第14話 トリアノン領の魔物討伐②(シャノン視点)

 ああもう! むしゃくしゃする。王様のあの言葉は何?


「ひたすら国の安寧を祈れ」って。はんっ!


 祈ってほしけりゃ、それだけの待遇で応えなさいよねっ!



 それにしてもお母様。借金ですって?

 いったい何に使っていたのかしら。私は贅沢なんて、させてもらった覚えがないけど。

 ドレスだって月に二、三着しか作ってもらえなかったし。

 マナー講師なんて、王宮がアデリーンのために寄越していた人じゃないの。


 うちの馬車は小型で美しい細工もなかったし、専属の御者もいなくて使用人が兼任していたじゃない。

 ワインだって、男爵家なら、王族と同じくらいの高級ワインを飲んでもいいはずなのに、そこまでのものじゃなかったわ。



 そんなことよりムカつくのは、私が王都で祈るって言ったのに、それが無視されたことよ。

 聖女様は絶対じゃないの?

 お母様は、「聖女の前には国王すらもひれ伏す」って言っていたのに。

 ひざまずきもしないじゃない。



 ああ、今ムカつくのは目の前の王子だわ。

 私がちょっと顔を動かしただけで、怯えた顔で「ひい」とか漏らしちゃって。



 まあ、こんな王子と結婚しないで済んだことだけは、よかったかもね。

 できれば結婚相手は、あのテオがいいわ!

 噂の正騎士長。まだ二十五歳という若さで騎士団のトップよ。

 それにあのサラサラの金髪。ああ、触ってみたい。

 美形とは聞いていたけど、まさに芸術家が丹精込めて作り上げた造形美だわ。


「うふふふふ」


 討伐から帰ったら、ご褒美にテオとの結婚を要求してもいいかもしれないわね。

 騎士団が太刀打ちできない魔物を一掃する訳だし。



 王様がおかしな迷信に囚われているなら、貴族連中から口添えしてもらえばいいんだわ。

 テオだって所詮は騎士。王様の命令には逆らえないはず。


「うっふっふっふっふ」






「聖女様。これよりトリアノン領に入ります」


 先導していた騎士の一人が、馬車の横に馬をつけて知らせた。

 やっとなのね。




 トリアノン領に入ると、早馬が知らせたのか、領民たちが熱狂して出迎えた。

 領主の城が見えたと思ったのに、馬車は通り過ぎていく。


「ちょっと! 領主の歓迎会とか、そういうのはないの? ここの城で休ませてよ」

「いえ。王様より、魔物が出現している森へ直行せよとの命を受けておりますので」


 はああんっ?!

 本当にムカつく王様だわ。

 まあいいわ。さっさと片付けて帰ればいいんですものね。





「あ、あのー。聖女様」

「何よ」

「あ、いいえ、その。外の様子がちょっと。なんだか薄気味悪くて。早いところクリスタルの準備を――」

「私に命令する気っ?」

「いっ、いいえっ! すみません! すみません!」



 ああムカつく。王子でなきゃ、とっくに馬車から放り出して、魔物にやられたって報告するところなのに。

 でも、まあ確かに。不気味な感じがするわね。





「聖女様、森に入りますので、お気をつけください」


「ひいいっ! 僕、とうとう来たんだ。魔物が出現する森に――」


 ひいひい、うるさいわね。

 クリスタルは、ここに、こうしてちゃんとある。

 もったいぶって、ガラスケースに入れられているけど。


 ケースから取り出したクリスタルは、透明なのに、向こう側が透けて見えない。

 さあ、私を守ってちょうだい。

 魔物が出現したら、片っ端からやっつけてね。



「うわあっ! くそっ!」

「くうう! せっ、聖女様!」

「ぎゃああっ!」


 前を行く騎士たちの悲鳴が聞こえた。


「ひいいっ!」


 今のは王子の悲鳴だ。


 ドンドンドンドンと、地響きのような音が聞こえる。


「ガルルルウ」

「ウウウウ」


 ……ん? 動物の群れ?

 不意に、何かが馬車にぶつかって、激しく揺れた。


「きゃああ!」

「ひいいいっ!」


 右からも左からも上からも、相当数の何かがぶつかってきている。

 なんなのよ、これ……。


「せ、聖女様! このままでは馬車ごと、僕ら、やられちゃいます!」


 ……わ、わかっているわよ!

 ええいっ! さあクリスタル!

 出番よ! 私を守りなさい!



