詐欺師の探偵養成記

海ゅ

第1話

「1……2……3……4…………100。これで全部か」



 俺は今回ので稼いだ現金の山を眺める。それらは軽く数千万はくだらない量に及ぶ。

 今回の仕事はとてもとても楽だった。お偉い政治家が死に、その後継として弱冠12歳の子供が選ばれた。その子供に近づき、夢を見させて金を騙し取る。

 それだけで数千万……。明らかに真面目に仕事をするより詐欺の方が稼げる。

 俺みたいに確実に警察から逃げることの出来る手段を用意しておかないと一般人には難しいだろう。


 そうして今回の仕事に大いに満足した俺は隠れ家の1つに足を向けて歩き出す。




 1.〈詐欺師〉の誤算





「おい、ジン」

「なんだ? 〈情報屋〉」



 俺はとあるバーに来ていた。

 どこにでもある一般的なバー。しかし、会員制であり特殊なルートでしか会員になれない。

 それに加え、〈裏会員〉にならなければ情報を買えない、つまりは客という土俵にすら立てない。会員費は表は月10万程だが裏になると月数千万はくだらない。

 もちろん俺は〈裏会員〉だ。


 

「お前にとっていい情報だ。かの有名な〈名探偵〉が設立したスワンダール養成学校への〈入学試験招待状チケット〉をゲットした」

「だからなんだ。俺みたいな詐欺師が探偵・警察養成学校に行ったって意味が無いだろ」

「チッチッチ」


 

 意味ありげに舌打ちしながら人差し指を振る〈情報屋〉。



「金が手に入るぞ、それも……〈名探偵〉の莫大な遺産が」



 金。その響きに俺は吸い込まれる。この世で最も美しく、醜く、人間を表す最適な言葉のひとつだと俺は考えている。

 人を動かす最も簡単な方法は『金』だ。そういう俺も金に動かされ、動かす人間だから身に覚えがありすぎる。


 気がつけば俺はカウンターに身を乗り出し話を聞こうとしていた。



「手に入れるためには?」

「『〈名探偵〉の死ぬ原因となった事件、〈名探偵殺害事件〉を解決すること』だ」



 その条件について俺は若干諦めつつある。

 俺の職業は〈詐欺師〉であり、顔が売れるのは嬉しくない。



「ああ、それと……『又は卒業時に警察・探偵ランクにおいて各上位1名に前者は全ての、後者は一部の〈名探偵〉の財産を譲渡する』が正確な文言だ」



 それを聞いて俺は考える。解けるとすれば前者しかない。良くも悪くも俺は犯罪者側であり、〈名探偵〉を殺すには……と考えると自ずと同じ思考になる可能性がある。何しろ同じ犯罪者なのだから。


 そして俺は……。



「行く。行こう、その……スワンダール養成学校へ」

「わかった。手配しておくよ。そして、報酬は……分かってるね?」

「……」



 抜かりない〈情報屋〉を一睨みし観念して携帯で操作をし、〈情報屋〉の口座に0が8個程付く金額を振り込んだ。



「やったぞ」

「毎度あり!」



 こうして俺はスワンダール養成学校へのチケットを手に入れた。




 ◇




「ここか……」



 俺は学校の校門を眺めていた。その校門は金持ちの豪邸の入口と大差のない豪華さと堅牢さを兼ね備えていた。

 入口には教師が1人いるだけで警備員など探してもいなかった。

 機械を見れば、事前に受験生に配布された仮生徒手帳を通さなければ入ることさえ不可能だった。高性能なレーザーまで搭載しているのだ。いちいち警備員など配置する必要などない。


 しかし、今回の仕事は『こっそり』ではなく『堂々と』だ。その機械に仮生徒手帳をタッチし、堅牢な警備を軽々とパスする。

 校門をくぐるとにメールが届いた。中を見ると受験の案内が届いており、それに従い体育館を目指して歩き出す。


 体育館へ歩く途中に周りを見渡すと広いという感想がやはり一番に出てくる。その大きさはサッカーコート10ダースでも足りるか怪しいくらいの広さでここを運営している組織が末恐ろしく感じる。



