2話 ストーカー女子高生

「指切ってげんこつ一万回……挙句の果てに針千本飲ますって……」


 それはとある日の昼下がり。なんとなく日本の人々が使う指キリげんまんという言葉の意味が気になり、スマホで調べていたその時だった。

 ――刹那、肌が粟立つ。


「……」


 ……まただ。またこの感覚。単刀直入に言おう。ここ数日、どこからか私を狙うなにものかの視線を感じる気がする。……そう、気がするのだ。


 私は、この世界に来てからは常時いついかなる時でも『索敵魔法』を発動していた。だから、半径五十メートル以内の私に対して悪意や敵意、危害を加えようとしている者は自動的にあぶりだされるわけだが、その『索敵魔法』が全く反応を示さない。なのに視線を感じる気がするのだ。


 第六感というか、勘というか。視線を感じて即座に窓のほうを見ても何もいないから、気のせいだという可能性もあるけれど……。


 いや、かの世界において私の勘は敵の能力を看破したり、トラップを見抜いたり百発百中と言っていいほどに当たっていた。その長年死と隣り合わせで培われた私の勘を、気のせいで片付けていいのだろうか。


 ……否、断じて否。

 私は、愛用のパジャマからぶかぶかの灰色のジャージへと着替えた。

 そして、コンビニへ行くふりをして家を出る。


「……行方なんて知らない~」


 無防備を装い、最近視聴したアニメの曲を歌いながら、アパートの階段を下りた。その時だった。


『パシャ』

「……」


 背後から、シャッター音がした。

 すかさず私は後ろに振り返る。すると、なにかが物凄い勢いで塀に隠れたのだ。


「……固有魔法『武器錬成』」


 そう呟き、宙に魔法陣が浮かぶ。そこから姿を現したのはハンドガンだ。

 私はそれを右手で掴むと、塀に向けて構えた。


「……出てきなさい」

「わわわっ! ま、ま、まって!」


 そう慌てふためきながら、塀から姿を現したのは――


「……はあ」


 案の定というか、なんというか。手には一眼レフ、頭にはベレー帽と度が入ってなさそうな丸眼鏡をかけた少女。


 そこにいたのは、この前の女子高生だった。――たしか名を露草といったか。……それで顔を隠したつもりなのだろうか。


「待って待って! 別にアイリスたんに危害を与えるつもりなんか、これっぽっちもなくて! だから、その銃を下ろして!」

「……」


 まあ、その通りなのだろう。だから『索敵魔法』が反応しなかったのだ。だが、悪意も危害も与えるつもりもないのだとしたら、私が気が付かなければただ遠くからひたすら私を盗撮していたというのか、この少女は。


 確かに、直接危害を与えるよりかはいくらかましかもしれないが、それはそれで気持ち悪い。

 そして、私は脅しの意味も込めて照準を少女から少しずらし、ハンドガンの引き金を引いた。


『パシュッ』

「ひいぃっ!? って、なんだ、エアガンか……」

「本物のほうがよかった?」


 私は、少女をジト目で睨む。


「い、いや、そんなことはないよ~」

「それで、何の用? なんで、私の家が分かったの?」


 私は少女に近づき、銃口をおでこにこすりつける。同時に『読心魔法』を発動させた。

 少女は、両手を上に挙げると、


「ギブギブ! 話すから、撃たないで!」


 ――か、か、顔が近いぃ! 相変わらず、綺麗なお顔をしていらっしゃる……! 


