運び屋と天使
石田空
1
錆び付いたにおいがする。雨上がりだといつもこうだ。
アスファルトが剥がれてべちゃべちゃになった路地を眺めながら塀を跳んだ。
「すみません、お届け物の燃料です」
「はい。いつもご苦労様」
互いに端末を擦れ合わせる。電子マネーをいただいてから、元来た道を帰っていった。
大家はのんびりとした顔で、電子煙草を吸っていた。
「ソラ。仕事は終わったかい?」
「一応は」
「そうかいそうかい」
業者が先日の政変のせいでだいぶ潰れてしまい、おかげで下層に住まう者たちの家を修理できる業者が軒並み中間層へと移動してしまった。
今のところ雨風はしのげているが、ゲリラ豪雨やハリケーンの季節になったら厳しいため、どうにかしなければいけないが。
ソラたち下層に住む者たちに、そう簡単に中間層に行ける金もコネもなかった。
****
この国が縦長くなったのは、いつからなのかははっきりとは思い出せない。
不景気だ不景気だと言われ続けて一世紀、生まれた頃から不景気で好景気だった頃を知らないソラからしてみれば、国が縦長くなったところで、それになんのどんな意味があるのかを見出せなかった。
上層部に住むのは大企業のCEOや政治家で、中間層には企業勤めや政治家周りで働く人たちが連なる。
下層に住まう人たちは、そもそも政治家やCEOが認知しているのかどうか怪しい人たちだった。
昔あった老人ホームも、そもそも老人と呼ばれる世代がほぼいなくなってしまったために解体され、病院も皆中間層に移動してしまったため存在せず、孫請け企業やひ孫請け企業が点在しているのだが、この国に巣くう不景気という病のせいで、少しずつ弱っていってしまった。
病気になったら治療費がないために、伝染病にかかったら皆下層に落とされる。年を取って動きが鈍くなったら生活の邪魔だと下層に落とされる。今や下層に住むのは、年寄りと病人、弱者のラベルの貼られた人々と、そんな弱い者たちを相手に商売をする酔狂な者たちばかりがかろうじてしがみついている状態だった。
こんなひどい状態の国なため、悲観した学者や若者はこぞって国を出てしまったが、世の中外に出て行くだけのお金も知識もある者たちばかりじゃない。
そんな地獄の再生産状態の中で、ソラが運び屋として働いているのは他でもない。
それしか生き方を知らないからだった。
幸いというべきか、育ての親は下層の人間にしてはまともだったがために、体は資本だと、彼に運び屋として、下層を走り回る術を教えた。
燃料不足で、既に道路を走る車というものは存在していなかった。全て高層ビルの維持のために使われているため、下層まで車を動かす燃料は降りてこない。それでいてお金は電子マネーじゃないとまともに機能しないのが皮肉なところだ。
中間層以上に行けば空飛ぶ車だってあるらしいが、そんなもの見たことがないから、本当にあるのかどうかすら知らない。だから、人力で走るしかなかった。
ソラは現状に満足している訳ではないが、理不尽だと声を上げることもなければ、悲観して自殺することもなく、怒って国を出て行くこともなく、毎日淡々と仕事をしていたのだった。
その日も雑草をむしってつくった茶をすすり、安売りで買ってきた合成肉を焼いて食べていた。午後の仕事は十件。どれもこれも入り組んだ路地からの依頼だから、そこそこ大変なことになるだろうと思いながら、ストレッチをした。
その中。
ゴウン……と音が響いた。
なにかが落ちてきた音であり、トタン屋根がミチミチと折れそうな音がする。
「なんだい、また中間層からのゴミかい?」
「いや大家さん。ゴミだったらもうトタン屋根を貫通してるから、もっと軽いものかもしれない。ちょっと見てくるよ」
「屋根を修繕するお金なんてないよ!」
「確認したら、あとで接いでやるから」
ソラは大家とそうしゃべってから、急いで屋根を見に行ってきた。
そこでソラは驚いて目を見開いてしまった。
屋根に引っかかっていたのは、下層じゃまず見かけないほどに、顔の整った女の子だったのである。
