24話 不穏
私が『治癒魔法』をかけてやると、二人はすぐに起き上がった。
「……うおっ。なんか元気になった」
「……あれ。なんだか身体が軽いです」
「……はあ、まったく。でもまあ、元気になったならよかった」
「何だか知らないけどやったぜ。じゃあ仕切りなおして、お風呂に入ろうかアイリスたん」「そうですね」
「は い る わ け な い で し ょ !!」
あんな狂言を吐いておいてよくもまあそんなことを言える。こんな変態と一緒に温泉だなんて、身体が休まるどころかかえって疲れるばかりだ。なにされるかわかったもんじゃないし。
……ん?
「…………日葵ちゃん、今何か言った?」
「いいえ、なにも」
その後、渋る露草を無理やり部屋へ押し戻した。あんなに鼻血を噴いていたのだ。私の『治癒魔法』でカバーするのにも限界がある。今日は絶対安静にと伝え、私は二人にポカリやらなんやらを買いに近くのコンビニへと向かっていた。
しかしあれだな。私も少し迂闊だった。露草が頭が壊れた生粋の変態だということを決して忘れていたわけではないのだけど。なんていうかその、今までの露草の奇行は小動物というか、子供というか。そういう愛らしい、可愛いものを愛でるという行為の延長線上だと思っていた。
けれど今回ではっきりした。露草は、確実に私のことを性的な目で見ている。じゃなければ私の下着姿を見て鼻血なんて出すわけがない。しかもあんなに大量に。
「……」
するとなると、露草の今までの奇行もそう考えると別の意味を孕んでくる。私は露草に出会ってからのあいつの一連の行動を思い起こす。
ストーカーしてきたり、抱き着いてきたり、妙に私のことに詳しかったり、ことあるごとに息荒げに私の写真を撮ったり……。あれもこれも、たぶん露草は私のことを性的な目で……恋愛対象として、その、みているから、してきたわけで。
……もしかして。もしかしてだが普段露草が、私に対して好き好き言っているのも、ひょっとしたら――
「……」
……なんだ、なんか頬が熱い。心臓もドクドク、ドクドクとうるさい。胸がきゅーっと締め付けられるような、妙な違和感もある。……いいや、変な妄想はやめろ。
ふるふると頭を振り、顔を上げると目の前にはコンビニがある。考え事をしている間にいつの間に到着していたようだ。私はそれから、余計な考え事をしないようにポカリやゼリーやプリンなんかを適当に買い物かごに押し込んで購入し、足早にコンビニを出る。そして、『転移魔法』で旅館の部屋へと戻った。部屋の中には日葵ちゃん一人だけが、テレビを茫然と眺めて座っていた。
「……あれ、露草は?」
「え? アイリス姉さんいつの間に。お帰りなさい。露草さんなら外の空気を吸ってくると言って出ていきましたよ? すれ違いませんでしたか?」
「……ええっと、会わなかったな」
「そうですか」
なんだか、ホッとしている自分がいた。
「ポカリとかゼリーとか、いろいろ買ってきたよ」
「わざわざありがとうございます。ですがご心配なく。なんだかわからないのですが、本当に身体の調子がいいんですよね」
「……そう、それならいいけど」
若干強めに『治癒魔法』をかけたからだろうか。心配しすぎだったかな。
「じゃあ日葵ちゃん。露草が帰ってくるまでなにか二人用のボドゲでもしてようか」
私がそんな提案をすると、日葵ちゃんは途端に目を輝かせ始めた。
「いいですね」
「なににしようか」
私は持参した肩掛けの旅行用バッグの中をガサゴソと漁る。
「ガイスターとかどうでしょう?」
ガイスターとは、ゲーム中に上手く嘘を吐きながら駒を進めるブラフ系のゲームである。
「……ああ、ごめん日葵ちゃん。ガイスターは持ってきてない。……うーんと、これはどう?」
そうして私は代わりにカバンからバトルラインというボードゲームを引っ張り出し、日葵ちゃんに見せる。
バトルラインは簡単なルールながらその実非常に奥の深いとても頭を使う、いわば頭脳戦のようなゲームだ。私と日葵ちゃんとのこのゲームでの戦績は、私の方がやや勝ち越しているくらいだろうか。
「いいですね、やりましょう」
「ん」
私たちは細長い机を挟みあうようにして座り、早速ゲームの準備をし始める。
これは余談だが、今回持ってくるのを忘れたガイスター始め、日葵ちゃんはブラフ系のゲームが非常に上手い。なにせ日葵ちゃんは表情を微動だにせずに、ゲーム中大胆な嘘をいくつも吐き続けてくるのだ。私は日葵ちゃんにブラフ系のゲームで勝てた試しが一度もない。
それくらいに、日葵ちゃんは嘘を吐くのが上手いのだ。ゆえに多分、日常で日葵ちゃんに嘘を吐かれたとしても、私は見抜くことが出来ずにその嘘を信じ込んでしまうことだろう。でもまあその点は心配いらない。あの天使みたいな日葵ちゃんが私に対して、というか誰に対しても嘘を吐くことなんてあり得ないからだ。
それとここで明言しておきたいのが、私が日葵ちゃんにブラフ系のゲームで勝てないからといって、今回旅行にガイスターを持ってこなかったわけではないということ。嘘じゃない。信じてほしい。私も噓は吐かないのだ。
そうこうしているうちに、ゲームの準備が整った。そして特に理由はないけれど私は自身に魔力を流し、動体視力を何倍にも引き上げる。
「「最初はグー、じゃんけんぽん」」
やった勝った。先行だ。
「相変わらずアイリス姉さんはじゃんけんが強いですね」
「まあね」
日頃の行いが良いからだろう。私は早速山札から一枚カードを引き――
『//.;.:/---―.,,』
――瞬間、魔力の流れを感じた。
私はおもわずがばっと勢いよくその場に立ち上がった。
「……アイリス姉さん?」
日葵ちゃんが訝しんでいるが、今はそれどころではない。
……なんだ、この魔力は。いったい誰から――
『アイリス、聞こえるかしら?』
「……ッ!?」
私の脳内には『思念』による声が響き渡っていた。その声の主は……。私が聞き間違えるはずもない。奴――魔王スイレンのモノだった。
『ま、魔王……!? 一体どういうつもり……? 何の用だ……!』
私も『思念』で魔王に問いかける。すると、
『もちろん、あなたとお話しするためよ? アイリス』
『お前とする話なんてない……』
『あら? そんな態度を取ってもいいのかしら?』
『……どういう意味』
『気づかない? 案外鈍いのね。それとも、この『世界』で過ごしてやっぱり平和ボケでもしてるのかしら』
「……」
『先ほどから帰ってこないじゃない。あなたの大切な、お友達が。一人、ね?』
そう言って、魔王はふふっと妖しげに笑う。
「――ッ」
サーッと血の気が引いていくのを感じる。
「あ、アイリス姉さん!?」
刹那、なにかを考えるよりも先に、私の身体は弾かれるように動いていた。
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