27話 絶望

「あらゆる物理的防御を貫通する『聖剣ロベリア』、魔術的防御を貫通する『魔剣リコリス』。その昔、神話の時代に勇者と魔王がそれぞれ使用していたとされる神器。まさか、二本ともあなたが持っていただなんて、驚きだわ」


 ……どうやら『聖剣』と『魔剣』の特性は割れてしまっているらしい。


 だからこそ、魔王は先ほどの斬撃を大鎌では受けずに、『防御魔法』を展開してきたわけだ。けれど、割れてしまっているとわかれば、それはそれでいい。


「……」


 私は、二本の剣を固く握る。

 今の私は『万物錬成』を使えない。しかし、戦い方次第では、今の私と魔王の戦力差を埋めることだってできるだろう。油断はしない。手抜きもしない。今の私が持つあらゆるすべての武器で、あいつを――魔王を。


 どんな手を使ってでも。

 全身全霊、全力で。

 殺す。


「……ッ!」


 勢いよく地を蹴る。瞬時に魔王の懐に入ると、私は左手の『魔剣リコリス』を振るう。


「はっ!」


 魔王もまた大鎌を振るう。私の『魔剣』と魔王の大鎌の刃がかち合った。


「――ッ」


 すかさず右手の『聖剣』を、魔王目掛けて下段から斬り上げる――


「甘いわ!」


 しかし、その斬撃もまた魔王が展開した『防御魔法』で防がれる。


 必殺の一撃を生むことができる『聖剣ロベリア』と『魔剣リコリス』をもってしても、魔王に簡単にいなされてしまう。流石の対応力といったところだろう。けれど私だって、この程度で魔王を倒せると思うほど、奴を見くびってはいないのだ。


 魔王はかち合っている『魔剣』を大鎌で振り払い、後ろへ飛びのき距離を取る。

 距離を取られれば、奴の十八番の『火炎魔法:煉獄』の射程に入ってしまう。

 それだけは絶対に避けねばならない。私は奴に一瞬の隙も与えない。


「――固有魔法『武器錬成』」


 私の背後。宙に無数の魔法陣が出現する。そこから姿を現すのは――

 同じく無数の『聖剣ロベリア』。そして『魔剣リコリス』。計七本。

 私は刹那のうちにそれらに『浮遊魔法』を付与する。そして、


「消えろッ――!!」


 魔王に向けて計七本の『聖剣』と『魔剣』を射出した。


「――ッ」


 流石の魔王もこれには目を見開く。

 付与された『浮遊魔法』によって、七本の神器は恐ろしい速度で魔王の身体に吸い込まれるようにして飛んでいく。


 あの速度、そして七本の『聖剣』と『魔剣』を魔法と物理でそれぞれ処理することは非常に困難だろう。それはいかに最恐の魔王といえど変わらないはず。しかし、これはあくまで次の私の攻撃への布石に過ぎないのだ。


 これで倒すには至らずとも、あわよくばなにかダメージを与えられればそれでいい。


 その隙に、また攻撃を打ち込み、そうやって奴を追い詰めていく。『万物錬成』を扱えない今の私では、魔王を前にして余裕なんてない。もはや手段は選んではいられないのだ。出来ることはなんだってやってやる。


 そうして私は、魔王に吸い込まれていく七本の剣を眺めながら、私自身も魔王に向かって駆けていく。


 やがて高速で射出された七本の神器たちは魔王の身体へと到達し――

 瞬間、霧散した。


「――!」


 まるで最初から砂でできていたかのように。私が魔王に向かって放った神器たちは、そのどれも悉くが蒸散していったのだ。


 見ると、魔王は自身の目の前へ右手をかざしている。――その先には、魔王の身体を覆いつくすほどに大きく、禍々しい黒い魔法陣。


「――固有魔法『虚無崩壊きょむほうかい』。忘れていたわけじゃないでしょう? ワタシのこの魔法陣に触れる万物はすべて、虚無へと帰す」

「――くっ」


 展開した魔法陣に、触れた対象すべてを破壊し尽くす魔王の固有魔法『虚無崩壊』。私の『武器錬成』とは相性最悪といえる魔法。

 しかし、もちろん忘れていたわけじゃない。


「お前のその『虚無崩壊』は再展開にディレイがある。違う?」

「よく覚えているじゃない」


 そう。奴の『虚無崩壊』には再展開までディレイがある。時間にしてわずか一秒。常人からしてみればそんな時間など微々たるもの。ディレイと呼ぶには些か短すぎるもの。


 しかし――。


 こと真剣勝負においては――私にとっては、それは十分すぎる時間なのだ。

 私は展開されている黒い魔法陣をよけ、再び魔王の懐へと入る。そして、右手の『聖剣ロベリア』を横なぎに振るう――


「そのくらい、読んでいるわよアイリスッ!」


 どこか嬉々としてそう叫ぶ魔王は、『防御魔法』を展開している。

 けれど、甘かったな魔王。


「――それくらい、私も読んでいる」

「……ッ!?」

「――『転移魔法』ッ!」


 唱える。刹那、私が握る二本の剣たちが、淡い光を放ちながらそれぞれ入れ替わる。


 左手には『聖剣ロベリア』。そして今この瞬間魔王目掛けて振るっている右手には、『魔剣リコリス』。あらゆる魔術的防御を貫通する、『魔剣リコリス』が握られている。


「――な!?」

『魔剣』による一撃は、魔術的防御であるところの『防御魔法』では防げない。そして、この土壇場で大鎌を防御に回す時間もない。ゆえに。


 ――決まった。


「――ははあああああああぁああぁぁあああッッ!!」


 全力で『魔剣リコリス』を振りぬく。その一撃は魔王の『防御魔法』を貫通し、そして魔王の肉体へと到達する。


「――ッ」


 私はありったけの膂力を剣に込める。やがて、魔王のその身体は私の斬撃によって、両断され――


「――ッは……?」


 そして目を疑った。両断されたはずの、魔王。

 上半身がズレ落ち、地面に転がるその一瞬。

 魔王は、笑っていた。

 刹那、私はある強烈な違和感を覚える。

 魔王の身体からは――一滴も血が出ていなかった。


「……!?」


 ……なっ!? 『分身魔法』だと!? 一体いつ入れ替わって――


「――惜しかったじゃない!?」


 突如、背後から声がする。


「――ッ」


 私はほぼ勘で自身の背後に『防御魔法』を展開。

 瞬間、とてつもない衝撃とともに、私の身体は吹っ飛んでいた。


「――がはッ……!」


 地面を二、三回バウンドする。


「――くぅぅぅ!」


 私は咄嗟に二本の剣を地面に突き刺しその衝撃を和らげる。


「……ぁ、くッ」


 勢いが止まる。私は脇腹を抑えながら立ち上がる。するとそこには、


「――終わりよ」


 巨大すぎる紫色の獄炎を携えて、魔王は不気味に笑っていた。

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