第3話 君を見るのが怖い
(コノアト時間アル? ってなに?)
まるで別世界の言葉に聞こえる位、理解が難しい日本語だった。
真顔のまま涼を見ているのか遠くを見ているのか分からない樹に涼は不安そうな素振りを見せる。
「……僕この後予定ないから、もし良かったら一緒に文化祭回ってくれると嬉しいなって……。でも誰かと約束してる、よね?」
「……パゥ!?」
涼の日本語を脳内で翻訳して行って意味を理解した樹の口からは、何語なのか分からない単語が出て来た。
不審者を見る様な涼の視線に向き合う。
返事をしなければと思うのに、日本語を忘れてしまったかの様に言葉が出てこない。
「あ、有馬さんいた! あの、よかったらわたしたちと一緒にまわりませんか~!」
「先に見つけたのはアタシたちなんだけど!? 有馬さん! 一緒に回ってください!」
体育館からは涼と文化祭を回りたい女子が次々と出てきて、列が出来始めている。
学園の王子様は人気だと知っていたが、目の前に広がる光景は樹の知らない世界だ。
苦笑しながらも対応する涼を見て何故自分に声を掛けてきたのか分かった気がした。
こういう風に声を掛けられる事は多いのだろう。
だから声を掛けられる前に誰かとの先約が欲しかっただけ。
理由はそれでもいい。樹は涼と一緒に過ごすキッカケがあるだけで嬉しい。
だから誰かに取られる前に涼の手を掴む。
「わ、私、有馬さんと回る約束してるので!」
掴んだ手をそのまま引っ張って校舎に入る。
後ろから聞こえる機嫌悪い女子達の声が聞きとれなくなる位まで校舎の中へ入って行って廊下の端で樹は止まる。
「あっ! 手っ、勝手にごめんなさい!」
「ううん、犬飼さんって結構大胆なんだね」
口に手を当てて嬉しそうに笑う涼はどう見ても王子様で、劇の時とは違う胸の高鳴りに樹は顔が火照っていくのが分かった。
「あ、あの……もし有馬さんがイヤじゃなければ……、その、一緒に……回ってくれませんか……?」
「むしろ嬉しいよ。どこか行きたい所はある?」
「あ、えっと、この階に行きたいところがあってね」
そう樹は廊下を歩いて行って涼も隣に並んで進んで行く。
廊下を歩くだけでもそれぞれのクラスの色が出ていて、はしゃぐ生徒たちの声を耳にしながら少し歩いた先にある教室の前で樹は止まる。
隣で止まった涼は無意識に樹に近付いていた。
「……こ、ここ?」
「うん! 誰もいないだろうから平気だよ」
「え……? あ、待って……!」
樹が教室のドアを開けて中に入ると、昼間なのに真っ暗な部屋には不気味な音楽が流れている。
暗闇の中を歩く樹の姿を見失いそうで慌てて涼は樹へ駆け寄る。
少しだけ視線が高くなった気がして、不安なまま涼は視線を合わせた。
目の前にいるのは樹ではなく、自分より少し背が低い人物。
長い黒髪が顔に垂れていて隙間から見える片目はギロリと涼を睨んだ。
「きゃーーーーーーーー!!!!」
発せられた叫びは明らかに女子の声で、声のした方を振り向いた樹は慌てて駆け寄った。
そこにいた涼は腰を抜かしていて、樹が背中を支えてから顔を見ようと近付いた。
「有馬さん!? 大丈夫!?」
「あ……あ、うぅ……」
「あーくんなにしたの!?」
「いや、脅かしただけなんだが?」
「もー、そういうのはいいから早く電気つけて!」
「一応ここはお化け屋敷なんだがな」
樹が入ったのはオカルト部が使用している教室で、電気で明るくなった部屋を見て涼は今にも意識を失いそうだった。
教室には簡単な作りではあるが、お化け屋敷になっていた。
歩1人で作ったのもあり、恐怖を感じるかと言えば反応に困ってしまう出来だ。
歩の幽霊の変装は少し褒めてあげたい。
「とりあえず、廊下出るか? ここ端だから壁際で少し様子見れるし。俺は見張りする」
「うん。有馬さん大丈夫だからね。……え、軽っ」
樹は涼をお姫様抱っこして廊下の壁に運んだ。
