05.おじさんと和解! え、やっぱダメってどゆこと?

 次の日、藍美あいみは学校を休んでいた。

 一応咳止めは飲んでたけど、藍美がいないんじゃ意味なかったな。


 体は絶好調だったけど部活をする気は起こらず、今日もまた、放課後にじいさん医師の元に向かった。


「先生」

「おうおう、紀一郎くん、来たか。待っておったよ」

「え? 俺、今日来るって言ってなかったよな?」

「午前中に藍美ちゃんとご両親が来ておってのう。紀一郎くんも来るんではないかと、踏んでおったんじゃよ」


 藍美来たのか。おじさんやおばさんと一緒に。

 って事は、信じてくれたのかな。

 俺はスクールバッグを用意された籠に置きながら、キイキイと鳴く丸椅子に座った。


「藍美たち、この病気の事、信じてたか?」

「そうじゃのう、信じたと思うがの」


 俺は咳止めが効いた事を話して、藍美にも処方してもらうようにお願いする。

 そして、昨日あった事を包み隠さず全部じいさん医師に話した。百万人に一人しか罹らない病気のはずなのに、こんなにすぐ感染するのはおかしいんじゃないのか、とも。

 疑問を呈する俺に、じいさん医師はこう説明してくれた。


「実は新しく、この病気に関してこんな研究結果が出てのう……相思相愛の二人の間では、キス感染するんだそうじゃよ」


 相思……相愛?!

 いや、嬉しいけど……やっぱり俺が感染させたのか!

 あああ、ごめん、藍美……


「じゃから、感染すると言っても、罹患者が劇的に増える事もない」


 パンデミックになる事はないと知って、安心はしたけどさぁ。

 もうちょっと早く教えて欲しかったぜ……。


「自然に治ったりしねぇの?」

「今のところ、治ったという報告は出ておらんようじゃのう」


 そうだろうなとは思ってたけど、ガックリと肩が落ちてしまう。

 よりによって、なんでこんな病気に。


「そう気落ちせんことじゃて。病気だからとて、幸せになれんわけでもあるまい?」

「……そうだな……そう、かな……」


 確かに、病気の人は不幸だって図式があるわけじゃない。

 でも、好きな人に好きとも言えず、言ってもらえもできない状況は……俺には不幸だとしか思えなかった。

 俺はじいさん医師にお礼を言って、帰宅する。

 何もやる気は起きなかったけど、夜になると癖でいつものようにオンゲにログインした。

 ソロで狩りをしていると、ある人がオンラインになったと通知が入る。

 〝Yamasan〟……ヤマサンだ。本名は山下やました道三どうさん。藍美の父親だ。

 いつもなら挨拶だけでもするところだけど、今日は話し掛けられなかった。

 俺はそのまま黙々とソロプレイを続ける。けど、少ししてヤマサンから連絡が入って、画面に文字が映し出される。


『何狩っとるんや、キイチ』


 ヤマサンは、ゲームの世界でも方言まるだしのままだ。

 俺はこの世界では〝Kiichi〟っていう名前で剣士職をしている。


『アラークエディン狩ってる。水の鱗が欲しくて』


 ドキドキしながらも、いつものように返事を返した。


『手伝ったろか? 俺、ドロップアップスキル上限まで上げとるし』


 おじさんも全く変わりなく、いつも通りだ。ここで断るのは逆におかしい。水の鱗はドロップ率が二パーセントしかないし、おじさんが来てくれるのは助かる。


『うん、じゃあここで狩りながら待ってる』

『おう、テレポ屋探してすぐ飛ぶわ』


 一体、おじさんはどういうつもりなんだ?

