06.藍美可愛いもうたまんねぇ好き。

 まぁ、近づいてくれんなって言われても、学校で会っちゃうわけだけどな。部活もあるし。

 けど、どうしようか……話しかけても良いもんか? おじさんにあんな事言われたってのに。


 翌朝俺が学校に行くと、藍美あいみはもう席に着いていた。

 俺が張り飛ばしちまった頬、大丈夫かな。気になる。


「藍美……おはよう」

「あ、きっくん! おはよう!」


 藍美は少し驚いたように声を上げた。

 話しかけられるとは思ってなかったんだろうな。おじさんが俺に釘を刺した事を聞いてたのかもしれない。

 ッケ、んなもん無視してやらぁ。ざまぁ、おじさん!!


「ほっぺ、大丈夫か? ごめんな、痛かったよな」

「ううん、大丈夫! すぐ腫れも引いたし、もうなんともなってないよ。それに……」


 藍美は耳元ではねている癖っ毛をくるくると手で回しながら、俺を見上げる。


「きっくんの気持ちが分かって、嬉しかったし……」


 だよな、もうバレてるよな!!

 ヤベェ、多分藍美よりも俺の方が顔赤くなってら。耳めっちゃ熱い。


「あー……咳出てねぇけど、大丈夫なのか?」


 つい恥ずかしくなって話題を逸らせる。


「うん、昨日、おじいちゃん先生から連絡があって、咳止めが効くからって出してくれたの」

「そっか、なら安心だな」


 沈黙。

 あれ、今までどうやって話してたっけ?

 なんでか、やたらと緊張すんだけど。

 でもそれは俺だけじゃなく、藍美も同じだったみたいだ。不自然な沈黙が少し続いた後に、意を決したように俺を見上げてくれる。


「……なんか、お父さんが色々言ったみたいで、ごめんね」

「お、おう。おじさんの気持ちもわかるし。口滑らせたら俺らアウトだし」

「気をつけてたら、一緒にいても……良いんだよね?」

「うん……いいだろ、多分」


 お互い、絶対に『好き』って言っちゃダメだけど。

 でもたったそんだけの事。

 大丈夫だ、大丈夫……その程度、ぜんっぜん大した事ない。

 俺は無理矢理自分に言い聞かせる。


「ああ、良かった! もうきっくんに話しかけてもらえないかと思ってた!」


 嬉しそうに目をキラキラ輝かせる藍美可愛い。

 あああーー、もうたまんねぇ!


「藍美、俺、お前の事──!」

「ふぐう?!」

「わーーー?! 嫌い、嫌い!! 大っ嫌いだから!!」

「はぁ! はぁ! はぁ!!」


 ヤバイ、うっかりはヤバイ!!


「ごめん、大丈夫か?!」

「大丈夫。あのね、きっくん」


 藍美は少し呼吸を整えると、瞳だけで俺を見上げて。


「うちも、きっくんの事、大嫌いやよ?」


 ニッコリと笑った。

 はうあああああーーーーそのとろけるような笑顔……大好き。

 あふ〜ん、顔がだらける〜ぅ。

 マテ、整え俺の顔!!


「お、おう」


 なんとかキリッと返事をしたけど。


『嫌い』、かぁ。意外にパンチがあるよな、この言葉。

 今までの価値観が邪魔をして、やっぱり『嫌い』って音の響きは胸のどこかでショックを受けちまってる。

 できれば好きって言いたいけど、言えないから仕方ない。

 藍美の気持ちはそれで十分に分かったから。元々分かってたけどな!


「ちょっと、菊谷きくたに! 藍美に嫌いだなんて、酷いじゃない!」


 あんまり大声で叫んじまったもんだから、周りの女子が騒ぎ出しちまった。

 俺も嫌いだって言われたんだけどな。そこは無視なわけ?

 女子の耳って、都合いいよなぁ。


「藍美に謝りなさいよ!! 藍美はこんなにもあんたの事を……っ」

「な、なっちゃん! 聞いて、私もきっくんの事が嫌いなの!」

「はぁ?」


 藍美の友人、星仲ほしなか奈月なつきは眉毛をあちこちに歪めて変な声を上げた。


「何言ってんの、藍美。毎日きっくんきっくん言ってて、一日に十枚隠し撮りする事を生きがいにしてて、将来の夢はきっくんのお嫁さんで、子どもは五人欲しくて、早くきっくんとキスしたいっていつも言ってたよね?!」

「きゃああーー、なっちゃんやめてーーーー!!」


 うわー、藍美ゆでだこ以上に真っ赤!

 ポカポカと星仲を叩く藍美、超カワイイ。

 子どもは五人かぁ。養っていけるかなー、俺。


「おかしいよ、藍美! あれだけ菊谷の事が好きだって言ってたのに、いきなりどうして……あ、菊谷に嫌なことでもされたの?! そうなんでしょ!」

「ち、違うよ! 私もきっくんも、『好きな人に好きと言われたら死ぬ病』になっちゃったの!」

「はぁ??」


 星仲はまた顔を歪ませている。

 藍美はスマホを取り出して素早く操作すると、その画面を星仲に見せていた。


「かなり変な病気だけど、実際にある病気なの!」


 星仲はスマホを受け取って画面を見ている。周りにいたクラスの奴らも、それぞれに自分のスマホで検索を始めた。


「好きな人に好きと言われたら死ぬ病? マジであるな」

「どういう事? 好きって言っちゃダメなの? 死ぬの?」

「菊谷と山下がこの病気になってんのか。これ移んの? 俺ら大丈夫?」


 ザワザワとするクラス内の雑音には耳を貸さず、星仲は腕を組んでいる。そして少し考えた後、こう言った。


「藍美も菊谷くんに嫌いって言うって事は……もしかして菊谷くんも……」

「おう。俺も、藍美の事が嫌いだ」


 なんでだろう、好きっていうより嫌いって言う方が、照れねぇな。

 もちろん言いたくはない言葉だけど。


「そう。じゃあ二人は嫌い同士って事ね」


 嫌い同士。嫌な言葉だけど、意味が通じてしまった今は、ちょっと照れる。

 チラリと藍美を見ると、藍美も俺を伺うように見ていて。俺たちはコクリと同時に頷いた。


「おめでとう、藍美!」


 星仲がキャッと言いながら飛び上がり、ぎゅっと藍美を抱きしめてる。いいなぁ。


「あ、ありがとうなっちゃん!」

「これで三年前から考えてた、『おじいちゃんとおばあちゃんになってもきっくんとラブラブ街道⭐︎子沢山計画』が実行できるわね!」

「きゃーー、なっちゃんそれ言わんといてぇえ〜」


 そんな前からじいさんばあさんになるまでの計画立ててたのかよ!!

 まぁ藍美だから嬉しいけど!!


「なんだよ菊谷、今日からリア充かぁ?」

「うぐ?!」


 ドンッと後ろからクラスメイトのタックルくらう。


「くっそー、上手いことやりやがって!」

「ふぐう?!」


 前からもタックル!


「俺も彼女欲しいーー!!」

「ぐはぁ!!」


 関係ない事でタックルすんのやめぃ!!


「良かったねー、藍美ぃ!」

「藍美ちゃん、おめでとう!!」


 あっちはあっちで揉みくちゃにされてっし。

 でもまぁ、照れ臭いけど嬉しいな。

 変な病気にかかっちまったけど、気をつければ良いだけだ。

 あのじいさん医師の言った通り、病気だからって不幸ってわけじゃない。


 まあ、ただ……


 おじさんっていう難関が残ってっけどな!!

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