 ……え?

 どうしてクリスタルが光らないの?


「せ、聖女様! 早くクリスタルを! 聖女様の聖なるお力を! 僕はもう――」

「うるさいわね! そんなに大きな声を出されたら、集中できないでしょ!」



 あの日、光ったときって、どうやったんだっけ?

 確か両手でクリスタルを持って、アデリーンに取られないように――振り回したんだ!



「えいっ! ええいっ!」


 両手でしっかり握って振り回してんのに、なんで?

 なんで光らないの?


 馬車の近くから呻き声が聞こえてくる。


「うあああっ! 聖女様! 聖女様どうか! ううっ」

「まだなのですか? お早く! うぎゃあ!」

「我々はもう、持ちこたえられそうにありません!」


 騎士が泣き言を言うなんて。


 バキッ! バリバリバリバリッ!


「ええっ?」

「うわあっ! やられた! もうダメだ! 馬車が壊されちゃう! 僕は殺されちゃうんだ」

「て、撤退よ! とりあえず撤退! ほらっ! 早く! てったーい!!」



 騎士にもやっと声が届いたらしい。


「しょ、承知しました。よし、撤退だ!」





 ほうほうの体で、領主の城まで逃げ帰ったはいいけど、何よ、この領民たちの目つきは。

 こんな田舎くんだりまで来てあげた聖女様に向かって、その態度はないでしょ。



 それにしても危ないところだったわ。

 馬もすっかり怯えているし、馬車は車軸の交換が必要だなんて。

 もう少しで馬車に穴を空けられるところだった。



 騎士は三名ともボロボロね。手足がくっついているだけマシかしら。

 王子は、騎士の背中につけられた、四本の鉤爪の跡を見て失神する始末。



 誰か、私をねぎらう者はいないの?

 魔物に立ち向かったのよ?





 散々待たされたところに、ようやく領主が顔を出した。


「あ、あの。聖女様。騎士たちによれば、魔物の討伐はあいならず、そのまま逃げ帰ったとのことですが。本当でしょうか?」


 はあ? 「本当でしょうか?」ですって?


「何が言いたいの!」

「い、いえ。その。聖女様ならば、祈るだけで魔物はたちまち消え失せると伺っていたものですから――」

「今回は、ちょっとうまくいかなかったのよ」

「さようでございますか。それでは、次の討伐はいつになさいますか?」


 オドオドしている割には、図々しいことを言うのね。


「はあ? いったん王都へ帰ってからね」

「え? そ、そんな。それでは困ります」

「うるさいわね。私の言うことが聞けないの!」

「い、いえ。それでは仰せの通りに」





 ふんっ!


 結局、領主が用意した新しい馬車で帰ることになったけど、とんだ安物ね。ちょっと座っただけで、もうお尻が痛いわ。


 おまけに騎士は療養が必要だとかで、私と王子だけの移動。

 ……ったく。やってらんないわ。





 王都に到着したのに、予想に反して人垣はなかった。

 あのトリアノン領の領主……早馬で何を報告したのよ。





 王宮に着くと休む間もなく、王子と一緒に、不機嫌そうな王様の前に連れていかれた。


「ち、父上、申し訳ございません。うっ。うっ」


 ちょっと、王子のくせに、なに泣いてんのよ。

 ちゃんと頑張ったって報告しなさいよ!


「聖女様。何故お力を発揮されなんだ? どうして騎士たちが傷つく羽目になったのだ?」

「私は精一杯やりました。ですが、クリスタルが――」


 王様の私を見る目が気に入らない。聖女を見下すなんて。


「クリスタルは、聖女の手で力を発揮するものと聞いておるが」


 私もよ。本当にどうしてかしら。

 ……あ! もしかして。


「このクリスタルは汚れているのかもしれません。私が触ったとき、姉のアデリーンも触っていたように思います。きっと、そのせいで力が発揮できないのです」


 王様は理由を聞いて驚いた顔をしている。


「触った? そなたが聖女だと証明されたとき、アデリーンも触っていたのか……」


 きっとそういうことよ。


「だが、おかしいではないか」


 ……え? どこが?


「聖女の力は、全ての穢れを祓う聖なる力。聖女が手にしさえすれば、クリスタルは聖なる力を遺憾無く発揮するのではないか?」

「そ、そんなこと、私に言われても分かりません。そちらで調べてください」



 そんなに睨まないでよ。

 それにしてもアデリーンめ。やってくれたわね!

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