04.もう謝る以外どうしようもねぇ。

 威厳マシマシのおじさんが、居間で仁王立ちをして俺たちを迎えた。


「座らんか」


 これは、『座りませんか』という意味じゃない。『座れ』、の意だ。

 俺と藍美あいみは、おばさんがささっと用意してくれた座布団の上に正座する。おじさんも、どっかりと胡座を掻いて座った。吐き出される大きな息と共に。


「なんやお前ら、付きうとったんか」


 ドスの効いた低い声。

 おじさんの顔が怖くて見られねぇ。


「いや、付き合ってないっす」

「ぁあ?」


 おじさん……怖ぇ!!


「なんやて、もっぺん言うてみぃ」

「付き合ってないです!」

「紀一、お前ふざけとんのか」


 付き合ってもないのにキスとか……ほんっとふざけてると思われても仕方ない。


「ふざけては、ないんですけど……」

「藍美、お前はどうなんや。紀一に無理矢理キスされたんか?」


 ヤベェ、無理矢理だ。無理矢理やっちまった。

 それを言われたら俺、おじさんに殺されちまう……!!

 縋るように隣を見ると、藍美はチラリを俺の方を見て。


「ちょっとだけ、無理矢理、やった……」


 藍美の正直者!! もう大好きッッ!!


「ほう、無理矢理、なぁ……」


 ああ、おじさんのゴツい手がビキビキ言ってるよ……ッ


「で、でも、ちゃうんよ、お父さん! うち、嬉しかってん!」

「ああ?」


 藍美ぃぃいいっ!


「嬉しかったってお前、こいつに惚れとるんか?」

「……あのね、お父さん」


 ……ん?! 息が……?!

 声、出ねぇ!!


「うち、きっくんの事……」


 言うなぁぁああああああああああ!!


 パーーン!!


「きゃあっ」

「藍美ちゃん!!」


 藍美がドスンと床に手をつく。


「紀一、なにしとんねや!!」


 右手が、ジンジンしている。ヤベェ。藍美の顔を張り飛ばしちまった。

 だって……だって仕方なくね?!

 おじさんの目の前で、スカートをめくるわけにもキスするわけにもいかねーし!!


「痛……っ」

「藍美ちゃん、大丈夫かん?! はよ冷やさんと……っ」


 急だったから、手加減せず思いっきりやっちまった。はわはわと藍美を叩いた手が震える。


「ご、ごめん、藍美……っ」

「ゲホッ!! ごほ、ごほっ!!」


 俺が心配すると、藍美の咳が酷くなる。ダメだ。


「おい紀一」


 ドスの効いたおじさんの声に、ビクッと身を凍らせる。


「よぉ人の娘に手ェあげてくれたな」

「ごめ……すみません!!」


 俺は床に頭を擦り付けた。もう謝る以外どうしようもねぇ。


「お前はそんなに藍美の事が嫌いなんか」

「違う!! 俺は、藍美の事が、好──」


 バタンッと音がした。

 藍美が苦しそうに倒れてる。

 そうだった、俺が告白したら藍美は……!!


「藍美?! どしたんや、藍美!」

「きゃああ、藍美ちゃん?! 息、息せんと!」


 藍美の息が、止まってる──。

 苦しそうに、口をパクパクと鯉みたいに何度も広げて。


 藍美が、死んじまう!!


「俺は、藍美が嫌いだ!! 大嫌いだ!! こんな女、顔を見たくもねぇ!!」


 そう言った瞬間、藍美は深く息を吸い始めした。

 危なかった。

 俺、藍美を殺しちまうとこだった。

 今になって、潮が引くように血の気が下がっていく。

 良かった……藍美、生きてて良かった……


 咳をしながらも普通に座り直した藍美を見て、おじさんとおばさんもほっと出来たみたいだ。

 でもその後、俺はおじさんに思いっきり睨まれた。


「紀一……嫌いな女にキスしたんかい」

「……」


 嫌いじゃないって言葉は、大丈夫だろうか。藍美は苦しくなったりしないだろうか。

 何も答えない俺に、おじさんが苛立っているのが分かる。

 嫌いと言われたショックからか、藍美も泣きそうになっていて。


「きいちゃん……どうしたん? そんな酷い事言う子ぉやなかってやろ?」


 おばさんの気遣いに、俺は不覚にも涙が溢れそうになった。


「おじさん、おばさん……俺、病気なんだよ……」

「病気? ほんまに?」


 おじさんやおばさん、それに藍美は分かってくれるだろうか。

 常識ではありえないこの病気を。

 それでも分かってもらわないと、藍美を守れない。

 藍美もおそらく、この病気になってしまっているから。


「どこがや。お前元気やないか。部活もゲームもしよってからに」

「俺の病気は特殊で……『好きな人に好きと言われたら死ぬ病』っていうんだ」

「あほうか。ふざけんなや。漫画の見過ぎちゃうか」


 やっぱりというか、全然信じてくれない。

 どう言ったら良いんだろう。


「本当なんだ! 嘘みたいな病気だけど、マジであるんだよ!」

「やからって、お前が藍美の事嫌い言うた理由にはならんやろが」

「それは……多分、キスしたせいで、この病気が藍美にも移ったかもしれないから……」


 俺が藍美を見ると、途端に咳き始めた。

 おじさんとおばさんが藍美を見た後、顔を見合わせている。


「咳は、その証拠だ。好きな人に心配されたり大事にされたりすると、咳が出て苦しくなって……告白されそうになったら、息が止まる」


 三人の視線が、俺に集まったところで、俺は言った。


「告白されたら、多分そのまま窒息死する」


 俺の言葉に、おじさんはケッと息を吐き出した。初めて病名を聞いたときの俺と、同じ態度だ。


「そんなアホな事があるかい。大人を担ぐんも大概にせぇよ」

「おじさん、本当なんだって!!」

「もうええ、出てけ!! 藍美もグルやってんやろ!! 気分わりぃわ!!」


 やっぱり、信じてもらえねぇ。

 そりゃそうだ、罹患してる俺ですら、信じられなかったんだから。


「お父さん、うち、本当に苦しかったんよ?!」

「お前もこんなくだらん男に付きうてんな!! 二度とうちの敷居跨がせたらあかんぞ!」


 俺はおじさんの怒りに逆らえず、立ち上がる。

 多分、今何を言っても無駄だ。

 俺がいなきゃ、とりあえずは藍美は苦しむ事も死ぬ事もない。

 ──藍美が俺以外のやつを好きになって、そいつに告白されない限りは。


「色々とすみませんでした。お邪魔しました」


 ペコリと頭を下げると、藍美の「きっくん」という言葉を背に、俺は家へと帰った。

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