第4話 魅力に気付く

 どうして涼がそんな事を言うのか、と樹は考える。


 同時にその言葉をかけてくれた事が嬉しい。


 樹は文化祭が終わったら涼とはただのクラスメイトに戻ると思っていた。

 それが自分達の立場上自然な流れだ。

 涼と一緒に流れに逆らってもいいのだとしたら、樹がどうしたいかは決まっている。


「私、もっと有馬さんと仲良くなりたい!」


 子供の様に無邪気な笑顔は、夕日に照らされて輝いて見える。


 つられて微笑む涼の瞳の輝きは増していって、綺麗だと樹は涼に見惚れてしまう。


「僕このあと生徒会室に用があるから、ここでお別れだね」

「うん、気を付けて帰ってね」

「ありがとう。またね」

「またねっ」


 階段を中心にそれぞれの教室へ向かって行く。


 樹は離れたばかりなのに会いたくなってしまって、少しだけ振り向いて涼を見る。


(……わっ!?)


 樹が振り向いて視線が合った事に驚いて止まると、涼も同じだったのか止まって手を振りだす。

 樹は振り返した後、赤い顔を見られない様に急ぎ足で教室へ向かった。



 〇●○



 文化祭が終わった次の登校日は気分が憂鬱だ。


 楽しかった日を懐かしむ時間も無い位に休みの日はあっという間に過ぎて、樹は教室に着くとだるそうに机に突っ伏した。


 後ろで唸っている樹の声を聞きながら、歩は鞄の中から出した教科書を机にしまっていく。


「毎日が文化祭だったらいいのに」

「そしたら俺は毎日幽霊だな」

「毎日は飽きるんじゃないかな?」

「その理屈だと毎日文化祭だったら飽きるぞ?」


 机に突っ伏していた樹は歩を揶揄ってやろうと起き上がって歩の背中を見つめた。

 樹は気付かれない様に歩の背中の中心に人差し指を持って行き、そのまま縦になぞる。


「……むー」


 無反応な歩がつまらなくて、次は何をしようかと樹は考える。歩が驚く様な事、それは何なのか。


「おはよう。相変わらず仲良いね」

「わっ! あ、お、おはよう」

「はよ」


 隣から掛けられた声に振り向くと、涼が席に着いた所だった。

 樹は悪だくみをしている事が気付かれない様に笑顔で挨拶を返す。


「よかった、今日は幽霊じゃない」

「毎日幽霊だったら飽きるらしいからな」

「うん? そうだね?」


 振り向いた歩がちゃんと人間の姿をしている事に安堵する涼は、歩の返事に首を傾げる。

 歩はさり気なく樹を見ると、肩を揺らしながら視線を外す樹を捉えて少しだけ口角を上げる。


「そういえばさ、駅前にクレープ屋さんが出来たみたいなんだ」

「そうなんだよね! 今度行こうと思ってたんだ~!」

「じゃあ今日の放課後寄ってかない? 僕今日予定ないから」


(今日ノ放課後寄ッテカナイ? って何だっけ?)

