02.藍美の部屋に俺の写真があった件。

 藍美あいみが近くにいると、どうしても咳が酷くなる。苦しくなって、部活どころじゃねぇ。


「その後、どうじゃね?」


 俺はこの病を診断した、じいさん医師の元へとまたやってきた。


「どうもこうも、酷くなってっし……」

「ほっほう、そりゃえらく好かれたもんじゃのう〜」


 じいさん医師は何故か嬉しそうに笑っている。

 俺の辛さ、分かってねぇな!


「まぁ、気をつけるようにの。『好き』だけじゃなく、『愛してる』やそれに類する言葉を言われても、書いたものを送られるのもダメじゃ」

「マジか!」


 ラブレターを貰ってもダメじゃん!!


「メールはオッケー?!」

「それは知らん。でも多分ダメじゃ」


 怖え!! メッセージを送信されたら、止める間も無く一発死じゃねーか!

 詰んだ!!


「特効薬とか、ねぇの……?」


 俺もう半泣き。


「あったら出しとる。とりあえずは咳止めでも出しといてやろう」


 ただの咳止め? 効くのかよ。

 とりあえず俺はじいさん医師に処方された薬を飲んで、試しに藍美に会いに行く事にした。


 ピンポーン。


 山下という表札が掲げられた一軒家の、インターホンを押す。

 カメラ画像を見たのか、藍美の声で「きっくん?!」と声が聞こえてきた。そしてトントンと廊下を駆ける音がして、玄関の扉が開かれる。


「どうしたの?! きっくんが来てくれるなんて、珍しいね!」

「ああ、うん。ちょっと……会いたくなって」

「え……?」


 カーッと赤くなる藍美。可愛いなぁ。

 こんな藍美を見てると、ちょっと意地悪したくなる。


「おじさんいる?」

「え、あ、お父さん?! な、なんだ、お父さんに会いに来たのか……」


 ガックリと肩を落としている藍美。

 俺と藍美の父親は結構仲がいい。一緒にMMORPGオンゲをやってて、ほぼ毎晩顔を合わせてる。ゲームの中でだけど。

 だから別に、実際に会う必要なんてないんだけどな。


「お父さん、まだ仕事から帰ってないんだ。もうちょっとで帰ってくると思うから……私の部屋で、待つ?」


 もじもじっとしながら、俺を見つめてくる藍美。

 いつもなら出ているはずの咳が……出てこない。

 まさか、ただの咳止め、効果アリ?!


「じゃあ……待たせてもらおうかな」

「うん!! 入って入って!!」


 パァっと花が咲いたみたいに明るくなって、満面の笑みで俺を迎え入れてくれた。俺の心の癒し!


「お母さん、きっくん来てくれたでぇ!」

「あらまぁほんま? 久しぶりやねぇ。ゆっくりしてってねぇ。後でお菓子持ってったるわね。夕飯前やから、ちょっとやけど」

「おばちゃん、ありがとう。お邪魔しまっす」

「きっくん、うちの部屋いこ!」


 あああ、家族の前だと方言が出る藍美、やっぱ可愛い!!

 俺は藍美に手を引っ張られるようにして、部屋に入った。

 咳は出てない。もしかして、あの病気も治ったんじゃねー?


「どうぞ! その辺適当に座って!」


 そう言いながら座布団を出してくれたから、俺は遠慮無く座らせてもらった。

 藍美の部屋に入るのは一年ぶりくらいだけど、そんなに変わってないな。柔らかな暖色系の壁紙やカーテン、絵本を切り出したような優しい絵画が飾ってある。

 そして、写真立てには……


 ちょ、俺の写真じゃねーーか!! しかも最近の!!


「あっ」


 俺の視線に気付いた藍美が、慌ててその写真立てを抱きしめて隠した。


「み、見た?!」

「見た」

「か、隠し撮りとかじゃないんだよ?!」


 いや、隠し撮りだよな?

 俺、そんな写真を撮られた覚え、ねーよ?


