5話 映画館へ行こう

 さて、私は今引きこもり体質のこの足に鞭を打って一人でショッピングモールに訪れている。今日は私が読んでいるライトノベル原作映画の公開初日だ。


 私はこのラノベの作者の大ファンであり、作家追いをしている一人でもある。よって公開初日に映画を観に行かないという選択肢はないのだ。


 ちなみに、流石に映画館にまで部屋着というわけにはいかなかったので、いつだったかに日葵ちゃんと一緒に買いに行ったベージュのポンチョコートとロングスカートに身を包んでいる。


 久々に一人で外出してお洒落をするというのも存外悪くはない。普段来ない場所に普段着ない服、心なしか少しだけワクワクする。


 私はスマホを取り出し、まずは時刻を確認すると液晶には十七時四十五分、と表示された。たしか上映時刻が十八時だったはずだから時間配分は申し分ない。


 しかしこのショッピングモールには初めて来たから映画館の場所がわからないな。

 こんな時にはあれだな、あれ。

 そう、ゴーグルマップ。最近、露草と出かけていた時に私がポケモンGOで目的地を確認していたら、大爆笑で散々馬鹿にされた挙句に教えてもらったアプリだ。

 この時初めて私はポケモンGOが地図アプリでないことを知った。


 だってしょうがないじゃん。異世界からきて一年も経ってないし、この世界の常識がまだ私にとっては常識ではないのだから。


 しかもポケモンGOを地図アプリ代わりにしていた私だけど、特に支障はなかったし。ポケモン捕まえられるしこっちの方がお得だ。

 ゴーグルマップでポケストップを回せるだろうか? 

 答えは否である。


「……っと。ここか」


 慣れないアプリで操作に手間取ったが一応映画館の場所は把握できた。そういや慣れないと言えば、ゴーグルマップと一緒にZenlyというアプリも露草に入れられたな。少し調べたらなにやらサービス終了が決まったらしく、ネットの反応を見る限り若い世代に相当愛されたアプリっぽかった。


 機械音痴の私でも使いやすいと踏んで露草はこのアプリをすすめてきたのだろうが、まあゴーグルマップが使えるようになったから多分使わない。サ終しちゃうし。

 そして私は、呼吸するかの如くポケモンGOを開く。


「ん?」


 お、二分後にちょうど黒卵が割れるではないか。このレイドをこなした後でもたぶん上映には間に合うはず。私の住んでいる場所は控えめに言っても田舎なので周りには何もなく、強いて言うならお地蔵さんと神社がポケモンジムになっているくらい。


 そもそも人が揃わないから黒卵が出てもレイドが成り立たない。都会のトレーナーはきっとこんな風に隙間時間でレイドをこなしているんだろうな。羨ましい。私たち田舎のトレーナーはこうやって少し遠出をしなければレイドすらできないというのに。


 まあ、田舎ポケモンGOにもいいところはある。例えば、人がいないからジムにポケモン置き放題とか、あと……。いや、そのくらいか。しかも置き放題といってもそのポケモンが返ってくるの、一週間後とかざらだし――


