07.嫌いとしか言えねぇなら、俺は大嫌いだと言い続ける。

 一応、何があるかは分からないから、『付き合おう』とは言わなかった。

 言わなくても、もうそういう流れになってたもんな。

 そういう意味じゃ、はやし立ててくれたクラスの皆に感謝だ。

 おじさんには内緒で付き合うって手もあったけど、それは嫌だった。

 いつか結婚すんなら、避けて通れない道だしな。

 でも、こんな変な病気を藍美あいみに移しちまった俺を、そう簡単には許してくれねぇだろうし……気が重い。


「きっくん、無理しなくても良いよ。お父さんには私から話して、ちょっとずつでも説得するから」

「うん、まぁ、でも……」


 ここで引いたら男らしくねぇしな。


「行くよ。俺、藍美の事が好」

「ふくううっ?!」

「嫌いだからーー!!」

「はぁ、はぁ!!」

「ごめん、藍美ーーーー!!」

「気をつけてね、きっくん!!」


 藍美の目がマジ。

 いや、うん、苦しいよな、ほんっとゴメン。


 藍美の家を目の前にして、俺は立ち止まった。


 怖い。


 うっかり好きだって言ったら、それだけで藍美を殺してしまう。


 それでも一緒に居るって決めて、良いのか?

 もし何かの拍子に、好きだって言って殺してしまったとしたら……


 チラリと隣の藍美の顔を見る。

 藍美は少し不安そうに俺の顔を見ていて。

 俺の、藍美への想いが込み上げる。


 やっぱり一生、一緒に居たい。

 どっちにしろ俺たちは、こんな病気になってしまった以上、好きな人に好きと言ったり言われたり出来なくなっちまったんだから。

 相思相愛ならキス感染してしまう病気じゃあ、藍美と付き合わなかったとしても、別の誰かと同じ事になってしまう。

 なら俺は、未来に知り合って愛し合うかもしれない誰かより、藍美を選ぶ。当然の話だ。

 俺は今、藍美が好きなんだから。


「行こう、藍美」

「うん」


 打倒ラスボス、ヤマサンだ!




 中に入ると、藍美と一緒にいる俺を見て、おばさんはラスボスの元へと通してくれた。居間にドスンと鎮座しているおじさん。

 うーーん、今日のおじさんは一段と大きく見える。まさに魔王の貫禄。

 でも負けねーかんな!


「連れて来んな言うたやろ、藍美」


 ビリっとした空気に気圧される俺。

 藍美はすでに萎縮しちまってる。負けるな、藍美! 俺の聖女!


「何しに来た、紀一」


 今度は視線を俺に向けられた。

 凍てつく視線!! ぶふぉあーーっと荒れ狂うようなブリザードを、心の中にある勇者の盾でガードだ!


「俺は、藍美と一生一緒にいる! その宣言に来た!」


 俺は自慢の剣を振りかぶり、おじさん魔王に向けて放った。先手必勝だ! すでにブリザード食らってたけど!


「昨日、俺が言うた事をもう忘れたんか? 猿以下やな」


 俺の剣を指で受け止めて弾き返すおじさん。猿にさせられてしまった俺は、ウキーッと地面に転がされる。


「お父さん、きっくんにひどい事言わんといて! そんな事言うたらうち、お父さんの事嫌いんなるよ?!」

「ぐぬっ」


 おっと、藍美が見事言葉魔法で反撃!

 猿にされた俺の呪いも解けたぜ! さすが俺の聖女!!


「お、俺はお前らの事を考えてやなぁ……っ」


 よっしゃ、おじさんに予想以上のダメージを与えてるぞ!


「ずっと一緒におるって事はやで、それだけ危険が増すって事なんや! 分かっとるんか!」


 おじさんの傷、あっという間に回復しやがったー?!

 勇者、頑張れ! 反撃だ!


「気をつける!! 俺も藍美も、絶対に言わねーから!」

「気をつけとっても、ついって事があるやろうが!! お前はアホやし、藍美はこんなに可愛いんやぞ?!」


 ぐはーーっ!! 反撃どころか、俺の心にクリティカルヒット!!

 ついさっきも言いそうになったから、否定できねぇーー!