日焼けを知らぬ白い肌……一日の糧を得るために働いていたら、まずありえないほど、血管が透けそうなほどの色だった……真っ白なワンピース……下層だと洗濯するのが大変なため、色がついたら困る真っ白なものなんてほとんど売っていない。だいたい黄ばんだ白を白と呼び、ここまで真っ白な布地自体は滅多にお目に掛けられないものだった。髪は艶やかな背中を覆うほどの長さだった。
どう考えても下層の人間じゃないだろうが、中間層の人間かも怪しい。
「……こんなところに落とされたってことは、死んだんじゃないだろうなあ……」
中間層でも稀にいる。
縦に長くなった国の補正のために、工事をしていたら落ちてきて、下層の人間を巻き込んで死んでしまうことが。
これだけ綺麗な女の子も、華奢で生きている気がしないので、死体でも投げ捨てられたんじゃと気を揉んでいたが、「ん……いたい……」と声が漏れてきた。ひどく澄んだ声だった。
我に返ったソラは、慌てて女の子をトタン屋根から引き剥がして、階段を伝って降ろす。
「お前誰? どこから来たの?」
「……?」
女の子はソラを見て、目を丸くして、コテンと首を傾げてしまった。
ソラはそれに「あー……」と声を上げた。
下層はとにかくゴミ溜めだし、いろんなものを中間層以上からうち捨てられるしで、完全生身の人間自体が、滅多にいなかった。
ソラも運び屋の仕事を続けるために、どれだけ重いものも運べるようにと、右腕を義手にしてしまったし、肺や腎臓もさっさと売り払って人口肺や人口腎臓に切り替えてしまっている。どの道下層の寿命は短い以上、できる限り下層で生きやすい体にカスタマイズするという思想が広がって当然であった。
しかし中間層以上になったら、「人間は自前の肉体を持ってこそ人間」という思想で生きているために、人体改造が当たり前の下層については理解が及ばないところがあった。当然ながら、女の子も初めて見る義手に面食らってもしょうがないだろう。
「……ここは下層。俺はソラ。下層だったら、体を改造するのなんて当たり前なんだよ。で、お前は?」
「……リク」
「どこから来たんだよ? 上から降ってきてさあ」
「上層部」
それに、思わずソラは口を開けた。
中間層ですら、ソラは登ったことがない上に縁遠い場所だと思っていたのだ。それが上層部なんていったら、地獄を再生産して、高みの見物とばかりに酒を呷って眺めているような人間しか想像ができない。
なにより不思議なのは、上層部から落ちてきたにもかかわらず、彼女は怪我ひとつ負っていないところだ。
「なんで? 服がちょっと汚れてるだけで……背骨もあばらもやられてねえの?」
「別に。ただ痛い」
「わあ……! お、大家さん!!」
ソラは慌ててリクを引っ張って、大家に診てもらうことにした。
****
大家は昔、中間層で医者をやっていたらしい。しかし年を取ったため、年寄りに食わせる場所はないからと、そのまま下層に叩き落とされたという。
しかし彼女は下層に持っていくことができたわずかな電子マネーでぼろ屋を買い取り、そこで運び屋をやっている少年たちに格安で部屋を提供しながら、同じく格安で人を診て治療費を徴収していた。
もう下層に売れる保険なんてあったもんじゃないから、値段を決めるのも大家の自由であった。
彼女はソラの連れてきたリクに驚いたものの、空から落ちてきたのだからと、彼女の診察はしてくれた。
「……どこも折れてないねえ。上層部生まれだから?」
「ありがとうございます」
診察着から元のワンピースに着替えるリクを眺めつつ、大家は怪訝な顔で電子煙草を咥えた。
「上層部の人間って、肉体改造している俺たちよりも丈夫なの?」
「中間層だとあんまり上層部の話は流れてこないけれど……ただ上層部だと不老の研究はずっと行われていたらしいんだよ。食事をほとんど摂らなくても生きられる技術とか、ちょっとの手術で全盛期の肉体を取り戻す技術とか」
「へえ……でもそれを下層にまで降ろしてくれたら、皆腹が減っても生きていけるじゃねえか」
「あのねえ……上層部のやり方って、一種の断食なんだよ。私みたいな年寄りだったらいざ知らず、知識のない人間が生半可なやり方でやったらたちまち餓死してしまう……扱いが難しいからこそ、上層部にしか知識が留まらなかったんだろうさ」
