第6話 私は男だよ
最近、樹の様子が変だ。
あんなに甘いものや可愛いものが好きだと言っていたのに、最近は正反対のカッコイイものが好きだと主張している。
歩は察したのか放っているけど原因を聞いても答えてくれず、涼はいつもの樹に戻って欲しいと気を遣って会話をする日々。
それが2週間目に入れば明らかに何かがあったのだと涼は理解する。
今日も噛み合わない様な会話で1日を過ごして放課後になり、涼は帰り支度をする樹の隣に立った。
「マフラー変えたんだね」
「うん! 黒ってカッコいいよね!」
「……うん。あのさ……何かあった……?」
「なにもないよ?」
ぎこちない笑顔の裏にある嘘はすぐに見抜ける。
嘘をついてまで行動を変えている理由が知りたい。力になれるならなりたい。
涼にとって今の樹はあまりにも不気味だ。
「髪の毛切ろうかな」
「え!? いや!? 切らない方がいいと思う!!」
「うーん、でも短い方がカッコいいし」
肩に付く髪を触りながら呟かれた言葉に涼は反射で樹の肩を掴む。
どうしてそこまで格好良くなりたいのか涼には分からない。急展開すぎて頭が痛くなってくる。
(格好良くなりたい? 格好良いものが好き? 格好良いのに憧れる?)
涼は無意識に頭の中で考えて行き、もう少しで答えが出そうだった。
だけどその答えを出したくない。
「男子制服の方がカッコいいよね」
ストン、と涼の頭に答えが落ちてくる。
――樹は男をアピールしている。
それがどういうアピールなのか理解した瞬間に、涼は全身に鳥肌が立った。
(僕が犬飼さんの事を女性だと思ってる……?)
その答えが樹のすべての行動を繋げた。
実際に涼は樹が男だと知っている。距離の詰め方を間違って樹は勘違いしてしまった。
だからさり気なく気付かせようとしているのだ。
「犬飼さんは……可愛くてもいいと思う」
涼は可愛い樹の事が好きだ。もちろん格好良くても好きだ。
だけど勘違いしたままでは涼の『好き』は伝わらない。
どの言葉が正解なのか分からないまま、涼は樹に向き合う。
「有馬さんには……分からないよ……」
どうにかして誤解を解きたいと思っているのに、どうして樹を悲しませてしまっているんだろう。
泣きそうな顔は隠す様に俯かれてしまって見えなくなった。
肩を離したらこのまま帰ってしまいそうで、離したくないと涼は掴み続ける。
「僕は、犬飼さんの事が知りたい」
慎重に言葉を選ぶ。
少し揺れた肩を離しそうになる。
教室には他にも生徒がいるのに、涼は樹の事しか見えていない。
「私の、なにが知りたいの……?」
「……っ」
今にも涙が零れそうな樹の顔を見て、言葉が出なかった。
動揺して肩から手を離してしまって、樹は俯いてマフラーで口を隠しながら涼の横を通る。
樹の足音を聞いたまま、涼は何もできなかった。
「有馬」
「龍崎……」
その様子を見守っていた歩は涼の前に来て視線を合わせる。
言葉は無くても歩の心配そうな表情を見て涼は俯いて鞄を取る。
「今日は生徒会室に行くから……」
「気を付けろよ」
教室を出る前に見えた歩の表情は、先程より心配そうな表情をしていた。
〇●○
涼は重い足取りで生徒会室の前まで来ると、ため息を吐いてからドアを開ける。
中にいた生徒会長が涼に気付いて立ち上がった。
「遅かったわね、有馬涼!! やる事は私が全部やっておい……」
長い金髪を揺らしながら涼に自慢しようと声を掛けた生徒会長――
向かいの机に座って長いため息を吐いた涼を見て、月は雷が落ちた様な衝撃を受けた。
「あ、あ、有馬涼が落ち込んでいる!??!」
立ち上がったまま月は頬杖をついて俯く涼を不気味なモノの様に視線を泳がしながら見る。
「フッ、ついにライバルである私に負ける日が来たようね有馬涼!」
「月……僕の話を聞いてくれる?」
「ハア!? あ、有馬涼が私に相談!? い、いいわ、受けて立とうじゃないの!」
動揺を隠すように音を立てて座った月は腕を組んで涼の様子を伺う。
姿勢を正して涼は月に向き合ったけど、視線は下がったままだ。
「最近仲良くしてる子がいるんだけど、その子の様子が変なんだ。僕が勘違いしてると思ってて、誤解を解きたいんだけど上手く話せなくて……」
「それは……アナタが変人だからじゃないの?」
「いや……うん、そうかもしれない……」
「もともとアナタは変人だけど、磨きがかかっているわね。何でも向上心があるのは流石だわ」
月は動揺で額に垂れた汗を腕で拭いながら涼の様子を伺う。
俯いていて表情がよく見えなくても、月の知っている有馬涼でない事は確かに分かった。
「僕は……その子が……好きなんだ。だから、傷つけたくない……」
「……隙? ……そう、そ、そう?!」
月の知らない涼からは初めて聞く単語が出て来た。遅れて理解した瞬間に月は慌てる。
(心臓が痛い……? なにかしら?)
突然胸の痛みを感じた月はぼんやりしながら涼から発せられる好きと言う気持ちを耳に入れる。
胸の痛みは取れなくて、ただ涼から視線が離せないまま、涼の愚痴を聞く。
「一方的にずっと好きだった。だけど話し掛ける勇気が無かった。今こうして関われたのがすごく嬉しくて……だから、またちゃんと話したい。そうだ、話したいんだ。僕は犬飼さんと話す時間がすごく好きだ」
俯いていた涼は顔を上げて月を見る。
しっかりとした目つきはいつもと同じなのに、月は知らない人を見ている感覚になる。
(アナタはいつだって、自分で自分を慰める事ができるのよ。それに比べて私は……自分の事が分からなくなる。有馬涼のライバルでいたいのに……この痛みは不安だから?)
胸を押さえながら月は涼と視線を合わせる。
いつもの様に微笑まれて、月は動機がした事に慌てる。
「聞いてくれてありがとう。やっぱり僕の親友は頼りになるね」
「フフッ! 当たり前じゃない! 有馬涼と並べるのは私だけなんだから! でも勘違いしないで、私はアナタのライバルよ! 親友なんてやさしい関係じゃないわ!」
「月が元気だと僕もやる気出てくるね」
「殺す気があるなんて流石だわ! いいでしょう、先に命を奪うのはこの私よ!」
月の堂々とした態度はいつもの光景。
それが楽しくなって、涼は声を出して笑う。
涙が出てしまう程に月の行動は元気を貰えると、指で涙を拭いながら涼は笑い続ける。
「月のポジティブな所好きだな」
「隙?」
自分に向けられる好きという言葉には胸の痛みを感じない。
それどころか熱くなる位の感覚で、これは嬉しいのだと月は感じて、小さく微笑みながらいつもの様に涼との時間を過ごした。
(もうすぐ冬休みか……)
冬休みに入る前に今の関係を修復したいと、涼は月と生徒会のスケジュールを確認しながら考えた。
(冬休み一緒に遊びに行きたい……)
クリスマスや初詣の行事を思い浮かべながら樹の事を考えた。
それだけで心が熱くなる。
熱を帯びた視線を窓に向ける有馬涼はどこか不思議な雰囲気だと、見つめる月の視線は気付かない。
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