 HP真っ赤! 俺、瀕死!!


「もう藍美はどこにも嫁に行かさん!! この家に一生おったらええ!!」


 えええーー!! 魔王の攻撃、想定外過ぎねぇ?!

 けど理不尽な事を言われた藍美が、それを聞いて腰を少し浮かす。行ったれ、聖女!!


「うち、お父さんとずっと一緒におるとか、絶対いややわ!!」

「ぐほうっ?!」


 藍美、巨大魔法をぶっ飛ばした! おじさんの口から血が吹き出しているのが見える、見えるぞ!!


「あ、藍美……お父さんは、藍美の事を思うてやな……」

「うちの事を思うんやったら、うちの好きにさせてぇ!」

「せぇけど藍美……」

「うちらの事、お父さん内緒にしとく事もできてん。 でも、きっくんはそれはあかんって、お父さんにちゃんと許可を貰わなあかんって、わざわざ来てくれてんやんかぁ!」


 藍美……必死になって俺を庇ってくれるその姿……好き。

 うおおおお、俺のHP全回復ーーーー!!

 愛の力は大きいぜ! 治癒魔法バンザイ!!


「そんな風にうちらの事を考えてくれるきっくん、かっこええやろ? あああ、もううち、そんなきっくんの事が大好」

「ふごぅあ!!」

「大嫌い!! 大嫌いなんよーー!!」

「ぜぇ! ぜぇ! ぜぇ!」


 今HP一桁まで減ったわ!


「……藍美、今、紀一を殺すとこやったで」

「い、生きとるし、大丈夫よ! な、きっくん?」

「お、おう、余裕余裕!」


 死にかけたけどな! カッコ物理!

 あー、あぶねぇ。藍美も結構うっかりさんだからな。気をつけねぇと。


「そんなお前らの姿見とったら、不安しかないわ」


 ラスボスの魔王おじさん勇者聖女藍美が殺し合う姿を見て、呆れたように息を吐いている。

 正直、俺もちょびっとだけ不安になった。


「紀一」

「は、はい」


 今度は魔王からどんな攻撃が来るのかと、俺は身構える。


「藍美に一生、嫌いやって言い続ける気ぃか」


 その問いに、俺はコクリと頷いて見せた。そういう事になるだろう。この病気が治る見込みのない今は。

 おじさんの目は冷たく、ふうっと悲しい息を吐いてくる。


「酷い話やと思わんか? 藍美は好きな男に、嫌いやと言われ続けるんやぞ」

「それでも嫌いとしか言えねぇなら、俺は大嫌いだと言い続ける」


 俺は剣を魔王に向けるように、キッとおじさんを睨んだ。

 好きという言葉は言えない。病気が治らない限り、使う事はない。

 だって絶対に俺は、死ぬまで藍美の事が大好きだから。そして藍美も、同じはずだから。


 藍美が可哀想だと思わないわけじゃない。

 好きな人に好きだと言われない藍美は、可哀想に決まってる。

 それでも俺は、藍美と付き合いたい。結婚したい。子どもは五人!


「藍美」


 勇者への攻撃が無効だと知った魔王は、今度は聖女に攻撃対象を移す。


「まぁ、嫁に行くな言うたのは冗談や。でもな、紀一はあかん」

「どうして、お父さん……」

「嫌いや言われ続けるんは、しんどいもんやと思うわ。せめて薬が出来るまで、離れとく方が二人のためなんや」


 そう言っておじさんは、藍美の頭をくしゃっと撫でた。

 おじさんの気持ちは、分からなくはない。嫌いって言葉は、やっぱりどうあっても胸に刺さる言葉だし、薬が出来るまではって気持ちも分かる。

 でも、いつできるか分からない薬のために、何年も……あるいは何十年も待っていられない。だって、子どもは五人欲しいんだからな!!


「お父さん、嫌いって言葉やなくてもな? 全然関係のない言葉を、あの言葉ん代わりにしたらええと思うんよ。例えば、キツネとかタヌキとかでも」


 ああ、合言葉って事か。

 俺は、藍美の事がキツネだ。タヌキだ。


 って嫌すぎる!! なんでキツネとタヌキにしたよ、藍美!!


