医術協会
「やあやあ! 僕のきゃわいいエルフちゃんたち〜!! んんーカワイイでちゅね〜♪」
ガガザはいつにも増して機嫌が良さそうだった。悪い兆候である。調教師のおじさんは嫌な甘さの香る壺の中身を確認しながら私達5人の背後に回り込む。
「…う〜〜ふふふ…ふぅむ…」
「…」
ガガザは唯一のご自慢である顔をミュナに近づけて口付けする様に促した。ミュナはエルフの中でも顔立ちが整っているらしく、それは拷問大好きなガガザが純然と懇ろにしたがる程らしかった。
「…んん…」
「(あんまり見てると吐きそう)」
「…ぷはぁ♪ やっぱりミュナの体液はジューシーだね〜!!」
「ありがとうございます、ご主人様」
その景色は別に珍しいものでもないし、私だって同じような事は何百・何千と繰り返している。ただ、妹がその状況を強要されているのは堪らなく不愉快だった。妹は
が、今回は珍しくそれだけに留めてガガザはミュナを惜しそうに眺めながらおじさんに壺の中身を塗りたくる様に合図した。
「…つめた」
「それはね、この森に生息する小さなオオカミさん達が好む匂いなんだ」
おじさんは私の手に不快なドロドロを塗りたくるのに紛れて何かの入った袋を握らせた。努めて自然な表情を主人に向けておく。途端にガガザは手を叩いたが、私の手の中身に気付いたわけではなかった。
「今日はスペシャルな鬼ごっこの時間でちゅよ〜エルフちゃん達♪ もしも夜明けまで悪〜いオオカミさん達から逃げ切る事ができれば…君たちは晴れて自由の身だ!!」
「流石旦那様! なんと御寛大な事か!! 拍手!!!」
「ありがとうございます、旦那様」
ミュナだけは口添えまでした。この子は大人を満足させるのが本当に上手だと思う。お姉ちゃん的には何だか嫌な素質だなって思っちゃうけど。
「ハッハッハ! まだゲームは始まってすらないよ〜ミュナ♪ でも賢い君ならきっと乗り越えられるだろう…れちゅ…レロレロ…ぷはぁ」
「もう、ご主人様ったら」
「ハハハ、期待しているよ」
無性にガガザを殺したくなる。当然そんな事は出来ないしこの殺意がバレてもいけない。落ち着いて落ち着くの…ふぅ。
「…全員首輪はついているね」
「へぇ! 抜かりなく」
「?」
何故だか言葉には出来ない違和感を覚えた。ガガザは僻地の領主らしく雑で抜けた性格をしている。かつて似た様な遊びをして獣人族の奴隷に逃げられたらしいし(その後見つかって拷問で殺されたとか)。今の一言は何か深い意味があった様に思われる。
「…向こうも準備が出来たようだ。始めよう」
「散れ散れ!! 耳長ども!! 夜明けまで精々走り回ってろや!!!」
「 」
「 」
おじさんの合図で私達5人のエルフは思い思いの方向へと走り出した。私とミュナは目配せで集合場所を伝えて。
—
「ゴフッ…チッ」
「旦那様!?」
旦那様の手には
「問題ない。只の風邪だ」
「へぇ!」
「それより。そろそろお客様が見える頃だ、屋敷に戻るぞ」
…生きろよ、耳長キッズ。
———
「おいおい! 医術協会って奴は会話ってモンを知らねえのかよ」
「ガガザ領主邸到着。洗浄開始」
「了解」
白装束に無機質な嘴状の仮面。ペストマスクだったか? 背丈は統一されたかのように1m80cm程度の男が4人。合図と同時に散開し、俺の相手以外はそこら中に火を放ち始めた。洗浄とは随分なめられたもんだ!
「
「
「簡単に言ってくれるねぇ!!」
愛剣・ダイナマイトを眼球目掛けて突き出すも、ひらりと躱しやがった!