どうも上層部の影響のせいでリクは頑丈らしいが、詳しいことは結局わからなかった。
なによりも、リクは落ちたのか、落とされたのかで話が変わってくる。
「ところでさあ……リク。お前落ちてきたの? 落とされたの?」
「……それってどちらも落ちてない? どう違うの?」
「全然違う。事故で落ちてきたんだったら、上層部に帰ってもいいけれど、落とされたんだったら、お前は上層部からあっち行けって追い出されたんだから、ここで食い扶持稼がねえと死ぬんだよ」
「そっか……私、自主的に来たんだけれど、食い扶持を稼げばいいのかな?」
それにソラも大家も口を開けた。
ふたりの驚愕の顔に、またしてもリクは首を捻った。
「あのう……?」
「なんで!? なんでここに来た!?」
「駄目だったの?」
「こんなとこに来ても、全然楽しくないぞ! 悪いこた言わねえから、マシなほうに帰れよ!」
ソラが慌てる中、大家も頷いた。
「既に下層にいる子たちは当たり前に受け入れているけどね、中間層より上の生き方は、ここでだったらまずできないよ。食べ物だってまともじゃないし、年寄り以外は軒並み肉体改造しなかったら生きていけないところだからね。年寄りは残りの寿命このまんま生きててもいいけど、若い子が内臓やられて死ぬのは、診るほうがいたたまれないよ」
「そうなの? でも」
リクはにこりと笑った。
運び屋稼業のために必死に読み書きと暗算はマスターしたが、他の知識はからっきしなソラは、かろうじて読み書きの本で見かけた絵を思い出した。
白い羽が生えて、真っ白な服を着ている少女のことを、天使と呼ぶらしい。
「私、ここにいたいの」
そう言うので、リクは恐る恐る大家を見た。
大家は深く深く溜息をついた。
「ここでこんな上等な服着てたら、間違いなくひん剥かれて回されちまうよ。服を用意してやるからついてきな。あと、ソラは拾ってきた以上責任取ってこの子の面倒を見ること」
「はあい」
「あと、責任取れない限り妊娠させないこと」
「しねえよ!?」
顔を真っ赤にさせたソラを、リクはわかってない顔で見ていた。
ソラはリクとの会話を思い出しながら、どうにも煮え切らないものを感じていた。
(でも……大家さんが診られる以上は人間なんだろうけど……なんでこうも一般常識がなくって、頑丈なんだ? 上層部の連中って世間知らずでも生きていけるもんなのか?)
とにかく、初めてできた運び屋の後輩に、仕事を教えることからはじめなければいけなかった。なによりもソラは毎日の稼ぎを家賃につぎ込んでいるもんだし、食事はほぼ近所の雑草かもらいもので賄っているのだ。リクにも稼いでもらわなかったら、生活は詰むのだった。
****
路地の壁面は汚く、入り組んでいる。地図を見せて、依頼人の荷物を受け取ると、それを持って運ぶ。
ソラと似たような繋ぎを来たリクは、ソラについて走っていた。
ソラの足は育ての親からも太鼓判を押された、生まれついての健脚だが、それについていけるだけの速さを持つソラもなかなかのものであった。
「ドローンじゃ駄目なの?」
「あれ、免許がいるんだよな。免許の取得試験を受けるためには中間層まで登らないと駄目だし、試験代もかかるから現実的じゃねえ。今だと中間層の連中くらいしかドローン免許は持ってないんじゃねえかな」
「ふーん」
リクに仕事を教えながらも、彼女の素朴な質問に答えつつ、ソラは彼女の謎にひたすら首を捻っていた。
(世間知らずかと思ったら、知識は偏っているとはいえどあるんだよなあ……俺が必死に勉強した読み書きも暗算もスムーズだし、地図だって読める。肉体改造している俺と同等に走れるけど、人間……ますます謎なんだよなあ……)
なによりも、彼女が上層部から自主的に降りてきた理由については、さりげなく話を振ってみてもはぐらかされてしまう。
そうこうしている内に、今日の最初の届け先についた。
「すみません、運び屋です。今日のお届けの合金です」
「ありがとよ」