「……あ、あの!」



 周りを見ていたせいで声をかけられていることに気付かなかったをして反応する。



「ああ、すまない。どうしたんだ?」



 声をかけられた方を見ると至って平凡な学生という印象がある男の子に出会った。弱気そうで尚且つ人見知りっぽい感じだ。

 髪は男子学生にしては長く、目をソレで隠している。猫背で姿勢も悪いがこれでも探偵や警察を目指している。



「た、体育館への道を教えて欲しいです!」



 恐らく勇気と呼べるものを振り絞って聞いたのだろう。

 駄菓子菓子だがしかし、俺は〈詐欺師〉だ。優しくない人間だ。故に意地悪をしてやる。



「……試験まであと1時間はあるな」



 時間を確認し、俺は1分ほど考え答えを出した。



「君、名前と志望科は?」

「ぼ、僕の名前は綾海あやかい魅入みいる、し、志望科は探偵科だよ」



 綾海あやかい……聞いたこと無い名だな。



「俺はじん、同じく探偵科だ。よろしく。さて、ここは1つ探偵科志望らしくゲームをしよう」

「ゲ、ゲーム?」

「ああ。それじゃあルールを説明しよう。あ、ちなみにこの

「わ、わかった」

「このゲームでは情報を賭ける。俺の持つ『体育館への道』という情報だ。

 そしてこのゲームは俺の持つ『情報』を3する。

 そして3回ジャンケンをし、勝てば3分割した情報を渡す。逆に負ければ綾海あやかい君にを貰いたい。引き分けは何も起こらない。ただジャンケンの回数が減る。つまり、あいこはなしという訳だ」

「お、お願いの内容にもよります……」

「なに、ただのパシリだよ」

「な、ならいいです」



 ここで言質を取った。ポケットにしまっている配布された携帯で録音をしているため逃れようとしても無意味だ。ただ、綾海あやかい相手にはあまり意味は無さそうだがな。



「まだルール説明は終わっていない。

 そして

 21使使32使使

 以上がルールだ。理解したか?」

「う、うん」



 その言葉を聞いて安心する。ヤバイヤツはこれすらも理解出来ないからな。



「それじゃあ、始めよう。1分間待つ。手を決めてくれ」



 俺は1分間で手を決めるのではなく纏めよう。


 まず、俺は今回『グー』か『チョキ』しか出すことをできない。綾海あやかいからしたら普通は『グー』だけ出せば負けることはない。が、今回は引き分けがある。故に相手の手を予測することが必要だ。


 綾海あやかいの身になって俺の思考を読むと

 

 〈綾海あやかいにとって『チョキ』という手はデメリットしかない。《負け》の可能性と《引き分け》の可能性しかないわけだから綾海あやかいの手から『チョキ』は除外される。

 だから、相手は『グー』もしくは『パー』しかない。仮にもし俺が『グー』を出すと《負け》の可能性と《引き分け》の可能性しかない。逆に『チョキ』を出すと《勝ち》の可能性と《負け》の可能性がある。つまり、必然的に『チョキ』を出すしかない。


 だから僕は『グー』を出せば勝ちだ〉

 

 と綾海あやかいは考えているだろう。相手は『グー』を出す。それに合わせて俺も――を出せばいい。



「っと1分だ。準備はいい?」

「う、うん」

「ジャンケン……ポン」



 俺は『グー』、綾海あやかいも『グー』を出していた。つまり《引き分け》。3回という回数を消費し、2回になっただけだ。



「引き分けだな。では、2回目だ。もう一度1分間とる」

「……」



 綾海あやかいは集中している。ここまで集中してくれるなんてゲームをした甲斐があった。


 今回も前回と同じ、とはいかない。あいこ狙いというのはもう晒したし今回は勝ちにいく。

そして、綾海あやかいの思考はこうだ。

 

 〈あいこ狙いだな。僕の『グー』にピンポイントで『グー』を当ててきた。あいこ狙いでないと出来ない芸当だ。今回じんが出せないのは『グー』。だからといってさっきと同じように『チョキ』を出すことは出来ない。今回は一度負けて相手に《勝ち》のイメージを埋め込む。だから『パー』だな〉


