14話 ツンデレ

「わああっ! アイリスたんいらっしゃーい!」


 奇声をあげながら駆けてくるのは案の定露草だった。露草は少女ABCと同様に黒と白のミニスカメイド服を着ていた。すらっと伸びる脚をニ―ハイソックスで覆い、絶対領域を作り出している。癪ではあるがスタイルのいい露草にはとてもよく似合っており、フリルで可愛さも演出していた。


「ほんとに来てくれたっ!」

「……そりゃあ、行くって言ったし」

「んふふ、ありがとっ! ほらこっちの席だよ~」


 露草は屈託のない笑顔を浮かべながら、私を空いている席へと案内する。私はとりあえずそこへ腰を下ろした。そして何気なく周囲を見渡す。すると、一つある事実に気づいてしまった。


 妙に男子の視線を感じる気がする。……ていうか、確実に周囲の男子たちがこちらをチラ見してきている。いいや、こちらじゃない。露草のことを見ている。めちゃくちゃチラチラ見ている。


「……」


 ……いいや、そんなまさか。あの露草だぞ? 年中私に対してセクハラしてくるイカれた女だぞ? あれがモテるだなんて万に一つもあり得ない……はず。


「はいこれメニューね」


 露草の声で、私は思考の世界から現実世界へ引き戻される。

 ……まあいい。非常に気になるところではあるけれど、真偽のほどは後で私が直接確かめてやろうじゃないか。


 手渡されたのはファミレスなんかでよく見るメニュー表。開いてみると手書きで可愛らしくたくさんの料理名が書かれている。オムライスだけでも五つくらい種類があった。しかし私は逡巡もせず。


「じゃあ、普通のオムライス一つ」

「んぇ? 普通のでいいの? こんなに種類あるのに」

「私は初めて来た店ではスタンダードを頼むと決めてるの」


 スタンダードな料理にはその店が一番力を入れているケースが多いからな。はずれを引くことが少なく、初見ではこれが最もその店を楽しむことができる注文の仕方だと自負している。たとえ文化祭であろうとそれは変わらないはずだ。


「そう? じゃあ普通のオムライス一つで。少々お待ちくださーい!」


 露草はそう言うと、そそくさとピンク色の段ボールで仕切られた厨房らしき場所へ入っていく。しかしあの露草がちゃんと働いているとは。普段の露草を知っている身としてはなんだか感慨深いものがあるな。って私はあいつの保護者か。


 っとそうだ。腰を下ろして一息ついたところだし、ここらでなにか写真を撮って日葵ちゃんに送ってあげよう。日葵ちゃんはきっと今頃塾で勉強中だ。私ばかり楽しむのもフェアじゃないしな。


 そう思い、厨房にスマホのカメラを向ける。厨房では今まさに露草がオムライスを作っている最中だ。こちらには気づいていない。……そうだ。あいつの気づかぬうちに盗撮し、私と日葵ちゃんと露草の三人のグループラインにあげてやろう。


 あいつにはいつも私の知らないところでやりたい放題されているからな。少しはやり返したって罰は当たるまい。そうして私はシャッターを押す。次いで撮った写真をグループラインにあげた。がしかし。


「……ん?」


 その撮った写真の様子がおかしかった。私がカメラを露草に向けていた時、いいやシャッターを押したその瞬間まで、露草は私がカメラを向けていたことに気づかず調理をしていたはずだ。それがなぜだ。


 写真の中の露草がカメラ目線でこちらにウインクをしながらギャルピースをしているのは。

 咄嗟に私は露草の方を見やる。


「……」


 しかし露草はやはり相変わらずこちらに見向きもせずに黙々と調理をしている。


「……」


 すると、ぽきぽき、と私のスマホが通知音を鳴らす。


『よく撮れてる! 次はツーショット撮ろうね!』


 露草からだった。私は再び露草を見る。彼女は相も変わらず黙々と作業に集中している。


「……」


 私はたまに、あいつが怖い時がある。

 ぽきぽき。


『露草さん、メイド服似合っています。可愛いです! アイリス姉さんも写真ありがとうございます!』


 ぽきぽき。


『へへへぇ、褒めたってなんも出ないぞこのやろ~。といいたいところだけど、あとで日葵ちゃんがめちゃくちゃ喜ぶであろうとびっきりの写真を送ってあげるねっ!』


 ぽきぽき。


『と、とびっきり、ですか……』


 ぽきぽき。


『そうっ! 楽しみにしててね!』


 やがて露草は両手に一つの皿を抱えて、厨房から姿を現す。


「アイリスたんおまたせ! わたしの愛情がめいっぱいこもった特製オムライスだよ!」


 目の前には綺麗に形を整えられた金色のオムライスが到着した。


「……おお!」


 流石のクオリティだった。半熟の卵が光を反射し、見るからに美味しそうだ。やはりお菓子作りが上手いと料理も比例して上手いのだろうか。卵の甘い香りと、ケチャップが丁度よく焦げたような香ばしい香りが同時に鼻腔をくすぐる。


「……露草」

「ん? どしたの?」

「お前は変態で露草だけど料理に関しては天才だから、お菓子屋でも洋食屋でもなんでもいいからお店を開くべき」


「露草だけどってなに!? 褒めてんのか貶してんのかわかんない!?」

「褒めてる」

「褒めてるんだ。ありがとう」


 切り替え速いな。


「ところでアイリスたん。食べながらでいいから聞いてほしいんだけど」

「……ん」


「アイリスたんこの後時間ある?」

「……時間? あるけれど」

「よかった! 実はね、うちのクラス人手が足りてなくてさ。申し訳ないんだけど、ちょ~っとでいいからアイリスたんにも手伝って貰いたいな~、なんて」

「……まあ、いいけど」


 ……今朝大量のお菓子を貰ったばかりだしな。しょうがない。それくらいはやってやろうじゃないか。それに、一時的にではあるけれど学校の行事に開催する側として参加できるのは、私にとっては魅力的だ。


「ほんと! めっちゃ助かるよ~! ありがと! アイリスた~ん!」

「……べつに、今朝のお菓子の借りを返すだけ。こちらこそ、おいしかった」

「あんなのいつだって作るのに~! ツンデレ可愛い~!」

「だっ、だれがツンデレだっ!?」

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