25話 一方その頃
わたしは今、なにやら半透明の薄い壁のようなもので作られた球体の中に入れられていた。
肩口に綺麗に揃えられた桃色のショートカットが揺れる。オーバーサイズの黒いローブを風にはためかしているその少女。肌は透けるように白い。年は日葵ちゃんと同じくらいかな? 目の前にはスーパープリティなロリっ子、スイレンちゃんが宙を舞っていた。どうやらスイレンちゃんは、わたしをどこかに連れていきたいらしい。
「ねえねえスイレンちゃん、どこに向かってるの?」
「……」
「聞こえてるー? なんかどんどん辺りが山に囲まれてってるんだけど。わたしデートなら芦ノ湖周辺が良いな。なんちゃって」
「……」
「スイレンちゃんと二人きりも悪くないんだけどさ。わたし十八時には旅館のディナーがあるから戻らなきゃいけないんだ。だからあんまり遠くに行かれると困る……かも」
「……」
「一応アイリスたんにラインしといたほうがいいよね。……ええっと、さあ、わたしたちのデートを始めましょう、っと。こりゃアイリスたん嫉妬しちゃうかな~! ねえスイレンちゃん、写真撮るからちょっとこっち向いてくれる?」
「――少しは危機感を持ったらどうなの!?」
スイレンちゃんはいきなりがばっとこちらに振り返ると、顔を真っ赤にしてそう叫んだ。
「はい、ぴーす」
「ぴーす、じゃない!?」
……ああ、スイレンちゃんが動くからブレちゃったじゃん。まあでも、ブレてても可愛いから良しとしよう。
「あなたは今、最恐最悪と人類から恐れられたこの魔王スイレンに攫われたの! その自覚はある!?」
「あんまないかな。ねえ、アイリスたん既読つかないんだけどー」
「話を聞きなさいっ!」
……怒られてしまった。たしかにいくら大事な連絡といえど、人と話している最中にスマホを触るのはいけないよね。
「……ごめんなさい」
「……き、急に素直ね」
わたしはスマホをポケットにしまい、スイレンちゃんに向き直る。
「それで、何の話だったっけ」
「……あなたは今、あの恐るべき魔王に拉致されている真っ最中なの。もう少し自覚を持ってワタシを恐れるなり絶望するなりしなさいよ」
スイレンちゃんは、なぜか少しげんなりしているように見える。気のせいだろうか。
しかし、わたしは今拉致されているのか。てっきりスイレンちゃんがわたしに惚れて、強引にデートに連れ出している真っ最中かとばかり。ああいや、本気でそう思っていたわけじゃないよ?
ひょっとしたら、とか考えていたわけで。もしかしたらー、なんて欲望がわたしのなかに少しあっただけで。わたしの脳内はそんなにピンク色ではないよ。うん。
そもそもわたしとスイレンちゃんは今日で会うの二度目だしね。……んまあ一目ぼれという線もあったか。
「じゃあはい質問」
ひょいっと手を上げる。
「……言ってみなさい」
「なんでスイレンちゃんはわたしを拉致したの?」
「まあ、当然気になるわよね」
「そうだね」
「理由は簡単よ。あなたを餌に、アイリスをおびき出すため」
「アイリスたんを?」
「そう。ワタシはね、アイリスのあの深い闇の正体を知りたいのよ」
「へえ」
「ワタシが他人にあそこまで恐怖したのなんて、後にも先にもアイリスだけだわ。あの時、ワタシは一目見ただけで確信した。今のワタシではアイリスにはどうやっても勝てないと」
「うんうん」
「このワタシにそこまで思わせてしまうことができたあの闇の正体を知りたいのよ。そのうえでアイリスを仲間にして、醜い人間が蔓延るこの『世界』をも滅亡させることができたなら、それはさぞかし楽しいでしょうね」
「なるほど」
「でもね。今のアイリスにはそれがないのよ」
「それ、とは?」
「あの時ワタシが感じた圧倒的な力。ワタシがあの時恐怖した、あの深く昏い闇が今のアイリスにはないの」
「あーね」
「ワタシは困ったわ。あの闇に魅入られて、その正体を知りたくて。ワタシはわざわざ時空を超えてアイリスを追ってきたっていうのに、その闇がもうないだなんて」
「ほうほう」
「そこであなたよ」
「はいはい――ってわたし?」
「そう、あなたよ。ここ数日の生活、見させてもらったわ。あなた、ずいぶんとアイリスと仲が良いでしょう?」
「えぇ~、そう見える~? 見えちゃう? やっぱ見えちゃうか~、照れるな~!」
「……。とにかく、そんなあなたたち二人を見て思ったのよ。アイリスの目の前でワタシがあなたに危害を加えれば、あのアイリスの闇が再び戻ってくるかも、ってね」
口の端を上げ、スイレンちゃんはにやりと妖しく笑う。
「だからワタシはあなたを拉致した。状況によってはあなたに危害を加えるのもやぶさかではない。どう? 少しは自分の立場を理解したかしら?」
「…………うん。理解したよ」
「そう。それならあなた、もう少しおとなしく――」
「――スイレンちゃんは黒派。意外とおませさんだね」
「なんの話をしているの!?」
なにって、下着の話意外になにがある? スイレンちゃんはミニスカを履いていて、しかも宙に浮いている。風だってそこそこ吹いている。そんな良環境の中、このわたしが美少女のパンチラを見逃すはずもない。あまりわたしを舐めないでほしい。
「……ふっ」
「なんで得意げなの!? 頭おかしいんじゃないの!?」
「よく言われる」
「でしょうねっ!」
スイレンちゃんは途端に頭を抱え始めた。「拉致する人間を間違えたか?」とか、「あの幼女の方がよかったんじゃないか?」とか、なにやらぶつぶつと独り言を言っている。
幼女って、日葵ちゃんのことだろうか。日葵ちゃんが幼女なら、スイレンちゃんだって幼女だろうに。わたしのロリコンセンサーによれば、二人の年はそう変わらないとみている。
……いや待て。スイレンちゃんはアイリスたんと同じく異世界出身らしいし、ロリババアという可能性もあるのか。……ううむ。夢が広がるなおい。すると、スイレンちゃんの独り言が止まる。
その表情は、なにかを決心したようである。スイレンちゃんはおもむろにわたしに向けて手のひらをかざすと、
「『催眠魔法』」
そんな最近どこかで聞いたフレーズをスイレンちゃんが唱えると、スイレンちゃんの手のひらからは鈍く青い光が放射される。その鈍い光がわたしを覆っている薄い球体の壁を貫通すると――
「……あ、れ?」
瞬間、頭が重くなるのを感じた。
……いや、頭だけじゃない。身体も、なんだか、おもい……? ぜんしんが、なまり、みたいに……。
「……はあ、最初からこうすればよかったわ」
スイレンちゃんは何かをやり切ったような清々しい顔をしている。一方のわたしは、突然の謎の睡魔に動揺を隠せない。
……あ、やべ。これ、ねちゃう、やつだ……。
「少し眠っていなさい。最も、あなたが次また起きることができる保証なんて、どこにもないのだけれど」
最後に、スイレンちゃんのそんな鈴みたいな、しかしどこか暗い雰囲気を孕んだ声が聞こえて。刹那、ぷつりと。
わたしは意識を手放した。
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