第10話 どうしたら届くの?

 樹が授業中に慌ただしく表情を変える事も、集中する時と出来ない時の差が激しい事も、涼は知っている。


 だけど歩は、もっと前から知っている。

 それ以外のたくさんの樹を知っている。


 だから諦めたのに、どうして歩の方が諦めた表情をしているんだろう。


「有馬の事を話す樹は、俺の知らない顔をしていた。だからいい加減に諦めるべきだって気付いた」

「どうして龍崎が先に諦めるの……? 僕より犬飼さんの隣にいるべきだ」

「そうだな。だけど俺は幼馴染としてしか樹の隣にはいれない。やっと気付いたんだ。……有馬、お前が気付かせてくれた」


 涼は目を見開くと、一瞬だけ震えそうな表情をした歩が俯くのを見つめる。


「俺じゃあ、あんな笑顔にさせてやれないんだ」


 聞き取れないかと思う位弱々しく呟かれた言葉に涼の胸が締め付けられる。

 歩から一番大切なものを奪おうとしているのだから当然だ。


 だけど歩の方が苦しい事は簡単に想像できる。


 どんな表情をしているのかも理解できる。歩は感情が顔に出やすいから。


「ごめん……僕は、僕はそれでも、犬飼さんを笑顔にするよ」


 歩がゆっくりと顔を上げて行く。


「僕にしかできない事ならどんな手を使っても犬飼さんの笑顔を守る。だから……」


 歩と視線が交わった。


 予想通りの表情で、涼もつられて口角を上げる。


「龍崎も龍崎にしかできない笑顔をさせてあげて」


 悔しいけど、お互いにしかさせてやれない笑顔がある事を実感した。


「有馬はそう言うと思ってた」


 認め合えば自然と笑いあえて、だからこうして仲良く出来てるんだと、胸が温かくなる。


 歩が校舎から背を離して、校内へ向かって歩き出す。

 その隣に並んで涼も教室へ向かう。


「龍崎……ありがとう」


 小さく呟いた言葉に返事は無かったけど、でも照れた様に視線を外す歩は分かりやすいと、涼は微笑んでいた。



 〇●○



 同時刻。生徒会室では、月が百面相しながら昼食をとっていた。

 月は1人になりたい時によく生徒会室を利用している。生徒会長の特権を利用して。


(私は……有馬涼の事が……好き、嫌い、好き、嫌い、好き……)


 弁当のおかずを1つずつ食べながら、最後の1つを口に入れて嚙みしめる。


「私は、有馬涼が……好き」


 おかずの味は分からないけど、胸の中心から湧き上がるモノを弁当箱のふたを閉めながら感じている。


 月は人を好きになった事がなかったのだ。


 小さい頃から何にでも1番である事を求められた。

 努力してずっと1番だった。


 中学で有馬涼と出会うまでは。


 中学1年の時に月は初めてテストで2番になった。

 1つ間違えるだけでこんなに悔しい思いをする事を知った。


 だから絶対に有馬涼には勝つと決意して、堂々とライバルとして接して来た。

 そんな月を友達として見てくる涼に苛立ちを覚えていた。


 でも、それが恋だとしたら、納得がいかない思いにも理由が付く。


 気が付いたら涼の事を探しているし、涼が誰と仲良くしているのかチェックリストも作ってしまっていたし。

 どうしてこんな事をしてまで有馬涼に固執するのか分からなくなる事もあった。


「好き……」


 それを集約する想いを言葉にしても、初めての感情に戸惑う事しかできない。


 どんなに勉強して知識を蓄えても、恋愛について勉強した事はない。

 漫画はほとんど読まないし、小説も恋愛ものは読んだ事がなかった。


 当てはめる方程式が頭の中にないのだから、次に行動するべき事は見つかるわけがない。


「分からないなら、告白してしまえばいいのよ!」


 強引に出した答えに無理やり納得して、計画を練る。

 告白するなら何が必要か、どういう場所が適切か。


 月は『有馬涼と仲良しリスト』と書かれているノートを開いて、一番下の名前を睨むように見つめた。



 〇●○



 翌日の朝、少しだけ顔色が悪い樹は歩と一緒に登校する。

 いつもの様に。何事もなかったかの用に。


「……なんか入ってる?」


 靴箱の前に止まって上履きに履き替えようとしたら、樹の上履きの上に何かが乗っていた。

 乗っていた手紙を手に取って確認する。


『果たし状 白鳥月』


 という文字を見て慌てて手紙を鞄にしまう。


(よかった……気付かれてない)


 歩は樹とは少し離れた場所にある自分の靴に履き替えていて、樹も遅れない様に履き替えて歩と一緒に校内へ入って行く。



 〇●○



 放課後の生徒会室では事件が起きていた。


 授業が終わって生徒会室に来た涼は、ドアの前に来た瞬間に衝撃音がして驚いた。急いで入って音のした方を見ると月が壁にぶつかっていたのだ。


 椅子に座らせても立ち上がって教室をうろうろしたあと壁にぶつかる。

 何度も繰り返すので放置しているのだが、壁にぶつかる音がする度に月の様子を伺ってしまって、生徒会の仕事に集中できない。


「月、具合悪いなら帰って? 残りは僕がやっておくから」

「くぁwせdrftgyふじこlp;」


 今、月は何語を発したのだろうか。どんな顔で向き合えばいいのか分からない。


 鞄を持って早足で帰って行く月の顔は、やたらと赤くて心配になる。


「なにも無ければいいんだけど……」


 心配は拭えないまま涼は生徒会の仕事に集中していく。




 月が校舎裏に着くと、そこにいた樹を見て少し我に返る。


 樹は不安そうに両手を握りしめながら、数歩先にいる月を見た。


「あの、白鳥さん……ご用ってなんですか……?」


 樹の言葉に自分の目的を思い出した月は、緊張した様子で樹を見つめる。


 どこか熱を帯びた視線が怖くて樹は視線を逸らしそうになる。

 だけど果たし状に書かれたとおりに樹は月の話を聞きに来たわけであるが。


 月からの果たし状には『伝えたい事がある』と書かれていた。

 どう見ても目の前にいる月の様子はおかしくて、なにか嫌な事を言われるのかと思ってしまう。


 樹の知っている白鳥月は『完璧で素敵な生徒会長』というこの学園の誰もが知っている常識でしかない。

 なのに、どうしてこんなに不安になるのだろう。


「……すき……なの…………」


 一瞬だけ聞こえた月の声。

 聞き取れなかった気がして、樹は首を傾げる。


 しっかりと交わった視線からは熱意が伝わって来た。


「好きなの」


 聞き間違いではなかった言葉に樹は動揺して固まる。


 熱い眼差しは向けられたまま。

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