異世界Ⅰ 【菖】
「わあ、噴水だぁー!」
水の街、エルゼアに到着するや否や彼女――
「……噴水なんてこの街じゃさして珍しくもない。そのうち飽きる」
「そうなのかもだけどさ、わたし小さいころから噴水大好きなんだよ~!」
「はあ……」
まったく、こいつときたらまたそれだ。
「……これが好き、あれが好きって。なんでも好き好きいいすぎ」
すると彼女は、こちらに振り向き小首をかしげる。
「そうかな? まあ好きなものが多いことは認めるけど。わたしはさ、日本にいたころから趣味が多くて毎日忙しかったんだよ~」
「ふーん、そう」
「冷たい!?」
大体、私はお前を完全に信用したわけじゃない。こいつが言う日本という世界の話だってまだ半信半疑……。いや九割は信じていない。
「アイリスはなんかないの? 趣味とか、好きなもの」
「……」
そう言われ、少しだけ考える。……趣味、好きなもの、ねえ。
「特にない」
「え~、なにそれもったいない」
「お前にとやかく言われる筋合いなんてないけれど」
「ううぅ……。でもでも、好きなものは多ければ多いほど人生を潤してくれるんだよ!」
そう言い、彼女は私の目前まで迫る。……近い、少し離れろ。
「なにそれ」
「好きなものは心を豊かにするんだよ。好きなものがあれば明日はこれしたいなーあれしたいなーって考える時間ですら楽しくなるし、好きなものが近くにあると、それだけで笑顔になっちゃうものなんだよ」
「へー」
「大体、アイリスは普段笑わなすぎ!」
「……はあ?」
いきなり何の話だ。文脈がなさすぎる。
「アイリスはせっかく可愛いのに全然笑わないし、目も死んでるし、なんというか愛嬌がない」
「……」
ひどい言われようだ。笑っていようがいまいが、私の勝手だろう。――それに。
……私が笑わなくなってしまったのは多分、私のせいではない。
「だけどね、好きなものや趣味ができるだけでそんなアイリスも笑顔になるよきっと!」
「そんなアイリスってなんだ」
「笑わない人生なんてつまらない! 楽しくない人生なんてくそくらえ! 人生は、笑顔でいた方が楽しいんだよ!」
「……」
「だから、好きなものは人生を潤してくれるの。わかった?」
「……」
好きなもの、か。私の今までの人生は、魔王を倒すことだけしか考えてこなかった。それはきっと、これからも、倒した後もたぶんずっと。魔王に、過去だけに囚われ続けるのだろう。
確かに、こいつみたいな考え方ができたのなら、こいつみたいな人生が歩めたなら、それはさぞかし楽しいに違いない。
けれど、私はそうじゃない。そういう生き方ができない。未来永劫、私は私の過去から逃れられない。そんな気がする。そんな気しかしない。
「私は多分、好きなものなんて出来ないよ。……でもまあそこまで言うのなら、頭の片隅には置いておく」
「そうだね、今すぐ好きなものを作れって言われて作ったとしても、それはきっとまた違うなにかになっちゃうからね。今はそれでいいよ」
「……いやだから、私は好きなものなんて出来ないって」
復讐のためにしか生きてこなかったこの私が、今更好きなものなんて作れっこない。
「まあまあ、アイリスも日本に来れば趣味の一つや二つ、簡単に出来ちゃうって。だから魔王を倒したら、頑張って時空超えて二人で日本に行こうぜ!」
彼女はどや顔で私に向かって親指を立てる。私の話を聞いていたのかこいつは……。ていうか頑張って時空超えるってなんだ。
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