1話 ロリコン女子高生
最近の私にしては珍しく、外に出ようと思った。
別に、今夜が満月だからとか、そんな吸血鬼らしい理由からではない。
ていうか、そもそもこの世界の吸血鬼の特性として信じられているものが、実際とは異なっているのだ。
例えば……そう。
本物の吸血鬼は陽に当たっても塵になって消えたりはしないし、血を飲まないと死んでしまう、なんてことも無い。
まあそりゃあ、吸血鬼が陽に弱いのは確かだし血だって飲む。だがそれは、吸血鬼が単に日焼けしやすい体質なだけだし、血を飲むのだって魔力が得られるからみたいな、この世界でいう吸血鬼らしい理由からではなく単に血の味が好きな吸血鬼が多いからだ。
私はあまり好きではないけれど。
要するにこの世界において吸血鬼はほとんど人間と大差なく、この世界の吸血鬼への認識は間違いだらけ、ということだ。
まあ、違いを強いてあげるのだとすれば、四肢をもがれても再生する圧倒的なまでの不死性と魔法への才といったところか。
たしかに、かの世界では圧倒的であったこの人間と吸血鬼の差も、この世界では何の意味もない。なにせ、圧倒的な不死性も魔法の才も、披露する場が全くと言っていいほどにないからだ。この平和な日本という国では、戦闘など起こりえない。
だから、大差がない。
話が逸れてしまったけれどだったら何故、滅多に外出しない私が、今外に出ているのかというと。
貯め込んでいた雪見大福の在庫がなくなったからである。
これは私にとっては死活問題だ。なんでもいいけれど、私は甘いお菓子を食べながらでなければアニメの視聴に集中することができない。よって私はコンビニへと向かうため、外へ出ているのだ。
「最近寒くない!? ちょーだるいんだけど。金木犀の匂いもしつこいっつーの。飽きたわこの匂い」
女子高生がそんなことを友達と話し合いながら、横を通り過ぎて行った。
うん、寒いのには同意だ。今の私は、下には丈の短いショートパンツ、上はこの世界に来たばかりのころに間違えて買った、男性物の白いティーシャツをワンピースのようにして着ているのだけれど、すごく寒い。なにか羽織ってくればよかったかな。
引きこもりだから今の外の気温がどんな具合なのかわからなかった。通りでお天気キャスターのお姉さんが鼻声だったわけだ。
しかし、金木犀の香りに飽きた? 何を言っているのだ、あの女子高生は。
この甘く、柔らかい香りが良いのだろうが。本当に金木犀の香りに飽きたのだというのなら、貴様は日本に住むのには適していない。
即刻、日本から出て行った方がいいと思う。というか出ていけ。
と、そんなどうでもいいことを考えながら歩いていると、
『だれか、助けて……!』
突如、私の頭の中に、誰かの助けを求める声が響いた。
これは、『思念』……?
しかも、とてつもなく強い魔力だ。こんなもの、いったい誰から……?
現代日本に魔力を扱える人物などほとんど存在しない。いるにはいるのだけれど、魔力への理解や扱いが乏しくその連中だって中途半端な魔法しか使えないが……。しかしこの魔力量の『思念』となるとそうも言っていられない。これは確かめる必要がありそうだ。
私は、即座に自身に『浮遊魔法』をかける。
すると身体は宙に浮かび上がり、私は『思念』の主を探すべく闇夜を舞った。
「……」
飛行を始めてから三分ほどが経過した。
空中から『思念』の主らしき人影を発見することができたのだが……。
「……あれは、女子高生……?」
小高い山の頂上に開けた広場のような場所があり、そこに『思念』の主がいた。そいつは先程すれ違った非国民と同じ制服を着ており、そのうえにオーバーサイズのパーカーを羽織っている。恐らく女子高生なのだろう。
そして、その後ろには小さな幼女の姿があり、二人の目の前には――三つの頭と、蛇の尾をもつ犬型の魔物、ケルベロスがいたのだった。
なぜこの世界にケルベロスが……?
