16話 魔王
時刻は十三時になり、露草も休憩の時間となったので彩芽のステージを観に行くべく私と露草は廊下を移動していた。ちなみに、この休憩が終わった後はまたメイド喫茶の仕事に戻るため、私たち二人はメイド服姿のままである。
「ねえねえアイリスたん。アイリスたんの客引きの効果すっごかったね~!」
「そう?」
「うんうん! あからさまにお客さん増えたよっ! それにほらこれ!」
そう言って露草はスマホの液晶を私に向けてくる。そこにはインスタグラムのアカウントが表示されていた。なんだこれ? フォロー数ゼロ。フォロワーは二百とちょい。アカウント名は……。
「……アイリスたんファンクラブ。なにこれ……」
「凄いでしょ凄いよね!? この数時間でフォロワー二百人だよ!? うちの学校全校生徒数が六百人だからすでに三分の一がフォローしてるんだよ!? 流石アイリスたんだねっ!」
「……」
私はおもわずジト目になる。とりあえず自分のスマホでも検索してみる。するとあっさりとアカウントが見つかる。投稿数は二件あった。そのうちの一つを見てみる。いつ撮られたのやら。私が客引きをしているときの画像とともにコメントが一文書かれていて、
『客引きをしているアイリスたん! 慣れない業務であたふたしている姿、とってもキュート(。・ω・。)』
対するリプが十一件。
『アイリスちゃんに惹かれてメイド喫茶行きました。フォロー失礼します! 一目ぼれです!』
『めちゃくちゃ可愛い!』
『この高校近所だし行ってみようかな……』
『行ってみるのは構いませんが、もしアイリス姉さんに手を出しでもしたら。あなたたち、狩野川の藻屑となりますよ……?』
などなど。
「ファンクラブ会長はもちろんわたし! アイリスたんの可愛さを世に知らしめるために日々尽力するよっ!」
「……」
なんというかもう、勝手にしろ……。
「……ていうか、凄いのは露草も同じ。お前、複数の男子から言い寄られていたし。告白もされてた」
そう。少女ABCが言っていた通り、露草は勤務中にクラスメイトらしき男子に公開告白をされていたのだった。正直その場を自分の目で見るまでは信じてはいなかったのだけど、どうやら露草がモテるという話は本当らしい。
「……あっははぁ~。嬉しいんだけど、そう言われるとはずいなあ~」
頭を掻きながら困ったように笑う露草。
「でも、どうして断ったの?」
「……ああ、まあ、その。なんていうか、うん。ええっと、これは秘密にしてほしいんだけど」
その露草の前置きに、私は首肯する。
「実はわたしね? 昔っからそうなんだけど、男の人と付き合ってる自分を想像できないっていうか……わたし、どうやら女の人が好きっぽいんだよね」
「そう」
「すんなり受け入れた!?」
「普段のお前の奇行を見ていれば察しはつく」
むしろあれで隠せていると思っていたこいつの思考回路の方がおかしい。
「……そっか、そうなんだ。……? ……いやそうか」
自分でも思い当たる節があったらしい。
「ていうかアイリスたん、こういうの気持ち悪いとか思わないの?」
そんな変な質問をされて私は小首をかしげる。
「こういうのって?」
「えーっと、わたしが異性じゃなくて同性を好きなこと、かな」
「べつに、思わないけれど。だって、何が好きとか誰が好きとか、その対象がどんなものであってもそんなの誰にも咎めることなんてできない。好きなモノなんて本来、自由であって然るべき」
瞬間、露草は驚いたように目を丸くする。
「なに……?」
すると、露草はふるふると頭を振る。
「ううんなんでもない。アイリスたんはそういう人だったなって思い出しただけ」
「……そう?」
なんだこいつ、突然変な顔をしたと思ったら。相変わらずおかしな奴だな。そんなことを思っていると、露草はいきなり駆け出し、私の数歩前まで行ったところでくるりとこちらに振り返る。そして、
「わたしね? アイリスたんのそういうところ、大好きだよっ!!」
太陽のように眩しい笑顔を浮かべて、彼女はそんなことを口走っていた。
なぜだろう。――その笑顔が妙に懐かしく思えて、その太陽のように眩しい笑顔に、満開の花のように美しいその笑顔に、私はしばらく見入ってしまっていた。
その数秒後のことだ。私が露草のその発言を、言葉として理解したのは。
「……なっ!?」
いきなりのことで私は頬を赤く染め、口をパクパクとさせることしかできない。い、いや落ち着け。いつものあいつの狂った発言じゃないか。真に受けるんじゃない。話の流れが流れだっただけについ驚いてしまったが、あんな狂言いつも発しているじゃないか。
「ばっ、馬鹿言ってないでさっさと行くよ!」
私は顔の火照りを冷ますように、そして露草にバレないように、顔をそむけながらそう言う。
なんだか調子が狂う。これはあれだ。さっきオムライスを食べすぎたからだ。きっとそうだ。じゃなければ私があいつの言葉に動揺するだなんてあり得ない。あいつの狂った言動には慣れている。今更こんなことで驚いたりなんてするはずが――
『―――――――---/.////,,.//.:;]:[]]:-――――』
――刹那、空気が張り詰める。
「――ずいぶんと楽しそうにしているじゃない?」
「…………ぇ」
その言葉に、声に、私の肌は粟立つのが止まらない。悪寒が止まらない。
目の前にはいつの間に、私より少しだけ身長が低い、世間的に見ればとても可憐な少女が佇んでいた。――しかし。
この世界で唯一、私だけが、目の前の少女がただの少女でないことを知っている。
「……な、んで。お前が、この世界に……?」
私はようやく声を絞り出すことに成功する。すると、少女の返答は端的なものだった。
「なんでって、ワタシはあなたを追ってきたのよ?」
かつて異世界を震撼させた、魔を統べる王。
かつて私が住んでいた村を焼き、そして家族をも虐殺した忌むべき吸血鬼。
かつて私が人生をかけて復讐を誓い、やがてうち滅ぼしたはずだった怨敵。
「あなたにとっては久しぶりになるのかしら。
ねえ――『世界を壊した吸血鬼』さん……?」
――魔王スイレンが、目の前にはいた。
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