 と一瞬思考が停止する樹だったが、目の前にある眩しい笑顔で正気に戻る。


「行く!!」

「ふふっ、クレープ好きなんだね」

「クレープも好きだよっ」


 よだれが出そうな樹の笑顔を見て甘いもの全般が好きなんだと涼は微笑ましく見つめていた。


 その様子を見ていた歩は樹の言葉の真意に気付いている。

 樹も無意識なのだろうが、歩は樹の好きなものは何でも知っていると思いながら、微笑む涼に視線を向ける。


「俺も行く」

「あーくんもついにクレープの魅力に気付いたか……!」

「気付けばいいなと思っている」

「大丈夫、甘くないのもあるから!」


 樹から歩に視線を向けた涼は一瞬だけ強い眼差しと交わって、樹に視線を向けた歩を呆然と見つめた。

 楽しそうな表情の歩をきちんと見た事が無くて驚いたけど、同じように笑う樹に視線を向けれは声を出したくなる程に涼も微笑んで行った。



 〇●○



 放課後になった瞬間に樹は素早く鞄に荷物を詰めて立ち上がる。


「あーくん遅い!」

「俺だけに言うな」

「うん、僕も遅いね」

「有馬さんは大丈夫!」


 コントの様なやり取りをして笑いながら3人は学校を出て行く。

 駅までは歩いて数分だが、その数分さえも樹は長いと感じる程に落ち着きがない。


「そんなに有名店なのか?」

「クレープに有名とか関係ないんだよ。ただ……3人で遊ぶの初めてだからさっ」

「確かに、なんか緊張してお腹痛くなってきたかも」

「有馬さんは大丈夫なのか?」

「大丈夫、私が食べれるから!」


 涼はいつもと変わらない楽しそうな笑顔で言うので、歩は涼のお腹より頭が心配になったが、完全に頭が大丈夫じゃない幼馴染を見て気付かれない様にため息を吐く。


 陸橋を上って少し歩いた先が駅で、改札が見えてきて樹は早く歩いて行く。

 陸橋の上はいつも風が強くて、たまに吹く突風に樹たちは襲われる。


 涼が辺りを見渡すと突風で樹のスカートが上がって行くのを捉えた。


 涼が慌てて樹のスカートから視線を外そうとした瞬間に、隣にいた歩が目の前に来て視界が埋まる。


 突風はすぐに収まって、歩が涼に向けた視線から『守りたい』という気持ちを感じた。

 すぐに歩は樹の隣に並んでいつも通りの会話をしだした。


「へぇ……」


 突風で乱れた髪をかき上げながら涼は笑う。

 樹の隣に並ぶ歩の隣に追いつくと、歩の少し前を歩く。


「ねえ龍崎くん、LIME教えて?」

「は?」

「え?」


 涼は面白そうな笑みを見せると、間抜けな声が2つ返って来て、間抜けな2人は同時に立ち止まる。


 涼は笑い出しそうになるのを抑えながらスマホを歩に向けて返事を待った。

 睨み合いの様な強い視線を交わせている歩と涼の横で目を回している樹は、無意識にスマホを持って涼に向けて画面を出す。


「ありがとう。今度連絡するね」

「あ、うんっ!」


 咄嗟にLIMEのQRコードを出していた樹の画面を読み取って、涼は樹とLIMEを交換する。

 再び歩に視線を向けた涼はどこか得意げな表情で、歩は少し不機嫌な表情でスマホを出した。


「龍崎くんにも今度連絡するね」

「既読にはするよ」


 どこか不思議な空気の涼と歩の隣でスマホを凝視する樹はその空気に気付かない。

 スマホの画面に映る涼のアイコンを夢みたいに眺めていた樹は急にスマホから顔を上げた。


「あ、クレープ!」

「樹がクレープの事を忘れるなんて明日は槍が降るかもな」

「急にお腹空いてきたね」

「うん、甘いのもしょっぱいのも食べれそう!」


 不思議な空気は風に吹かれた様に消え去って、楽しい会話をしながら3人は並んで歩いて行った。



 〇●○



「龍崎が勧めてくれた映画面白かったよ」

「あれは有馬用だと思ったからな」


 次の授業がある教室へ移動するため並んで廊下を歩く涼と歩は楽しそうだ。


 その後ろから念じる様に見つめる樹の視線を感じない程に。


(最近やたら仲良し……)


 クレープを食べに行ったあの日から数日しか経っていないのに、呼び捨てで呼び合う仲になっていた事に、樹は2人には見えないからと不満な顔を全開にしながら後ろを歩いている。


「あ、ペン忘れた。先に行ってろ」

「うん。……ふふっ」


 ペンケースを忘れた事に気付いた歩は教室に戻って行く。

 戻って行く歩を見るために後ろを向いた涼は樹の顔を見て面白そうな笑い声を漏らす。


「ハムスターみたい。何入れてるの?」

「なんだろうね?」

「うーん、分からないなぁ。正解教えて?」

「……教えていいの?」


 樹の膨れた頬を見ながら笑う涼を壁際に押しやって、樹は涼を見上げた。


「犬飼さん……?」


 片手は教科書でふさがっているけど、樹はもう片方の手で涼が逃げられない様に壁に手を当てている。


 樹の見上げる瞳は一直線に向けられていて、その視線と交わっているだけなのに涼は自分の鼓動が早くなったのを感じた。


「教えてあげる」


 少し距離が縮まって、初めて見る樹に涼は目が逸らせない。

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