第5話 距離の縮め方
「……本当に教えてくれるの?」
緊張しながらも涼は樹に反論する。このまま樹のペースに身を委ねてもいいと思った。
だけどそうしていると歩が追い付いて来るのも時間の問題だ。
2人の時間を満喫したくて、歩が追い付てくる前にこの場を動きたい。
と言いつつ半分位は見た事のない樹と向き合っていると心臓がうるさいからなのだけども。
涼が樹の肩に手を添えると、樹の身体が揺れた。
「ねえ……早く教えてよ?」
視線の先の顔が赤くなって行くのが面白くて、涼は心臓が熱くなって行くのを感じながら意地悪に笑う。
沸騰してしまうのではないかと言う位に赤くなった樹を見つめていると、樹は壁から手を離して顔を見られたくないという様に俯く。
「いじわる……」
涼にしか聞こえない位に小さく呟いた後、樹は次の教室へ向かって歩いて行く。
(有馬さんは、私のこと……)
樹の顔の熱はまだ冷めない。
(犬飼さんって僕の事……)
伝染した赤い顔を見られたくないから、涼は樹の半歩後ろをついて行った。
〇●○
「でね、前に言ってた新作がめちゃくちゃおいしくて!」
「へぇ、今度食べてみよう」
「コンビニで出たカフェオレも一緒だと2倍おいしいよ」
「あ、それは飲んだことある。美味しいよね」
お昼休みは時間が合えば樹と涼は一緒に昼食をとっていて、自然と歩も一緒に机を囲っている。
歩は聞いている事の方が多いが、最近は特に歩が入って行けない内容で盛り上がる事が増えて来た。
「そういえば、ピアス新しいね?」
「この前いいの見つけたんだ。犬飼さんはピアス開けてないよね? 今度イヤリング見に行く?」
「ピアスはまだ勇気がなくて……。でもイヤリングはほしいなぁ!」
「想像より痛くないから、開けたくなったらやってあげる」
弁当を食べるのが遅くなる位に盛り上がる2人を目の前でぼんやり見つめる歩。
そんな歩が視界に入った樹は不思議そうに歩を見る。やはり歩はぼんやりしていた。
「あーくんどうしたの? お腹いたい?」
「どちらかというと女子力の壁で前が見えないな」
「あーくん……ついに目も悪くなったんだね……」
「そうかもしれない。樹がこういう話題で盛り上がるなんてな」
歩の言葉を耳にした途端に樹は机に置いてあるチョコを一粒歩に差し出す。
「樹……ついに殺人に手を出すとは......」
「この前クレープに目覚めなかったあーくんが悪い。あと人の悪口を言うからだよ?」
歩に差し出していたチョコを手元に戻して食べようとしたが、まだ弁当のおかずが少し残っている事に気付いた樹は、丁度食べ終えた涼を見た。
涼は樹と歩のやりとりを不思議そうに見ていて、自分に視線が向けられたので見つめ返す。
樹がチョコを差し出そうとしている事に気付いて、涼は口を開けた。
「ん、バナナだ。一番好きな味」
自然と涼の口にチョコを入れた樹は手を拭いてから弁当のおかずを食べて行く。
「犬飼さんと龍崎の会話って独特だよね」
「どの辺がだ?」
「んー、どれが悪口なのか分からない所とか」
「樹は友だ……――」
「そ、それは、知らない方がいいこともあるんだよ!?」
歩が悪口を説明しようとした口を勢いよく手で塞いで樹は誤魔化す。
友達が少なくて女子が好む話をする相手がいなかったなんて、涼には知られたくないと歩の息が出来なくなる位に隠し続ける。
「ふふっ、龍崎死にそう」
「わっ! ごめん! 本当に死にそう!?」
勢いが良すぎて鼻も塞いでしまっていて、呼吸困難で歩はぐったりしていく。樹は慌てて手を離した。
歩はむせながら樹を睨むが、樹が反省して心配そうに視線を向けられれば何も言えなかった。
「あ、でも今度から龍崎も分かる話題にしようか。犬飼さんとこういう話するの楽しいから夢中になっちゃうんだけど、龍崎つまらなさそうだし」
「俺は別にいいけど」
樹は涼の言葉に違和感を覚えた。
その違和感が何なのか、なんとなく分かってしまう。でもそうじゃないと思いたい。
(有馬さんってもしかして私の事……男だって知らない……?)
だからこんなに距離が近いのかもしれない。
同性の友達としての距離なら納得してしまう。
でも樹は涼から好意を向けられている気がしていた。
どちらなのか、答えは涼しか知らない。
〇●○
昼休みが終わり、授業を受けながら涼は昼休みの事を思い返していた。
(距離感が分からなくなって来た……)
涼は樹と話すのが楽しいのもあるが、距離の縮め方が分からなくなっている。
もう少し友達としての距離感でいた方がいいのか、もっと積極的に攻めた方がいいのか。
そうやって悩むのは、樹が異性であり、好きな人だから。
樹は自分の事を仲のいい友達として見ているのだと涼は認識している。
だから急に距離を縮めたら、樹が引いてしまいそうで、折角仲良くなれたこの縁は切りたくないと切実に思う。
考え事をしながら授業を受けていれば放課後になる。
もうすっかりと冬で、放課後になれば寒さも増していく。
「くちゅんっ」
隣の席で帰り支度をしている樹のくしゃみで寒そうにしている樹に視線を向けた。
手袋はしているけど、いつもしているマフラーを今日はしていない。
「マフラー無いの?」
「あ、うん。忘れちゃって」
「じゃあ、貸したげる」
涼がマフラーを持って立ち上がると、樹の首を包む様に優しく巻く。
「あ、有馬さんのは……?」
「僕はまだなくても平気。犬飼さんが冷えちゃうといけないから」
「……うん、ありがとう……」
「気を付けて帰ってね」
手を振って教室を去って行く涼に手を振り返して、その手でマフラーを掴んだ。
(やっぱり、有馬さん……勘違いしてる)
女の子の様に扱われるのも嬉しいと思っていた。
自分の性別と関係なく接してくれる事のありがたさを今まで感じていた。
なのに今、女の子として扱われる事がとても嫌だ。
それはつまり、友達としか見てもらえていないという証拠でもあるから。
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