「藍美、それ言われて嬉しいんか……」

「た、例えばやよぅ〜!」


 ああ、恥ずかしそうな藍美めちゃ可愛い。キツネ。タヌキ。


「今んでよう分かってやろ。どんな言葉も、好きって言葉の代わりにはならんって事や」

「お父さん、そうかもしれんけど……!」

「紀一以外の男なら、結婚してええ。藍美が死なん事が第一やし、藍美に好きやて言える男の方が、よっぽどええ」


 そう言われてしまうと、俺は何も言えなかった。

 俺は、藍美を死なせてしまう可能性がある。

 そして薬が開発されなければ、藍美に一生、好きだって言葉を聞かせてあげられねぇ。


 もうダメだ。


 俺は剣を振り上げる気力を失くした。

 藍美も魔法力が尽きちまったみたいだ。


 俺と藍美は、一緒にはいられない。

 結婚はおろか、付き合う事すらも許されねぇ。


 毒を盛られたようにじわじわとHPが減っていき、もうダメだと思ったその時。


「何言うとるの、お父さん?」


 後ろから、大賢者おばさんの声がした。


「何ぃて、何がや」

「藍美に好きぃて言うてくれる人と、結婚させるつもりなん?」

「そらそうや。そやないと、藍美が可哀想やろ」

「なぁお父さん? よう考えてみ?」


 大賢者が特大魔法を詠唱し始め、じょじょに魔法力を練り上げている。


「藍美に好きて言える人は、藍美はその人の事を好きやないていう事やで?」

「……う」

「藍美は好きていう言葉を聞くたびに、苦しまなあかんなるわ。好きて言われるたびに、自分は相手のことを好きやないんやって思わなあかんなる。罪悪感でいっぱいになるんちゃうの?」


 魔王は特大魔法を見て恐れている!!

 もっと練り込め大賢者!!

 勇者と聖女は応援している!!


「第一、好きやない男と藍美を結婚させるつもりなん? そんな男と結婚させて、藍美は幸せになれるん?」

「そ、それは……っ」

「仮に結婚したとして、藍美が相手の事を本当に好きになったらおんなし事やろ」

「ぐう!!」

「最初は好きやなくても、好きや言われ続けたら、藍美も相手の事を好きになって行くかもしれん。お父さんの可愛い可愛い純真な天使やもんなぁ?」

「ほ、ほんまや!!」

「それやったらまだええよ? 結婚相手の事を好きになれんまま、薬が開発されたらどうするの? 簡単に離婚したらええと思ってないやろうね?」

「それは……」

「きいちゃんと藍美の幸せな道が残されとるのに、それをお父さんが邪魔してええとでも思っとるの?!」

「ふごおおおおおおっ」


 大賢者の特大魔法、炸裂ーーーー?!

 攻撃魔法かと思ったら、浄化魔法だった件!!


「薬が開発されてもされいでも、紀一と付き合えんで辛いのは、藍美なんか……」


 しゅんと肩を落とすおじさん。いや、藍美だけじゃなく、俺も辛いからな!


「な? お父さん」


 大賢者が魔王の背中をそっと優しくさすっている。

 魔王は観念したように声を上げた。


「そうやな……藍美と紀一の気持ちがおんなしや言うんやったら……しゃーないんやろな」


 おじさんの言葉に、俺と藍美は顔を見合わせる。

 今の、交際を認める……って解釈して、良いんだよな?!


「ほ、ほんまに? お父さん!」

「しゃーないやろ。でも気ぃつけぇよ。俺はお前らの葬式に出るんだけは、絶対に嫌やぞ!」

「うん、大丈夫やよ! 絶対に言わんもん!」

「ありがとう魔王! じゃなくて、おじさん!!」


 やべぇ、めっちゃ嬉しい!

 おじさんが俺たちの事、認めてくれた!


「藍美、キツネーーーー!!」

「きっくん、タヌキーーーー!!」


 思わず抱き合って喜ぶ、俺と藍美。

 引き離そうとするおじさんを、まぁええやないのと言いながらおばさんが宥めてくれている。


 大賢者の浄化魔法により、見事に改心した魔王。

 こうして魔王は、めでたく勇者の仲間になったのだった──!

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