「最近のお医者様は殺し合いも出来るんだなぁ!! おらよ!!」
「…『
蹴りも肘打ちもいなされ、奴の拳の中に炎が湧いてくる。そのまま炎は一体を囲うほど燃え盛るが、俺には掠りもしねぇ。
「舐めすぎなんだよ! …は?」
左腕の感覚が無いので目線を向けると、肩下までが黒焦げてなくなっていた。マジか!
「『聖炎』」
「がっ…!?」
「異物排除確に」
「ヒャッハー!! 詰めが甘ーんだよ!!」
左半身で受けたので右はまだ使える! 死ねや狂け—
「『聖炎』」
顔面が奴の白い手袋に埋め尽くされ、眼球が蒸発した辺りから意識が—
「異物排除確認」
———
私とミュナは早々に合流出来た。他の3人も早く探さないといけないが、さっきから魔法が全く使えない!!
「…この首輪?」
「お姉ちゃん! この鍵…ガガザに渡されたんだけど」
「貸して!」
ミュナの手から取り上げた鍵を真っ先に首輪へと差し込む。
「開いた!」
「お姉ちゃんのには?」
「…ダメみたい」
安心した、気まぐれとはいえミュナだけでも取り敢えずは逃げられそうだ。
「やっぱり…この首輪をつけてると魔法が使えないみたい」
「本当だ…今はちゃんと使える」
ミュナは私の擦りむいた膝を回復魔法で治してくれた。でも、今はそれより!
「泥沼は…あっちだったはず」
「お姉ちゃん? 早く逃げないと…」
「その為にまずはこのドロドロを何とかしないと」
オオカミの嗅覚はヒト族よりはるかに優れている。こんな臭いをつけていたらとても逃げ切れるわけがない。見えた! ミュナの手を強く握る。
「飛び込むよ!」
「う、うん!」
少し泥が跳ねただけで私とミュナは綺麗に沼に飲み込まれた。沼の中で多少ドロドロを擦り落とし腹這いになって何とか沼を出た。
「掴まって」
「…ありがと」
「何とも言えない臭いがするね…」
「さっきの甘ったるいのよりはマシだよ、行こう」
「異物確認。排除する」
「「!!」」
咄嗟にミュナを抱えて地面に伏せると、直後に頭上を大きな炎が包んだ。髪の毛の先が丸まった。草むらを割って出てきた白いお面の男の掌から出ていたけど、魔法とは少し違う。
「ミュナ!」
「うん!」
「…」
風魔法でお面に泥を掛けて視界を奪った。男はヤケクソみたいに辺りの全部を燃やし始めた。
「ミュナ、伏せたまま行くよ」
「分かった」
そうして這ったまま森の中を抜けていく。暫く進んで崖に突き当たったので、ミュナに抱えて貰って滑空。これで大分白いお面と距離を作れた筈。ガガザ領からもあと少しで脱出できる。
「皆は大丈夫かな」
「分からない」
3人も決してバカじゃないし、こういう日が来た時の為に森の事は皆で勉強した。南を目指せていれば合流出来るかもしれない。
「そういえばこっちで合ってるの?」
「うん。おじさんのおかげでね」
「それは…
「宝石付きのね」
「…おじさん」
要が済んだら売ってお金になるようにまでおじさんは考えてくれていた。大人は誰も信用できないと思っていたけど、やっぱりおじさんだけは別だ。…殺気!!
「ミュナ!」
「な、何!?」
足元の石ころしかなかった! けど、何とか刃先をミュナの首から逸らす事には成功した。
「あ、あぁ…そんな」
「何なのアンタ! いきなり」
「医術協会の人じゃないよ、お姉ちゃん!」
ボロボロでほとんど裸に近かったけど、その姿は間違いなくシスターという奴だった。でも、むしろ敬虔とは正反対の存在に思える。
「お久しゅうございます…伝道者様。魔性の身と果てました、アイリスにございます」
アイリスは生き別れた想い人と再会した時みたいに凄く嬉しそうに泣いていた。真っ白い肌に突き出た犬歯、夜の闇に漂う赤い瞳。
「ヴァンパイアだ」
「お姉ちゃんの知り合い?」
「そんなわけないでしょ」
「フフフ、では伝道者様♡」
金髪のヤバい吸血鬼がズタボロの剣を構える。
「
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