 敷居を跨ぐなって言われて、それはもう二度と俺とは関わらねぇって意思表示だと思ってた。俺の言った病気が本当だと知って、気が変わったんなら嬉しいんだけどな。

 少ししてヤマサンが到着すると、パーティ申請をされて俺は承諾ボタンを押す。


『よろしく、ヤマサン』

『おう、任せとけ』


 俺たちは、しばらく黙々と狩った。いつもなら、あのクエストがどうの、どのミッションに行くだの、そんな話をしてんだけどな。

 俺もおじさんも、やっぱり今日はどこか違う。


『藍美なぁ』


 敵のPOPポップ待ち時間に、沈黙を破っておじさんがそう切り出した。


『うん』

『やっぱ、お前の言うた通りの病気やったわ』


 うん、知ってる。


『昨日は悪かったなぁ。追い出してしもうて』

『いや、大丈夫だよ。誰だって最初は信じられないだろうしさ』

『なんや、生意気やぞキイチ』


 いつものおじさんらしい言葉が飛び出してきて、俺は画面のこっち側でちょっと笑った。


『正直、まだちょっと混乱しとる』


 うん、と画面越しに頷く。

 おじさんもどうしたら良いのか分かんねぇんだ、きっと。


『キイチ、お前は藍美の事、どう思うとんのや』


 そう問われて、俺は返信に困った。

 藍美は近くにはいない。けど、ここで好きだって言って、藍美は無事っていう保証があるわけじゃねぇし。

 言葉に出さずとも、送信することも告白に繋がるかもしれないと思うと、安易に答えられねぇよな。もし画面の向こう側で藍美が見ていたらと思うと……マジで怖ぇ。


『俺は……』


 どう書いたら伝わる? 俺の気持ちが、藍美に、おじさんに。

 どう言えば?

 俺は悩みながら、ゆっくりとキーボードを叩いた。


『こんな病気だから正直には言えない。だから、俺は、藍美が大嫌いだ』


 これで、伝わるか? 分かってくれるか?


 ヤマサンは抜刀していた剣を納めて、コクリと頷くモーションを見せた。


『藍美もおんなし事、言うとったわ』


 藍美も、同じ事を……

 良かった、きっとおじさんにも伝わって──


『グハハハ!! お前ら嫌い同士やな!! ザマァみろやーー!!』


 腹を抱えて大笑いを始めるヤマサン。

 え、ちょ、おじさんーーーーーー?!

 俺が藍美にキスした事、絶対根に持ってやがんな?!


『しょーがねーだろ!! 嫌いって言うしかねーんだから!!』

『ええ気味やなぁ!』

『ヤマサン、ガキかよ!!』


 おじさんと同じゴツい人間型のヤマサンが、laughラフモーションで何度も腹を抱えて笑ってくる。

 くっそーー、俺の気持ちも知らねぇでーー!!


『あーー、わろたわろた!』


 ひとしきり笑い終えたヤマサンが、俺のキイチの方へと視線を送って来た。


『ヤマサン……』

『わりな、キイチ。やっぱり俺は、こんな変な病気を藍美に移しよったお前を、許せんのやわ』


 笑い終えたおじさんの最初の一言は、完全武装タックルを食らうよりも激しく、俺の頭を揺さぶった。

 そう、だろう。こんな病気を移されたら、誰だって許せないと思う。

 分かっていても、俺の頭はグワングワンとかき回されたようにぐちゃぐちゃになる。


『藍美に近づいてくれんな。うっかり言うてしもたら、お前らは死ぬし、死なせてしまうんやで。頼むわ』


 手が震えて、キーボードが叩けねぇ。


『俺は、藍美もお前も、死なせたないし殺させたない』


 おじさんの言葉が、画面から飛び込んでくる。その画面がまともに見られないくらいに、目の前が白く霞んできた。

 何か言いたいのに、伝えたいのに、頭が回らない。言葉も出て来やしねぇ。

 おじさんは俺の言葉を待っているのか、しばらく何も言わずにヤマサンをキイチに向けたままだ。

 アラークエディンがPOPポップしても動かない俺を見て、おじさんは言った。


『すまんな。水の鱗出とらんけど、俺は落ちるわ』


 ヤマサンはその場に固まったかと思うと、しばらくしてその姿が画面から消える。

 ポツンと残された、キイチと俺。

 おじさんの言葉が脳内で再生される。


 ──藍美に近づいてくれんな──


「……んでだよ……っくそう!!」


 俺は持っていたコントローラーを、力任せに投げつけた。

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