第12話 お前は俺が守る
ユリウスはソファーに座らされて治療を受けていた。
医者が包帯を巻き終わる頃には、幾分落ち着きを取り戻していた。
幸い、ユリウスの怪我は大したことなかった。
傷は浅く、毒も塗られておらず、私もリュカも安堵した。
立ち上がろうとしたユリウスの前にリュカが立ち、低いトーンで、でも言葉遣いだけは執事のそれでピシャリと言った。
「諸々の後始末は私にお任せを。ユリウス様はお休みください。城の守りは固めておきましたから、どうかご安心を」
「しかし――」
「いいから私にお任せを」
リュカが凄みを効かせてユリウスを睨め付けた。どうあってもユリウスを休ませるつもりだ。
「……わかった」
リュカの固い決意に押されて、ユリウスは渋々折れた。
「ユリウス様、よろしいでしょうか」
部屋の外から静かな声が聞こえた。
リュカがドアを開けると、兵士が一人ひざまずいていた。
「取り急ぎご報告をと思いまして」
ユリウスが気色ばむ。
「何か分かったのか?」
「はっ。侵入者の残していったナイフですが、柄の特徴的な模様から、どうやら北のユーゴー国のものらしいと」
「なんだとっ」
ユリウスの見開いた目を見たとき、その瞳から血が流れ出ているイメージが脳内に浮かんだ。
どうしてこんな想像をしているの……?
「ユーゴー国の者」と聞いて、ユリウスの顔はみるみるうちに蒼白くなり、体から力が抜けていった。
だらりと肩を落とし、あてどなく視線を移ろわせている。
リュカは何か言いかけて止めると、私の肩に手を置いて言った。
「ユリウス様を頼みましたよ」
私はコクンとうなずくのが精一杯だった。
リュカが部屋を出ると、憔悴しきったユリウスと二人きりになった。
いったい何がユリウスに、これほどまでの苦痛を与えているのかしら。
見ている私まで、心臓を握り潰されたように胸の奥が痛くなる。
「あの。ユリウス様……」
ユリウスの隣に腰掛けて、そっと腕に手をおくと、ユリウスはビクッと反応し、怯えるような目で私を見た。
……泣き出しちゃうのかと思った。
そう思ったせいなのか、両目からポロポロと涙が溢れてきた。
私の方が泣いちゃうなんて。
思わず両手で顔を覆ったけど、隠すなんて無理。
不意に体の自由を奪われた。
私の顔は、ユリウスの腕の中にすっぽりとはまっている。
私の腕ごと、ユリウスが抱きしめている!
ユリウスの胸や腕は固くて、それなのに温かくて……。
体が感じ取る情報と気持ちとが合わさって、ぐちゃぐちゃになる。
「うっ」
……息が。
ユリウスの腕の力が強すぎて、息ができない。
「……く、苦しい」
「すまない」
ユリウスが少しだけ力を抜いてくれた。それでもまだ私の体を離そうとはしない。
私も無意識に、ユリウスの背中に手を回していた。
「部屋の外に警護兵がいたなんて知りませんでした。ずっと守ってくれていたんですね」
「そんなの当たり前だ! そんなんじゃ足りなかったんだ。俺のせいだ」
またユリウスの腕に力が入る。
「……十年前も」
喉の奥から絞り出すように、ユリウスが話し始めた。
ユリウスの息が頭から降りかかってくる。
「十年前も夜襲を受けたんだ。狙いは母上だった。母上の癒しの力を聞きつけたユーゴー国のやつらが、国境を超えて侵入してきたんだ」
……そんな!
「あの時は、一個師団に城を包囲された。俺は何もできなかった。それどころか、俺を庇って母上は――。うっ。うっ」
……もう止めて。そんなこと思い出さないで。
「父上も俺を救うために――。俺のせいで両親は死んだんだ――」
「しーっ。もういいの。あなたは悪くない。あなたのせいじゃない」
……お願いだから、泣かないで。辛い記憶を思い出させてしまって、ごめんなさい。
「でも。もう俺は子どもじゃない。お前は俺が守る。絶対に、何があっても守ってみせる」
……痛い。身体中を、グサグサと突き刺されているみたい。
これは――ユリウスの感じている痛みなの?
私はユリウスの背中に腕を回しているのに、心の中では彼の頭を優しく撫でていた。
「もう大丈夫」とか「泣かないで」とか、そんなことをささやいていたかもしれない。
……ううん。
きっと泣いている子をあやすように、子守唄を歌っていたんだ。
気がつけば、ユリウスは私を両手でしっかりと抱きしめたまま、眠ってしまっていた。
私もユリウスの胸に顔をうずめたまま、彼の涙が頬に伝ってくるのを、まどろみの中で感じていた。
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