というか先ほどの『思念』はあの女子高生が……? そもそも、なんであの二人はあんな山の頂上にいるのだろう。どうする、助けに入るべきか……? いやしかし……。
私は当然ながら自らの正体を隠しこの世界で生活をしている。ここであの二人を助けようものなら瞬時に私の噂が広まり、果ては人体実験……なんてことも。
……いや、SF映画の見過ぎかもしれない。現代日本で人体実験などありえない……よね? いいや、話の焦点は人体実験云々ではない。ここで私が助けに入り、あの二人が私の存在を言いふらしでもすれば私は確実にこの世界で生活がしにくくなる。
それは困るのだ。念願の日本で暮らしているのもそうだし、こう見えて私はご近所さんとの関係も良好。かの世界から持ち込んだ金銀財宝で働かなくてもオッケー。娯楽が山ほどあり、趣味がたくさんできた今の生活が気に入っている。
だから私が選ぶべき道は一つ――
『わたしは、どうなってもいい……だから、だからっ! この子だけでも……!』
瞬間、再び強い『思念』が私の脳内に響き渡る。見ると、ケルベロスが二人の少女にジリジリと詰め寄ってきていた。だが、女子高生は、依然として幼女を守るように一歩前に出て身構えている。
「……」
まさかとは思うが、あの女子高生、自分を犠牲にしてでも後ろの幼女を守ろうとしているのか……? そんなこと、あり得るのか……。そんなこと、考える人間なんて……。
いや、いた、一人。昔、そんな人間が。
その時、様子をうかがっていたケルベロスが痺れを切らしたが如く、目の前の二人の少女に襲い掛かって――
――ほぼ、無意識だった。
「――ッ」
……はあ、やってしまった。
私はケルベロスと女子高生との間に銀色の大盾を出現させ、ケルベロスから女子高生を守っていたのだ。
「……」
こうなったらやけだ。乗り掛かった舟を途中で放り出すのは私の信条に反する。
私は無言で、小高い山の頂上にゆっくりと着地する。
「……ぇ?」
ふわりとぶかぶかのティーシャツが靡く。
女子高生はあり得ないものでも見たかのように、目を丸くして呆然としていた。まあ、無理もない。
この世界の住人からしたら、かのようにではなく、本当にあり得ないものを見たのだから。
私は、その女子高生を一瞥する。少女は童顔で、長い睫毛で縁取られた大きな瞳、透けるような白い肌、まあ要するに美人だった。黒髪の長髪は美しく、いかにも清楚なお嬢様といった具合だ。
こんな少女が、ケルベロスに臆することもなく、立ち向かおうとしていたのか。……いや、人を見かけで判断するのは良くないな。
「大丈夫。私、さいきょうだから」
私は、女子高生に向かってそう声をかける。
「……?」
あれ? ミスったかな?
ささやかな笑いを取って場を和ませようとしたのだけれど、彼女の頭には疑問符が浮かび上がっているようで逆効果だったかもしれない。
この女子高生、呪術廻戦を知らないのだろうか。
おかしいな、日本の高校生は月曜の朝読書の時間にジャンプを読むと
まあ、今はそんなことはどうでもいい。私は、ケルベロスに向かって歩き出す。
「――固有魔法『
そう静かに唱えると、宙に魔法陣が浮かび上がり、そこから黒塗りの鞘に納められた一本の刀が出現する。
銘は、『
私の愛刀だ。
私は、その出現した刀を握りしめると、全身に魔力を巡らせた。
そして、左足を踏み込み、地面を強く蹴る。白色の長髪が靡いた瞬間、私はケルベロスの目の前に瞬時に移動していた。それを、ケルベロスが視認する暇も与えない。
左手で握りしめていた刀を、ケルベロスの頸目掛け、鞘から一気に抜き放つ。青黒く、光沢のある美しい刀身が現れた瞬間、雌雄はすでに決していた。
私はスタっと地面に着地し、魔力を解く。手に持っていた刀は、塵となって蒸散。そして、時間差でケルベロスの三つの頸がずれ落ち、地面に転がった。
「……」
……ふっ、決まった。これが、毎日お風呂の中でイメージトレーニングをしていた成果だ。左足を踏み込む抜刀術は難しいけれど、今回はなかなかに良い出来だったのではなかろうか。この凄さがマガジン派の女子高生には伝わらないのが残念でならない。
次は呼吸だな。……いや、マガジン派に伝わることを考えるなら今度は魔法を跳ね返す技とかが無難だろうか。『防御魔法』に魔法を跳ね返す術式を加えて、飛んできた攻撃魔法に剣を振ると同時、それとなく改良した『防御魔法』を発動させれば完成だ。いいね、次はこれで行こう。
……ってそうじゃない、問題はここからだ。女子高生は今のを見て、どんな反応をするだろう。夢かなんかだと思い込んでくれれば都合がいいのだけれど、そう上手くもいかないだろうし。どう誤魔化したらいいものか……。
私は念のために、この世界に来て最初に生み出した魔法、『読心魔法』を密かに発動させる。これで、相手が何を考えているかなど、一発でわかるというわけだ。
――……な、な、な、なっ!
