03.まさか……移った、のか?!
「
にこやかに入ってきたであろうおばさんの顔は、俺が振り返った時には真顔になっていた。
それもそのはず。
俺は今、藍美を押し倒して夢中でキスしていたんだから。ヤベェ。
「おばさん、これはっ」
「いややわぁ、そういう仲やったん? はよ言うてくれなぁ。邪魔してしもうたなぁ」
「お、おばさん?!」
「お菓子、ここへ置いとくわね」
おばさんは何事もなかったかのようにお菓子をテーブルの上に置いてくれた。
俺は慌てて藍美から離れて恐縮する。
「あ、ありがとうございます……」
「きいちゃん?」
「は、はいっ」
おばさんはそっと目を鋭く細め。
「赤ちゃんできるような事、まだしたらあかんよ?」
優しく、でもドスの効いた声でそう言った。ちびりそうだ。
「は、はい、分かってます!」
「やったらええけど」
良いのか!
「藍美、お父さんには報告するでな? 二人とも、覚悟しときぃ」
やっぱり良くなさそう!!
藍美を見ると、正座して肩を強張らせてる。
ヤバイ。ヤバイよな、やっぱり。
おばさんはそんな俺と藍美を一瞥して、部屋を出て行った。パタンと扉の閉まる音を聞いて、ようやく頭が回り始める。
あああああああ、なんて事をやらかしちまったんだ!!
どうしよう!!
バカ、俺のバカッ!!
時間巻き戻してぇぇえええ!
「きっくん……」
「ご、ごめんな、藍美……つい……」
「つい、キスしたの?」
そっと擦り寄ってくる藍美。
その上目遣いと、不安げにすぼめられた唇。
やめてくれ、理性吹っ飛んじまうから。
「ついって言うか……し、したかったから」
「きっくんは、したかったら誰とでもするの?」
「んなわけねーだろ! 藍美だから──」
そこまで言って、俺はパクンと口を閉ざした。
藍美は俺の言葉を聞いて、嬉しそうに目を細めている。
うわ、めっちゃ好き。
そういえば、俺から告白したらどうなんだろ?
告白したらダメとは言われてねぇよな? されたらダメなだけで。
でも、俺が好きって言ったら、藍美は『私も』って言うよな?
それは……〝告白に類する言葉〟に当たるんじゃね?
両思いが確定した瞬間、俺やっぱ死ぬじゃん!!
もしかしたら大丈夫なのかもしれない……けど、試す勇気はなかった。
俺はまだまだ死にたくねぇ。
「私だから、したの?」
「……まぁな」
「それって、きっくんは私の事が──けほっ」
唐突に藍美の喉から咳が飛び出して、俺は顔を覗く。
「藍美、どした?」
「ごめ、なんかちょっと喉が……けほっ。そう言えば、きっくんは咳出てないね」
「うん、もらった薬が効いたみたいだ。大丈夫か?」
俺が心配すると、藍美は。
「けほっ!! こんこんっ! ごめ、けほけほっ!」
苦しそうに咳き込み始めた。
「藍美」
「だいじょ……けほっ! あはは、キスできっくんの風邪、けほっ! 移っちゃったかな? なーんて……けほんっ」
キスで……移る?
藍美は苦しそうに顔を歪めながらも笑っている。自分の言葉が冗談だと思っている証だ。
でも俺は血の気がさぁっと引いた気がした。
偶然、だよな?
だって普通、潜伏期間とかあるだろ。
でも、なんで発症するのかもメカニズムも何も分かってない、常識外れな病気だ。潜伏期間なんてもんはなく、すぐ症状が出る事もあるかもしれない。
もし、もしも藍美まで『好きな人に好きと言われたら死ぬ病』になってたら?
俺は一生、藍美に告白できない。告白したら、殺してしまう。
「ご、ごめん、藍美……っ」
「え、冗談だよ……げほっ!!」
ああ、今すぐ背中をさすってやりたいけど、俺は知ってる。
この咳は、距離も関係する。好きな人が近寄れば近寄るほど、心配すれば心配するほど、その咳は酷く苦しくなる。
俺が離れて
咳よ、出続けろと俺は願いながら立ち上がった。
「悪い藍美、俺帰るな」
「え? ゲホッ」
「じゃ!」
「ちょっと待っ……けほんっ」
具合の悪い人を置いて帰る罪悪感。俺、ホント酷い奴だよな。
でも今は、こうした方が良いんだ。
ごめんな藍美と心で謝りながら、部屋の扉を開ける。けど、そこに立ち塞がったのは、大きな影。
「帰る気ぃか、
部屋の外には何故か、おじさんがいた。
俺、結構身長伸びたけど、昔アメフトやってたっていう一八五センチのおじさんの身長には敵わない。
「おじさ……」
「ええ度胸しとるなぁ。藍美にキスしたんやって?」
口元は笑ってても、目が笑ってねぇよおじさん……
普段は気さくな良い人だけど、今は方言も相まってマジ怖い。
「ええっと……それは……」
「居間へ来ぃ。そこで正座や。藍美も来んか」
藍美はそう言われて、咳きながらも「はい」と立ち上がった。
俺……藍美に告られて死ぬ前に、おじさんにミンチにされちまうかもしれねぇ……。
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