「ただ、部活中のきっくんがカッコ良くて、つい……」


 やっぱ隠し撮りじゃねーか!!


「お、怒っちゃった……?」


 不安そうに、震える子犬みたいに俺の目を覗いてくる。

 おずおずと近づいてくる藍美の頭を、俺はポンと撫でてやった。


「んなことで怒らねーし」

「ほ、ホント?」

「ホントホント!」

「わーー、良かった! じゃあこれも見て! きっくんの写真、まだまだいっぱいあるんだから!」


 そう言って藍美は机の引き出しから、俺の写真を山ほど取り出してきた。そしてバサリと床に散りばめられる。

 出会ったばっかの中二の頃の写真からつい最近のもの、私服制服ユニフォーム姿……まるで俺のバーゲンセール。

 いつの間にこんなに撮ったよ?! ちょっと引くわ!!


「これとか、これもカッコいいんだよ! あと、これがお気に入り。毎日写真立ての中を入れ替えてるの!」


 そんな事してたのか! 毎日変えても一年分以上あるよな?!


「い、嫌だった……?」


 嬉しそうに語ってたのを一転させて、藍美は涙目になってる。

 ちょ、ちょっと嫌かな……でも、気持ちは嬉しい。それにこんな事で嫌だと言って、小さい男だと思われたくない。

 ってか、どんだけ俺の事好きなんだよ。仕方ねぇなぁ〜。


「良いけど、今度は堂々と撮ってくれよ。別に藍美になら、撮られても良いからさ」

「ホント?! わー、嬉しい! ありがと、きっくん!」


 俺、藍美に甘いよなぁ〜。

 まぁすげぇ喜んでくれてるし、いっか。

 ってか、マジで咳が出ねぇな。咳だけなら、薬で何とかなるのか……それともやっぱ、好きな人に好きと言われたら死ぬ病自体、治った?


「どうしたの?」

「あ、いや、何でもない」


 考え込む俺を、藍美は不思議そうに見上げてくる。その顔が、一瞬でキリッと凛々しいものに変わった。

 あ、あれ……? ちょっと、息苦しい……?


「きっくん、聞いて欲しいんだけど……」


 やべ、この流れは……


「もう、分かってると思うんだけどっ」


 苦し……っ


「私は会った時から」


 窒息死は、


「ずっときっくんの事──」


 嫌だ──っ


「好……っん?!」


 俺は藍美に飛びついた。

 勢いで押し倒しながら、その唇を押さえる。

 ……自分の唇で。


「きっ……? んん?!」


 やべー、藍美の唇柔らけー。

 むにむにしてて、何度でも重ねたくなる。

 ああ、そして……息が出来る。良かった。

 少し苦しそうに目を瞑っている藍美が、また良い。


 ……って、何やってんだ俺?!


「わ、ごめ……っ、つい!」


 自分のやってる事に驚いて飛び退くと、床の上に寝転んだままの藍美は耳まで真っ赤になっている。


「あ、あかんよ? まだ付きうてないんやから……」


 え、これ怒ってる? 怒ってない?

 どっちかよく分かんねーけど、とりあえず可愛い。

 でもそっか、付き合ったら良いのか……それこそ何回でも。

 やべぇ、付き合いてぇ。

 てか、寝転んだまま胸元を押さえて息を荒くしてる藍美は……エロい。もっかいしたい。


「あのな、うちな、きっくんの事……」


 あーー、だからそれはもうやめてくれ!!

 また急に息苦しくなった俺は、もう一度同じ手段で藍美の口を塞ぐ。

 手で塞げば良いんだけど……こっちの方が気持ちいいから。

 あの言葉を言われたら死んじまうから仕方ない、と言い訳をして。


「んん……」


 何かを言いたそうに体をよじる藍美。やばい、止まんねーかも。

 その瞬間。


 ガチャリ。


 俺の体が固まる。

 藍美の部屋の扉が、音を立てて開いたのだった。

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