第17話 テオとの再会

 出発して四日目の夜遅くに、トリアノン領に到着した。

 予定よりも半日ほど遅れてしまった。

 私が疲れないように、ユリウスが休憩をたくさん取ってくれたからだ。


 遅い時間にもかかわらず、領主のレオナード・ランジェ様は、快く迎えてくださった。


「遠路はるばる、ようこそお越しくださった。私が領主のレオナードです」

「ユリウス・ジャンポールです。それと、妻のアデリーンです」


 ユリウスは、私を紹介することにまだ慣れていないから、少し照れている。ふふふ。


「アデリーンです。お世話になります」

「いえいえ。わざわざ西方から応援に駆けつけていただき、本当に感謝しています。ユリウス殿の剣術の指南役は、テオ殿だとか」


 ……そう。私がここにいるのは、夫のユリウスが討伐隊に同行するにあたり、後方で負傷者の救護活動を行うためというのが、表向きの理由だ。


「ええまあ。王都の学園に通っている一時期だけでしたが」

「またまたご謙遜を。私はどうも剣術が苦手でして。領民のためにできるのは、魔物除けのローズゼラニウムを増やすことくらいです」


 ……ああ、そういうこと。

 どうりで、あちこちで目にしたはずだわ。


「ご覧の通りの田舎ですので、大したお構いはできませんが、何かございましたら、遠慮なくお申し付けください」


 レオナード様の言葉とは裏腹に、城の使用人たちが、「お夜食にどうぞ」と、サンドイッチやフルーツ、温かい紅茶や焼き菓子などを、せっせと部屋に運んでくれた。

 魔物に怯えている素振りなど、ちっとも見せることなく、皆、笑顔で。

 領主のレオナード様のお人柄なのかしら……。




 人の出入りがなくなり、ユリウスと二人っきりになれたのは、深夜近くだった。

 明日は騎士団の方たちと一緒に、討伐に出かけるというのに、まったく実感が湧かない。


「本当に来てよかったのか?」


 ユリウスからこの四日間、何度も繰り返しされている質問。

 あなた自身、いまだに心を決めかねているのね。


「ええ、もちろん。騎士団の皆様が、守ってくださるのでしょう?」

「ああ。まあな。だが断ることだって、できたんだぞ」


 ……嘘つきね。

 最初に会った日に言っていた癖に。



「領主として王様の命令には従う」



 どんなに嫌な命令にもね。




 なにか、他の話題に変えたいな。

 ……そういえば、テオ様が正騎士長になる前に、剣術の稽古をつけてもらっていたのよね。


「ねえ、ユリウス。テオ様ってどんな方?」


 一瞬ユリウスの顔が曇ったかと思うと、目をすがめて逆に質問してきた。


「お前もテオみたいな美形が好きなのか?」


 ……は? えええっ?


「ユリウス――」

「女はみんなテオが好きだからな」

「もう、なにを言うの。そりゃあ、キレイな人だなとは思うけど――」

「ほらみろっ!」


 ……やれやれ。

 ユリウスってば、意外にやきもち焼きなのね。


「私たち、結婚しているの忘れた?」

「忘れるもんか! お前こそ、俺の妻なのに――」


 うふふふ。本当に「妻」って言うの、好きよねー。


「テオ、テオって、どうかしているぞ」

「そんなに何度も名前を言っていません」

「う、うるさいっ!」


 もう。顔を真っ赤にしちゃって。


 トントントン。


 ノックの音に、二人揃ってギョッと驚いてしまった。


「誰だ?」


 ユリウスが警戒しながらドアに近づく。


「テオだ」

「テオ?」


 なぜかユリウスは、私を睨んでからドアを開けた。


「テオ!」

「ユリウスか。大きくなったなー」

「そりゃあ五年も経てば変わるさ。俺はもう十八歳だぞ。それに身長だって、今じゃ百七十八センチなんだからな」

「うーん、俺まであと九センチだな」

「……ちぇっ」

「あははは。冗談さ。身長なんか何センチだっていいだろ」


 うふふふ。あれは「よくない!」って言いたげな顔ね。


 それにしてもテオ様って、快活に笑う人だったんだ。

 前に王宮で見かけたときは、ちょっと怖い感じがしたけど。

 お役目柄、近づき難い雰囲気をわざと出しているのかしら。


「こんな時間に悪いな。明日はこんな風に、悠長に話してなんかいられないからな。悪いと思ったが来させてもらったよ。そういえば、奥方様は?」


 テオ様の視線が私を捉えた。


 ……うわっ。

 本当に美人さんだわ。

 真正面から見つめられちゃうと、ちょっとヤバいかも……。


「そちらでしたか。こんな物騒なことに付き合わせてしまい、申し訳ございません。奥方様の歌声には、万物を癒すお力がおありだとか――」


「妻の――歌声の具体的な効力は、よく分からないんだ」


 ユリウスが私に代わって、ためらいがちに答えてくれた。


「そうですか。ですが、もし怪我人を癒せるなら、治癒のサポートをお願いします。魔物討伐は、我々騎士団がやり遂げますので」

「は、はい。よろしくお願いします」


 テオ様は、ユリウスと一言二言交わしてから、部屋を出ていった。



「本当に、明日、魔物討伐に行くんだな……」

「ユリウス……」




 なんとなく外の空気を吸いたくなって、窓を開けた。

 月は雲に隠れていて、明かりは地上に届いていない。

 それでも、暗闇の中、ほのかにローズの香りが漂ってくる。


 私の体も、この部屋も、ううん、この領地全体を、優しいローズの香りが包み込んでいるんだわ。

 淡いピンクのベールを体にまとうような感覚に、しばらくの間、酔いしれていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る