樹は見た目に反して筋肉があり、5キロのお米も軽々と持てる位の力を持っている。
自分と歩より身長が高い涼の軽さに驚きながら、壁に寄り掛からせて様子を見る。
樹の真後ろにいる歩は、幽霊姿のまま2人をガードして視線が行かない様にしていた。
「有馬さん……、私が分かる?」
「あ…………女神様?」
「だ、ダメだ! 意識が天国に行きかけてる!! 私だよ! 犬飼樹。隣の席のクラスメイト! 有馬さん、私の顔見えてる?」
樹は涼の顔に生気が無くなってきている事に気付いて、慌てて肩を掴んで意識を保たせる。
様子を伺っている内に距離が近付いている事に樹は気付かない。
遠目から見たら顔がくっついている位に近い距離で、吐息が掛かったのを涼は認識する。
「…………ぁ」
涼が正気に戻った瞬間には目の前にある顔が安心した様に笑いながら離れて行った。
離れて行きながら、涼は自分が白雪姫を演じていたのかと疑問に思ってしまって、そこで一気に意識が戻る。
「あ、ご、ごめん!! ぼ、僕、その……!」
「無事だったか」
「ヒィ!!」
「あーくん、有馬さんをいじめちゃダメ!」
「あー……くん……?」
涼が無事なのを確認しに来た歩は幽霊姿のままだったので、涼は反射で樹の背中に隠れた。
そんな涼を守る様に盾になりながら、樹はいつも通りに接する。
涼はそのいつも通りの相手を確認しようと少しだけ樹の背中から視線を向けると、幽霊が人間である事が判明する。
「あ、犬飼さんの前の席の人」
「今はこんなだけど、あーくんは全然怖くないよ」
「龍崎歩。一応こいつの幼馴染してるから……今は幽霊してるけど」
幽霊の正体が分かって安心する涼だが、幽霊の姿である以上直視が出来ない。
それ位に涼は幽霊やホラーが苦手なのだ。
「あーくんの様子見に来たかったんだけど、有馬さんの気持も考えずにごめんなさい!」
「い、いや、僕の方こそ……その、みっともない姿を見せてしまってごめん……」
手を合わせて謝る樹に涼は自分が気を失ってしまった事を反省する。
反省している内にその姿を見られたのだと理解して顔が赤くなって行く。
「ここにいたらずっと幽霊がいるんだがいいのか?」
「ヒッ」
「あーくんのいじわる! お客さんいないだろうけど頑張ってね! 行こう有馬さん!」
「あ……うん」
見守っていた歩が覗いてきて、涼はまた樹の背中に隠れる。
樹は涼の手を握ってオカルト部の前から去って行く。
手を引かれているだけなのに、繋がる部分が熱くて、どうしてだか樹の背中から目が離せない。
「樹、3個隣はクレープだぞ」
「わ! ありがとう!」
去って行く樹は歩の知らせに嬉しそうに笑いかけて、一直線に3個隣の教室へ向かう。
(甘いもの、好きなのかな)
楽しそうに笑う樹の隣に並んだ涼はずっと手が繋がっている事を誤魔化す様に、文化祭で彩られる教室を眺め始めて行った。
〇●○
それから時間ギリギリまで文化祭を満喫した樹と涼はそれぞれの帰路に着くために教室へ戻っていた。
もう手は繋いでいないのに、心まで熱くなって満たされている。
文化祭が終わった校内は帰り支度をする生徒や片付ける生徒がいてまだお祭りの空間は終わっていない。
「犬飼さん、今日は色々とありがとう」
「こちらこそだよ! 有馬さんと一緒だと楽しいね」
「僕もすごく楽しかった。……だから、さ」
「なに?」
階段を上がってすぐの所で涼は立ち止まる。
涼が止まった事に気付いた樹は数歩先で止まって振り返ると、少しだけ悲しい顔をする涼と視線が交わった。
「これからも、仲良くしても……いい?」
樹の瞳が大きく開く。
涼が何を言っているのか理解できない。
じっと向けられる終わりたくないと願う様な瞳は、夕日に照らされて光り出す。
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