「……」


 ――はぅ……! 撃たないで、とか言っちゃったけど、アイリスたんになら撃たれてもいいかもしれない……お母さん、お父さん、わたし、新しい扉を開いてしまいそうだよ……。


「……」


 私はスマホを取り出し、キーパッドに数字を打ち込む。


「……けいさつ、けいさつ。1、1、9、っと」

「急に通報!? ていうかそれじゃ警察じゃなくて救急車が来るからねっ!」


 そうだっけ、警察は110番だったか。


「まあいい機会なんだし、お前は救急隊員に頭でも診てもらうべき」

「なんかめちゃくちゃ言ってるんだけどっ!!」


 閑話休題。

 冗談はこのくらいにしておこう。


「……で、なんで?」

「……なんで、私の家が分かったの? って話?」


 私は無言で頷く。


「気合」

「……は?」

「だから、気合」

「……」


『読心魔法』を使っているから、どうやら嘘ではないことがわかる。

 しかし気合だって? 気合だけで私の家を特定したのか……この少女は。


「き、気合だったとして」


 釈然としないが。


「なんの用があって、私をストーキングしてたの?」

「え? そりゃあ、可愛いからに――」


 少女は、口をつぐむ。


 ――あっぶねえ……可愛いからとか言いかけたよ……。


 ……残念だが、すべて筒抜けである。


「こ、この前、あのわんちゃんから助けてもらったお礼と、後友達に、なりたいな~って」


 一応、嘘は言っていないようだが、しかし、私と友達になりたいだって? この少女、本気で言っているのか? 

 ……いや、本気なんだったな。


「……君も、あの時見たでしょ。私は魔法を使った。お察しの通り、私はもともとはこの世界の住人ではないの。しかも人間でもない、吸血鬼。だから――」


「うん、わかってるよ? っていうか、アイリスたん、吸血鬼なの!? ほんとに存在したんだ~!」

「……っ」


 ここは普通、驚くところだろう。いや、確かに別の方向では驚いてはいるようだけれども。もっとこう、恐怖したり、なんというか。

 こんなやばい存在とはかかわりあいになりたくないと思うのが普通ではないのか。


 そういえば、あの時も。

 ケルベロスを倒したあの時も、こいつは魔法やケルベロスを一瞬で倒したことなんてそっちのけで、私のことばかりに目がいっていた。この少女、なんなんだ……!?


「ていうか、そうじゃない。私は昔、人間に対して残虐な行為をした。それに私と君は異世界の住人同士で、吸血鬼と人間。だから、私たちは深く関わるわけには――」


「なにそれ? そんなの関係ないよ!? わたしはわたしとしてアイリスたんと仲良くなりたいの! 異世界がどうとか人間がどうとか、そんなのは関係ないっ! わたしは、人間としてアイリスたんと仲良くなりたいんじゃない。久遠露草として、あなたと仲良くなりたいの!」

「……っ」


 適当なことを言って離れてもらおうとしたのに、少女の言葉に私は呆気に取られてしまう。こんなことを言われるとは思わなかったからだ。なぜこの少女、露草はここまで私に執着するのだろう。


 ――可愛い。


 さっきから、この少女はこればかりだ。悪意や邪な考えがなく、逆に戸惑ってしまう。


 ――抱きつきたい。


 ……いや、邪な考えはあるようだ。しかし、少女の友達になりたいという気持ちは本物であろう。瞳を見ればわかる。


 ……なんて、格好いいことを言いたいが、『読心魔法』を使っているので分かった。だけどこんな人間、こんな変な人間、久しぶりに見た。――〝あいつ〟以来だ。


「……」


 ……こいつは私を利用しようとかそんなの考えてはいないし、私に危害を加えるつもりもない。むしろ、好意しかなくて怖いくらい。だったら、

 ……だったら、……友達に、なるくらいなら。


「……勝手にして」


 私はなにか気恥ずかしさを感じてそっぽを向き、吐き捨てるようにそう言った。


「え!? ほんとう!? 友達になってくれるの!?」


 露草は宝石を見つけた子供のようなキラキラとした目で、私に迫る。

 ……まあいいだろう、そのくらい。私だってこいつに訊きたいことがあるのだし。


「……かってにしてって、ゆった」

「……いぃやったぁ!」


 彼女は、その場で飛び跳ねている。全く、なにがそんなに嬉しいのやら……。


「じゃあ、これからも勝手にストーカーするね!?」

「待て、そっちじゃない」

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