義手製造会社に、中間層から届く合金板を運び、電子マネーでお金をいただいた。リクにも分けようとしたものの、彼女は「でんしまねー?」と言われてしまった。
「……お前、お金なしでどうやって生きてたんだよ?」
「上層部にもお金はあったよ? でも、端末にお金を入れる感じじゃなかった。紙と硬貨だったよ?」
「そんなの盗まれるじゃん」
「盗む人なんていなかったよ?」
とにかく、下層では電子マネーでなかったらお金が使えないし分けられない以上、彼女用の端末が必要だった。
端末をつくるために、店に出かけ、ソラのその日の売上を全部溶かしてしまった。
「はあ……今日は合成肉抜きな。近所の原っぱで雑草摘もうぜ」
「……ごめんね」
「なんで?」
「私に端末くれたから、あなたのお金が……」
「……だってさあ。嫌じゃん」
「えっ?」
「俺らは下層の人間だから、勝手に死ねって国からも見捨てられてるけどさ、弱いからって理由で放置されて死ぬの、なんか嫌じゃん。お前だってなにがあったのか知らないけど、上層部から出たくなってここに来たんだろう?」
「……うん、ありがとう」
結局ふたりで雑草をたくさん摘んで、それを揉んで粉にして、水を足して捏ねて麺をつくることにした。
ひとりでは面倒くさ過ぎて気の進まない作業だったが、リクとやればそこまで悪いものでもなかった。ふたりで適当につくった麺は、家にかろうじてあった梅干しと酒で味付けして食べると、なかなか美味かった。
ふたりがきゃっきゃと食事をしていたら、大家や他の運び屋もお腹を空かせて顔を覗かせ、麺を振る舞ってやったらあっという間になくなってしまった。
ここは地獄の再生産場所だ。生きるも死ぬも地獄で、弱い者からバタバタくたばるが、その中にも救いはある。
リクはこの訳のわからない麺をすすった。
「変な味がする」
「そりゃお前の舌が上等なんだよ。なに食べて生きてんだ?」
「たこ焼き」
「なんだそりゃ。たこなんて金持ちの食べ物じゃないか」
「ひとつだから、よくわかんない」
彼女がなにを隠しているのかは、やはり口を開いてはくれなかったが。
それでも久々に楽しい夜だった。
****
リクが下層にやってきて、早ひと月経った。
相変わらず彼女は謎だらけだが、それでも彼女とソラの運び屋稼業は順調だった。
彼女が可愛い上に世間知らずなせいか、時には運び屋の依頼料をぼったくられたり、逆に気に入られてなにかお土産をもらうようになったりと、山あり谷ありだった。
ソラひとりでは大して残らなかった電子マネーだが、リクと合わせたらほんの少しだけ贅沢ができるようになり、毎日合成肉を食べられるようになった。前は月に一度の贅沢だったというのに。
その日もふたりで合成肉を焼き、掘り起こした雑草の根っこを一生懸命洗って焼いたものを添えて食べていたときだった。
【タイプRYIKU反応確認!】
無線の声が狭い路地に響き渡った。それにソラは首を捻った。
「なんだ? こんなところに人は……」
「……上層治安部隊!」
普段ぼんやりしているリクとは思えないくらい、強張った声を上げる彼女に、ソラは目を瞬かせた。
「……あれ、追いかけてるのはお前か?」
「ごめんなさい、黙ってて……かくまったとわかれば、ソラや大家さんに迷惑がかかるから……」
「馬鹿、拾ったのは俺だよ。最後まで面倒見るよ。あの無線野郎たち殺せばいいの?」
「だ、駄目だよ! 本当に治安部隊に、路地ひとつなかったことにされる……あの人たち、上層部に住んでいる人たち以外を、人間と思ってないもの」
「じゃあお前は?」
「……」
「なんでお前は人間扱いされてないの?」
「……私は」
リクは震えた声で、必死に言葉を紡いだ。
「……上層部の人たちにとって、私は部品だから。人間扱いされてないから」
****
医療がどれだけ発展しても、人間の心が変わらなければそこに進歩はない。
胎外出産も臓器の人工培養も、人間の心が変わらないために、進化は途中で止まってしまったのだ。
「人間じゃないものは気持ち悪い」
「胎外出産で生まれた人間は人間として正しいのか」