……ん? な? 『読心魔法』の不具合だろうか。作って間もない魔法だからあり得るけれど、そんなことでは困る。私は更に魔力を集中させた。すると、
――……なんじゃあ、この美少女はああああぁあああぁあぁああああッ!!
「……」
……は?
――白色の長髪に、紅くぱっちりとした瞳! 雪みたいに真っ白い肌、太もも、小さな背も、小さな胸も、全部お人形さんみたい……! ああぁ、ほっぺ柔らかそう……! ぺろぺろしたい……全身をくまなくぺろぺろしたいぃ……。
……。
――はぅ! 落ち着け、落ち着けわたし! 欲望を抑えるんだよ……。まずは、名前からでしょ! いきなりぺろぺろしたら、そんなの変態じゃん!
……いや、いきなりじゃなくても変態だと思う。
「ね、ねえ、君! 名前、なんていうの!?」
突然女子高生は頬を紅潮させながら、鼻息を荒くして私に迫ってくる。
「……っ!? ぁ、ァイリス……」
……しまった、つい反射で名乗ってしまった。
「あ、アイリス、ちゃん……アイリス、ちゃん、アイリス……ぅへへ」
そして女子高生は私の名前を反芻し、気味の悪い笑みを浮かべる。
「……」
――ていうかなんで彼シャツなの!? 何その恰好、えっちすぎるでしょ!
……か、カレシャツ? ……なんというか、あれだ。この少女やばい。かの世界で戦った魔王とも負けず劣らずの圧を感じる。
――やっべ、可愛すぎて見てるだけで頬が緩んじゃうぅ……! た、耐えろぉ、耐えろぉぉ、わたし。今はあの育ち切ってないお胸にダイブして頬擦りしたいとか考えるな、あの細くしかし瑞々しい太ももで膝枕してもらってあわよくば顔埋めてスーハースーハーしたいとか考えるなぁぁ……。
「……」
残念だがすべて筒抜けである。そしてもう一度言おう。この少女やばい。さっきから私を見る目が血走っているし、猟奇的な笑みも浮かべている。
……私はあの恐るべき魔王すらも倒した世界最強の吸血鬼だ。それは間違えようもない事実であるはず。それなのになぜだろう。目の前の少女にいまだかつてないほどの恐怖と身の危険を感じるのは。
「わ、わたしの名前はねっ!
「……た、たん……?」
「と、とりあえず助けてくれてありがとう! ……それでね? お、お礼もしたいから、ど、どこに、住んでいるのかなって、連絡先もよければ、教えて、欲しいなって……ラインとかやっているのかな……。お、お姉さんと、仲良くして欲しいな……な、なんて。げぅへへぇ……」
その瞬間、背筋に悪寒が走り私の細胞すべてが目の前の少女は危険だと警鐘を鳴らした。
そして私は、即座に『浮遊魔法』を発動。自身の身体を浮かび上がらせると、
「えっ? ま、待って……! アイリスたーん!!」
その場から光の速度で逃亡した。
「……ふ、ふう」
光速で空を飛びながら、私は安堵のため息を吐く。
人は見かけで判断してはいけないって、本当、その通りだ……。
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