 となるわけだ。

 そして勝てるなら勝つ。それは普通のことだ。一点狙いで俺は『チョキ』を出す。決まりだ。



「よし、1分だ。

 ジャンケン……」

「……」

「ポン」



 俺は『チョキ』、綾海あやかいは『パー』を出している。両者の予定通りに事は進んでいる。



「俺が勝った。それに伴い、俺が綾海あやかい君に『お願い』する権利を1つ戴く」

「わ、分かったよ」

「それじゃあ泣いても笑っても最後だ。1分間とる」



 最後だ。これが一番読めない。俺の戦略は意味が無い。2手しか出せない以上、圧倒的不利。今までは心理戦でどうにかしてきたが通じるか怪しい。

 微表情を読んでもいいがフェアじゃない。ここはシンプルに『パー』でいこう。『パー』は《負け》と《引き分け》の可能性がある。俺はあくまで《負け》以外なら勝ちだ。

 もう片方の『グー』は《勝ち》か《負け》。同じ手でも《勝ち》か《引き分け》の差はでかい。なら《勝ち》を選んだ方がいいに決まっている。そこの裏をかく。あえて《引き分け》の『パー』を出す。決まりだ。



「よし、1分だ。ジャンケン……」

「……」

「ポン」



 俺は驚いていた。綾海あやかいは『チョキ』を出し、俺は『パー』を出していたから。

 俺の心を読んだのかそれともたまたまなのか。どちらにせよ勝ったのは事実だ。負ける気なんて毛頭なかったが素晴らしい。

 そこで綾海あやかいをしてきた。



「あ、あの、僕の勝ちですが

「フフッ……ハハハ! 良いよ。じゃあ体育館まで歩いていこう」

「お願いします」



 素晴らしい。提案の変更なんてこんな土壇場で思いつくことではない。当人にならなければ分かりにくいがな。

 歩いて10分ほどかかるためネタばらしでもしながら歩こうと話始める。



「ネタばらしをしよう」

「ね、ネタばらし?」

「ああ、まず1回目の話をしよう。その際、綾海あやかい君はこう考えたはずだ。


 俺は『パー』を出せない。それにより自動的に綾海あやかい君も『チョキ』が除外される」

「う、うん。確かに考えたよ」

「そう、ここまではあっている。問題はだ。俺は《負ける》ことがダメだったわけであって引き分けでもいい。だから読み間違いだ。

 それに加えてルール説明の時に俺がジャンケンの手のうち、1つを使えないという強烈な印象を与えたせいで《勝ち》と《引き分け》で俺の勝ちになるということも見落としていた」

「な、なるほど」



 理解してくれているのは助かる。仮にもスワンダール養成学校の生徒だ。これくらいは理解するのは当たり前か。



「そして2回目。これは特に説明することは無いな。綾海あやかい君は一度の敗北を許容し、俺に《勝ち》の印象を与えようとした」

「そ、そうです」

「対して俺は綾海あやかい君のその思考を読み切り、勝ちを拾わせてもらった」



 ここまでは予定調和だ。問題は3回目だ。俺は負けるつもりなど毛頭なかった。なのに負けてしまった。微表情を読まないなどのハンデがついていたとはいえ急に綾海あやかいの思考が読めなくなった。



「問題は3回目だ。俺は負ける気などなかったがどうして俺の手が分かった?」

じん君が僕の思考を読んでることは……に、2回目で分りました。だ、だからポーカーフェイスを貫きました。そ、そしてじん君の今までの思考的に裏をかいて《引き分け》と《負け》の可能性がある……う、裏を返せばメリットの手である『パー』を出すことを読みました。あ、後は『パー』に対して勝てる『チョキ』を出せばいいんです」

「なるほどね。最後の最後に俺の思考を読み切られたってわけだ。これじゃあ俺は――」



 ――詐欺師失格だ。


 その言葉を俺が紡ぐことは無い。だけど俺にとってこの言葉は……――かもしれない。



「……いや、なんでもない、忘れてくれ」

「……? わ、分かった」



 俺を読み切るなんて誤算だ。こんな奴がいるなんてな。

 ……俺たちは歩き出す。体育館を目指して。

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