「アイリスたーん! 偶然奇遇だねー!」

「あ?」


 最近は聞き覚えのありすぎるそんな声があたりに響き、私はおもわずジト目になる。案の定前方からは制服にパーカーを羽織った姿の露草が、まるで猪のように走ってきていた。


「偶然偶然偶然だねーっ!」


 私はそれをイカロールでかわすが、露草もまた慣性キャンセルで切り返してくる。奴は私の両肩をつかむと左右にぐわんぐわんと揺らした。


「……ちょっ、やめ」

「偶然会えたアイリスたんは外に出ているなんて珍しいね! しかもなんかおしゃれしてる! 可愛いー! 写真撮ってもい?」

『パシャ』


 まだ私は何も言っていない。


「……奇遇偶然って、ほんとに偶然……?」

「……え? い、いやだなアイリスたん。人をストーカーみたいに」


 目が泳ぎまくっている。黒だな。……まったく、家を特定した時といい今日といい、いつもどうやってストーカーをしているのか。


「……」

「……」

「……はあ、まあどうでもいいか」

「……ふう」


 私はスマホの画面に向き直る。


「あ、アイリスたんポケモンGOやってるー」

「そう、今からレイドだから話しかけたら殺す」

「私はゲーム以下!?」


 ゲーム以下というか、お前はゲーム内で前までパートナー設定してあった私のピチュー以下だ。


「……ツユクサ、いきなりどうしたの……?」

「……」


 私がゲームに集中しようとした時、露草に続きそんな声まで聞こえてくる。面倒な予感しかしない。

 露草の背後には、彼女の後を追ってきたであろう制服姿の少女が立っていた。


彩芽あやめごめ~ん! アイリスたんがいたからつい追いかけちゃった」

「その子がアイリス…………ちゃん?」

「そうっ!」


「……え、えーと」

「ああ、ごめんね。アイリスちゃんって呼んでもいい?」

 露草に彩芽と呼ばれた少女は私にそう問いかけてくる。

「……ん」


「えーと、じゃあ。私は月草彩芽つきくさあやめ。彩芽って呼んで。アイリスちゃんのことはツユクサからよく聞いてる。よろしく」

「……ん。アヤ、メ。よろしく……」


 突き出される右手。私は逡巡したのちに握手を返した。ていうか、


「……露草にこんなまともそうな友達がいたとは」

「失礼なっ! わたしにだって友達くらいいるよっ!」


 違う。私はこんなまともそうな友達がいることに驚いているのだ。


「彩芽はわたしの幼馴染兼親友なのっ! ねえ彩芽~? 彩芽もわたしのこと食べちゃいたいくらい好きだよね〜?」

「べたべたしないで暑苦しい」

「辛辣!?」


 露草の奇天烈な言動にも反応がちゃんとまともである。類は友を呼ぶというけれど、ことわざは所詮ことわざでしかないということか。しかしなんだ。考えてみれば当然なのだけど……露草は私の知らないところでもちゃんと人間関係を築いているんだな。


 最近知り合ったばかりの私がこんなことを思うのもおかしな話ではあるけれど、私が普段見ることのない表情をしていて、なんかこう、不思議な感覚だ。


「ええ~、だってだって、わたしたち運命の幼馴染の糸でつながってるじゃ~ん。ゴルディアスの結び目ばりに絡み合ってるじゃ~ん」

「……明日から三角チョコパイだって。行く?」

「え、マジ? 行く行く――ッて無視しないで!?」

「……」


 いや、あのアホなやり取りはいつも見ているな。

 ……あと三角チョコパイは私も食べたい。日葵ちゃんと行こうかな。


「あ、もちろんアイリスたんとも運命の赤い糸でつながってるからねっ!? わたしたちの愛情は、誰にも引き裂けないっ!」


「レイドも終わったし、私この後用事あるから。それじゃ」

「ちょっとまってよアイリスた~~んっ!? もうすこし話そうよ~~!?」


 途端に泣きついてくる露草。ええい、うっとおしい!


「そ、そうだっ! アイリスたんはなんでこんなところにいるの!? 普段はひきこもり子供部屋おじさんなのに!」

「だ、だれが子供部屋おじさんだ!」

「……子供部屋おじさんではないでしょ」


 出会ったばかりのアヤメもそんな援護を飛ばしてくれる。この子絶対いい子だ。


「……はあ」


 ……まあ、ここに何しに来たかくらい言ってやってもいいだろう。じゃないと私の腰にへばりついたこいつは離れないんだろうし。

 そう思って、私はスマホの液晶に今から見る映画のホームページを映し、露草とアヤメに見せる。


「……ん。これ観に行くの」

「へえ、映画か~。ていうか一人で行くの?」

「わ、悪い!?」

「いやべつに悪くないけど。誘ってくれたらわたしも行ったのに」

「……」


 するとアヤメが「あ、これ」と声を上げる。


「なに彩芽。これ知ってる?」

「……うん。私この作品の原作者の大ファン」

「……え? あ、アヤメ、八目先生を知ってるの!?」


 そんな思いもよらない一言に、私はおもわず彩芽の目と鼻の先まで迫る。


「……う、うん。八目先生の作品は全部読んでる。この前刊行した琥珀の秋も。もちろん夏トンも」

「ほんとに!?」


「ほんと。アイリスちゃんも好きなんだ」

「そう……! ち、ちなみに八目作品の中で、どの作品が一番好き……?」

「……うーん、どれも捨てがたいんだけど……。ミモザ二巻は個人的に大好き」

「わ、わかる……!」


 ここで四季シリーズではなくあえてミモザ二巻を出してくるとは……。なかなかにわかっているじゃないか……!


「こんなに目を輝かせてるアイリスたん初めて見た」

「……ぅ」


 そう言われて、私はオタクモードから正気に戻る。ついでに詰めすぎた距離も元の距離まで戻る。

 ……だってしょうがないじゃん。今までラノベの話を誰かとなんてしたことなかったのだし。


「じゃあさ、今から三人でそれ観に行こうよ!」

「え?」

「いやさ、アイリスたんと彩芽がそこまで好きっていうんなら面白いこと間違いないじゃん? わたしも気になってきちゃった!」


 ……い、いやそれは。


「私はこの後暇だし大丈夫」


 アヤメまでそんなことを言っている。いや、しかし……。


「アイリスたんは? 大丈夫?」

「……」


 この後観に行くことを知られてしまっている手前、ここで断るのもおかしな話だ。

 完全に退路は断たれてしまっている。


「……」


 ……だがまあよく考えてみれば、私は別に一人映画が好きとかそんなことはない。

 こいつらといて楽しくない、不快だ、なんてこともない。

 だったら別に、一緒に映画を観るくらい良いんじゃないか。

 なにがそんなに嫌だったのだろうか。そんな考えが自分の中であっさりと浮かび、私は自分ながらに驚く。

 ――そんな自分に驚く自分にさえも、私は違和感を覚えた。

 ……なんだか最近は、自分のことが自分でも良くわからない……。


「別にいい」

「よっし! そうと決まればさっそくチケット買いに行くよ~! ポップコーンはキャラメル味以外認めないからっ!」


 それは私も同意だ。

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