ま、ご存知ないでしょうけど」
「す、すみません、ボクはちょっと」
すぐにフェイルが、西方諸国の最前線、
「そう、小さい国よ……でも、鉄も石炭も山程掘れたわ。自国の力では掘りきれないくらいにね」
「そういう訳で、アラキアにはどこの西方諸国も群がるようになった訳だ」
「ええ。そして、あの子がわたくしの
「西方諸国も一枚岩じゃねえ。抜け駆け同然に婿入りを強行する国もいれば、その王子を暗殺する国もあったって訳だ。……うちの陛下が最終的には介入することになったがよ」
そして、戦争が始まった。
焔の皇帝は、列強各国に
西方各国は直ちに条約に基づく遠征軍を編成し、焔もまた迎え撃つ。
こうして、大陸全土を揺るがす大戦争が始まり、勝敗が決したのだ。
それが、ヘリヤグリーズが魔女と呼ばれる
「いい銃ね、フェイル。これならわたくしも戦えますわ」
「おいおい本気かよ。一発しか当たってねぇぞ?」
「あら、お言いね。よく御覧になって?」
的には確かに、中央に丸い穴が一つだけ。
だが、シャンホアはすぐに気付いた。
「全部、真ん中に当てたんだ……だから、穴は一つだけ」
「おいおい、マジかよ。アンタ、何者だ?」
「あら、今更じゃなくて? わたくしは魔女……この戦争の元凶を作った女よ」
世界の地政学と欲望に翻弄され、今はもう地図のどこにもない国……それが、アラキア皇国。そして、その最後の血統は焔へ、全ての資源は西側諸国連合へと引き継がれた。
いつだって戦争はそうだ。
シャンホアは無学で無知だが、知っている。
いつでも泣くのは女や子供、そして力のない民たちだ。
自分や姉もその一人で、ヘリヤグリーズもそう。
「フェイル、わたくしも戦います。よろしくて?」
「いい訳ねぇだろ、だいたいどうやって」
「わたくしに兵を100人……いえ、50人程頂けないかしら。テンテン、それくらいの人数分なら、銃を揃えることはできて?」
テンテンは「
だが、50人というのは数十万の大軍を前にすれば無に等しい。
そして、フェイルの真剣な表情が全てを物語っていた。
その50人を出すのも難しく、
シャンホアもそう思っていた、その時だった。
「ヘリヤグリーズ様! その、銃とかいうのを教えてくださいまし!」
「どうか、わたしたちにも陛下の
「もはや私には、帰る故郷もありません。死ぬならば、せめて
「あの方の
後宮から次々と寵姫たちが出てくる。
皆、この後宮で
茶会や祝宴とは、
武器は愚か、刃物一つ持ったことのない者とているだる。
だが、そんな寵姫たちを見渡し、ヘリヤグリーズはまたも溜息を
「
果たして、美貌と気品しか能のない寵姫たちが戦えるのか?
だが、シャンホアはすぐにその活用法を思いつく。
そして、たかが50人を、されど50人と言わしめるには銃が必要だ。その時にはもう、テンテンは姿を消している。恐らく、国内のありったけの銃を集めてくれるのだろう。
「あ、あのさ、フェイル」
「ん? どした、
「もうっ! ボクにはシャンホアって名前があるんだってば! ……やれる、勝てるよ」
「だろ?」
「……なにそれ、もっと驚いてよ」
「俺たちはハナから負けてるが、それでも勝つ。百年後、二百年後にも焔の国と民は残る。そのためには……絶対に都を守らにゃならんのさ。そういう意味だよな? シャンホア」
シャンホアは力強く
軍略がどうこうはわからないが、半端にとはいえ武術を修めたシャンホアには感覚でわかるのだ。戦いとはすなわち
だが、希望は見えている。
その光を感じて、今は全力を尽くすだけだ。
そう思っていた、その瞬間……またしても後宮に、
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