国が縦に長くなってしまったのも他でもない。人間を人間と思わない教育を施さなければ、人間を部品として管理していることも、それらを使って上層部の人間が生きながらえていることも、人間の倫理観がおかしいと訴えて拒んでしまうからだった。
リクが生まれたのは、たしかに上層部ではあったものの、彼女は上層部の治療用に生まれた部品だったのだ。
「私の臓器は全て、上層部の人たちの付け替えパーツ。一番健康で心身共に絶好調になったときに、臓器を摘出されて使用されるの」
「お前の体が頑丈なのは……」
「遺伝子操作で、丈夫につくられているから。部品は基本的に頑丈で、なにをやってもストレスを感じないようにしないと、臓器に不具合が生じるからって」
「なるほどなあ……でも部品は他にもいるんだろう? なんでお前をわざわざ追いかけてきたんだよ、あいつら」
ふたりは上層部治安部隊と大家が話をしている中、こっそりと裏口から逃げ出して、屋根を伝って逃げていた。
元々運び屋稼業で路地裏や屋根、塀を伝って移動するのには慣れていた。
逃げながらソラの問いかけに、リクは眉を一瞬ひそませてから、口を開いた。
「……私の心臓を欲しがっている人がいるから。特殊な人で、適合する心臓が私しかいなかったから……他の臓器がなくなっても平気だけれど、心臓を取られたら……」
「……さすがに生きてる奴から心臓取るような真似、下層でだっていねえぞ。どうなってんだよ、上層部」
「死にたくないから、逃げ出してきちゃった。でも……大家さんやソラに迷惑をかけてる」
「あのなあ」
ソラは大きく溜息をついた。それにリクは目を瞬かせる。
「呆れちゃった?」
「呆れたというよりさあ。死にたくないのなんて、そりゃ上から下まで同じだろうが。命に優先順位とか、そんなもんねえよ。死ぬときゃ死ぬから、死なないようなんとかするしかねえ」
「で、でも……大家さんに迷惑かけ」
「あの人は妖怪だよ、大丈夫。口八丁手八丁で勝てる奴いねえし、あの人に手を出そうもんなら、安宿なくなる恐れのあるあそこの住民が黙っちゃいねえよ。治安部隊かなんだか知らねえけど、肉体改造している人間を馬鹿にし過ぎだ」
「で、でも……銃とか持ってんだよ!?」
「肉体改造してる人間を馬鹿にし過ぎだ」
そう言っている間に、チュドーンとか言う音が響いた。それに悲鳴が連なる。
「なに?」
「……ありゃ戦闘はじまったな。運び屋稼業やってたらさ、たまにあこぎな商売やってる奴に巻き込まれて、さんざんな目に遭うんだよな。そのせいで、義手や義足に替える際、改造手術するのは当たり前なんだよ」
下層は地獄の再生産場所だ。弱い者を餌にしようとするものはいくらでもいるため、自衛のためにも肉体改造は暗黙の了解で推奨されていた。
腕に電流を流し込めるワイヤー、膝にロケット、脚にマシンガン。どれもこれも、中間層から落とされた技術者たちが下層にやってきた際に義手業者をしながら売り込んだらヒットを飛ばし、下層で商売が成立してしまった。
大家を守るために、運び屋たちが怒って戦っていることだろう。
その言葉に、リクは唖然としていた。
「……ここ、そんなに物騒なの?」
「国も勝手なんだよ。上層部の連中囲ってりゃそりゃ幸せかもしれねえけど、治安維持できないんじゃ、自衛するしかないから誰だって武器を持つさ。それでどうする?」
「どうするって」
「ここは物騒だけど、それでも肉体改造でもして元気に生きるか、中間層みたいにかろうじて治安が守られている場所に逃げるか、だけど」
「ここがいい」
リクは食い入るように訴えた。
「……ここの生き汚い場所のほうが、私にはお似合い」
「へいへい」
上層部治安部隊はいつまでいるだろうか。大家の破格の家賃は魅力的だが、泣く泣く引っ越すしかないだろうか。不安は尽きることがないが。
ソラはリクと一緒に走る。
連れ合いができた。これだけ汚いと思っていた街が、色付いて見えた。
どこまで走れるか試してみようか。そのために、今を生きている。
<了>
運び屋と天使 石田空 @soraisida
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