奴隷エルフの剣士・レェナ

溶くアメンドウ

黒疽

 ——私と妹はとある地方貴族の人間の持ち物だった。肉欲と好奇心と嗜虐心を満たすためだけの道具として飼われていた。

 しかし、この時代においてそれはまし・・な部類の待遇だったのだと後に知った。私達エルフにとっては…。


————


「…流行り病?」

「体がね、黒くなって固くなって死んじゃうんだって」

「嘘だよ、そんなの魔法で治せばいいもん」

「僕嘘つかないもん!!」

「静かにしろ、耳長キッズども」

「…」

「…」


 鉄格子を叩くカラカラした音が地下室に響く。目に涙を溜めたウェンも無言で泣き始めた。唯一の光源の松明がパチパチと爆ぜるのを眺めながらウェンの言った流行り病について考えてみる。


(魔法で治らなくて、体が黒く固くなって死んじゃう病気…か。大人達がついた都合の良い嘘そのものじゃん)


 そもそも魔法で治らない病気なんて変だ。薬師の父さんの口癖は「魔法で治らない病気はない!」だったし、魔法が凄い事を私達はよく知っている。

 隣で毛布に包まるミュナにもどう思う? とウェンの方を指して聞いてみたけど、どうやら私と同じ事を考えているみたいで。私とミュナは調教師のおじさんに見つからない角度で小さく笑い合った。


「(せめてミュナだけは自由にしてあげないと。父さんと母さんに頼まれたんだから)…ひゃん!?」

「フン…おわっ!?」

「フッ」

「お前らな…」


 耳元に風魔法を当てられたので、ウェンの奴の髪を強風でグチャグチャにしてやった。丁度調教師のおじさんがきたのでもうやり返せまい。


「…」

「?」


 調教師のおじさんは気まずい顔をしていた。ガガザ…私たちの持ち主が良からぬ事を思いついたに違いない。決まっておじさんは誰かが死ぬ・・・・・時にそういう顔をする。檻の中の私達に緊張が走る。


「5人…5人だけか、もう」

「にん?」

「ん? …あぁ、匹じゃないと分からないか。何でだろうな、同じヒト族なのに…おっと」


 今日のおじさんは特別に変だった。皆を檻の隅に集めると、何か良い香りのする小粒のお菓子をくれた。口の中に入れると、蕩ける様に甘かった! こんな美味しい物を食べたのは初めてだった。ミュナもウェンもイェルもガァルも、キラキラと目が輝いてて何だか私は更に嬉しくなった。


 それで、そんな私達をおじさんは包む様に抱きしめた。不思議な気持ちだった。服を脱げと命令されるわけでも、身体を舐めて奉仕しろとも言われない優しいハグ。おじさんは、外に聞こえるわけもないのにとても慎重に私たちに教えるみたいに囁いた。


「おそらくお前らは森に放たれる…当然普通にじゃないがな。それで暫くしてもし…お屋敷が炎に包まれたり、クチバシみたいなお面をつけた白い奴を見たら、血闘都市へ向かえ」

「血闘都市…?」

「南だ。南を目指せ…」


 おじさんは初めて微笑んだ。…すごく優しい顔だった。そして立ち上がって、いつものおじさんらしく威張り散らしたフリをしながら私達を外へ出した。


「とっとと動けエルフども!! …柄にもねえな。罪滅ぼしになりもしねぇだろーに…へっ」


—数時間前—


「医術協会の査問…ですかい? 旦那様」

「そうとも。まあ大した問題じゃないよ、連中は病的に神経質なのさ。黒疽がなんだというんだ、全く…」

「へへ、旦那様のおっしゃる通りで!」


 ガガザ領内の複数の農村で黒疽が流行ってて、黒疽に関して超法規的に立ち回っている組織・医術協会の査問が入るとの事だった。


「あまりイイ噂を聞かない連中ですが…」

「何でもかんでも焼きたがるからね、アレらは」

「どうします? 価値ある奴隷だけでも隠しておきますかい?」


 連中は黒疽の疑いや兆候のある者を片端から焼き払う。いつだかは亞人の国の姫君を焼いて偉い問題になったとかで。黒疽を滅ぼす以外を考えていない潔癖の狂犬…生で見た事無いのは幸福ってもんだ。


「いや、万が一焼かれてしまってはただ痛手を負うばかりだ。あんな狂った輩に僕の宝物を損ねられるのだけは勘弁だね」


 旦那様は不気味な笑みを浮かべ、普段は綺麗な机を乱雑に並ぶ資料の1つを取って俺に見せた。


「ガガザクロオオカミの分布調査…廃棄場の近くで増えてるとは聞きますが」


 価値のない奴隷でも事故死・・・すれば多少の保険金は下りる。そういう意味で駆除には後ろ向きだと思っていた。が、旦那様の思いつきはそこからはかなり離れた発想の産物だった。


「まだやっていない遊びがあったんだ」

「…と言いますと?」


 異種交配や種族毎の生命活動の限界を超えた拷問、悪趣味なハンティング…胸糞悪い遊びには随分と付き合わされた。今更大抵の事じゃ俺の心は揺れない自信がある。


「エルフ達を狩らせよう!! オオカミ達に…クキキキ」

「はぁ…しかし領地内のオオカミは皆小型で、耳長どもと体格も変わりませんし難しいんじゃ…」

「そう、そこなんだ」

「はぁ」

「最近の調査で分かったんだけどね、オオカミ達がトリップに使う野草の近縁種…これを使うと攻撃性が上がり一種のドーピングが可能になるんだ」


 なるほど。確かにそれなら多少は狩りの期待も出来なくはないだろう。


「とは言っても、耳長どもは皆魔法が使えます。多少攻撃性を増した所でオオカミじゃ…」

「そう、そこもなんだ」

「はぁ」

「最大の障害だと思っていたからね〜♪ その点も抜かりなく準備しておいたんだ」


 旦那様は懐から見慣れない色の首輪を取り出した。手渡された1つをマジマジと観察してみると、それはチョーカーだという事が分かった。


「これは一体何ですかい? ヒト族が着ける前提のアイテムのようですが」

「魔封じの施された代物だ♪」

「!! よく手に入りましたね、流石は旦那様」


 これを着けている間は一切の魔法が使えなくなるという高価な代物。正直、遊びの範疇で使うのは躊躇われる代物だ。


「これをエルフ達に何も言わずに・・・・・に着けておいてくれ」

「!? …へぇ!!」


 何て事を…旦那様が人間なのが不思議な程の残酷。中身はすっかり悪魔になっちまってるんじゃねえかとさえ思わせるゲスっぷり。


「あぁそれと」

「?」

「もしも戦闘行為が始まってしまった場合、主要な奴隷達を避難させておいてくれ」

「戦闘行為…?」


 医術協会と、というところまでは分かるが。誰が闘うんだ、あんな化け物連中と…


「失礼。前金を受け取りに来た」

「丁度良いところに来たね」

「…傭兵か!?」


 デカい! 3mはありそうな大男だ。顔には大小の傷が刻まれ、背中には人間大の刃物が退屈そうに眠っていた。手練れだと一目で分からせる雰囲気もあって、恐怖より頼もしさを感じさせる男だった。


「それじゃ、首輪の件は頼んだよ」

「へぇ!!」

「ふーん。面白そうな事やってんねぇー」

「気にしないでくれたまえ、君は狂犬共を蹴散らしてくれればそれでいい…」


 …こりゃ、一段と逃げるのが難しくなっちまったぞ。耳長キッズども…


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