第2話 王子様に奪われる
誰もが樹の美しさに言葉を失った。
まるで本物の白雪姫が現れたのかと錯覚する程に樹は白雪姫の衣装を着こなしている。
樹が教室の中心に集まっている女子達へ近づくと、涼が見つめている事に気が付いて不思議そうに首を傾げて涼の前に立った。
「有馬さんかっこいいね」
「あ……ありがとう、犬飼さんも可愛いよ」
「えへへっ、でも少しスカート踏みそうなんだ」
樹と涼が会話している姿が本物の白雪姫と王子に見えてしまっていた女子達は、樹の言葉を聞いて駆け寄って来る。
樹は衣装担当に連れていかれて衣装の微調整を始めていった。
(可愛すぎてビックリした……)
うるさい心臓が早く収まって欲しいと思いながら涼は落ち着かせるために樹から視線を逸らす。
冷静を装っていつもの様に振舞うのがこんなにも難しくなる程に、涼は樹の事が好きだ。
それは、恋愛感情としての好きである。
隣の席になれたのがすごく嬉しかった。
まさか劇で相手役をするとは想像もしていなくて、冷静を装うのがあと何回起こるのかと劇とは関係のない部分で不安になる。
劇の間だけでも樹の王子様でいられる事が今まで生きて来た中で一番嬉しいかもしれないなんて思う程に、こうして関われている事が奇跡の様に思える。
(絶対に失敗しない)
限りある時間を大切にしながらしっかりと練習に励もうと決意する涼は、自然と樹に視線を向けながら衣装調整をしていった。
〇●○
それから数週間、何回か役者同士で合わせながら各自練習に励む日々。
樹は歩に付き合ってもらうのと集中できるからと、よくオカルト部で練習していた。
制服のまま練習して今は休憩中なのだが、樹はどうも複雑な気分になりながら歩の向かいにある机に座ってため息を吐く。
「ぜっっっったい、釣り合ってない!」
「そうか?」
「あーくん目が悪いんじゃないかな? どう見たって釣り合ってないよ!」
「俺は視力いいぞ。裸眼で1.5あるし」
歩の言葉にさらにため息を吐いて樹は紙パックのジュースを飲む。
学園の王子様と釣り合える人がこの学園にいるのだろうか。
少なくとも平凡な一般生徒Bである樹ではないと落ち込んでいるのだが。
「あーくんはなんで私を推奨してくれたの?」
「誰もやらないなら樹が適任だと思ったから」
「具体的におねがい」
「……一番似合うのは樹だと思ったんだが?」
真顔でそう言われて樹は歩をじーっと見つめた。
歩が本心でそう言ってくれているのは分かったが、樹は自信がないのだ。
「樹の白雪姫はすごく可愛いと思う。演技も出来てるし」
「あーくんはいつも褒めてくれるからなぁ」
樹はもう一度ジュースを飲む。
ストローが音を立てて空になった紙パックを置いてから屈伸する。
「釣り合わないけど、緊張しないで隣に立てるくらいにはなりたい」
台本を手に取って椅子から立ち上がって練習を再開する。
一生懸命な樹は昔から変わらない。
だから何度も褒めたくなるのだけど、聞き飽きた褒め言葉は効果がない事に歩は顔に出さず、内心では揺れ動くモノを感じていた。
〇●○
「き、緊張する……!」
必死に練習してきた日々はあっという間で、今日は文化祭当日。
もうすぐ劇が始まる舞台袖で樹は白雪姫の衣装を纏って待機している。
隣には王子衣装を纏った涼がいて、緊張が伝わる位の樹に思わず笑い声が漏れてしまう。
「大丈夫。犬飼さん一生懸命練習してたし、絶対に上手くいくよ」
「……うん、有馬さんにそう言われると自信持てて来た!」
「ふふっ、やっと笑った」
緊張しすぎて笑えていなかった樹が今日初めて見せた笑顔に目を細めて笑う涼。
別の意味で緊張してしまいそうだけど、涼にもらった自信をしっかりと心の軸にする。
そうして控えていると劇が開始のアナウンスが鳴り、樹は舞台に上がる前に涼に向き合った。
「自信の念送ってて欲しいです……! 行ってきます!」
「……ふふっ、いってらっしゃい」
舞台に向かう樹の後姿を見つめている涼の頬はほんのりと赤くなっていた。
毒リンゴを食べてから少しだけ樹は舞台袖で待機していた。
次の出番は白雪姫の一番の見せ場である王子様のキスで目覚めるシーンだ。
樹が舞台袖で待機している間に、段々と落ち着きが無くなってきた。
もうすぐ出番が来る。演劇が進めば進む程、樹の頭は混乱しだしていて、その場で行ったり来たりを繰り返し始めた。
「心配して来てみれば……、……大丈夫じゃないな」
「あ、あーくん、ど、どうしよう、ど、どうしよう!!」
「はいはい、落ち着け落ち着け」
樹の様子が気になって様子を見に来た歩は、予想通り混乱している樹の前に立つと頭を軽くポンポンと叩いて行く。
子供をあやすように優しく、一定のリズムで叩いていくと樹は目をつむりだす。
これは小さい頃から樹が緊張している時に歩がやる『おまじない』だ。
こうして頭を叩かれると安心できる。歩だけができる特別な事。
「あーくん……」
「ん、大丈夫そうだな」
「うん! ありがとう。最後だから頑張ってくるね!」
「おう、頑張ってこい」
しっかりと自分の軸を取り戻した樹は、舞台袖で眠る体制の準備をしだす。
指定の場所に寝転がって小人役の生徒と一緒に衣装を整えてから目をつむる。
そうしてスポットライトが白雪姫に当たり、王子が眠る白雪姫の前に来る。
目をつむりながら樹は涼の演技を聞いているが、涼の演技は声だけでも完璧だと思う。
声だけなのにもうすぐキスシーンのために涼が近付いて来ると思うとドキドキしてしまって、だけど歩がおまじないをかけてくれたから大丈夫だと樹は涼が傍に屈んだのを感じた。
(有馬さんが近くにいる……!)
顔を近付けているのだと目をつむっていても分かって、樹は今が演技をするタイミングだと思って目を開けた。
「……ぁ」
想像より近くにあった涼の顔を見て、樹は固まってしまう。
涼しか視界に入らない位に近くで見つめられて、頭が真っ白になって次のセリフを忘れてしまった。
何を考えればいいのか分からないまま涼を見つめてしまう。
「"まあ、ここはどこ?"」
「……っ」
涼が耳元で樹のセリフを囁いた。
驚いて起き上がった樹は涼を見ると、優しく微笑まれた。
それが演技だと分かっているけどドキドキしてしまって、樹は涼に言われて思い出したセリフを口にする。
そして演技が続き、白雪姫は王子様に手を引かれて行った。
〇●○
劇は無事に終わり、制服に着替えると樹は校内へ向かう。
この後は自由時間なので文化祭を楽しもうと意気込んでいた。
(友達いなくても平気だもんねっ)
樹は友達が少ない。
その数少ない友人は文化祭でそれぞれ担当があり、自由時間も被らずに1人で回る事になってしまった。
樹は1人でも行動できるタイプだが、学校では誰かしらと一緒にいる事が多い。
でもそれが気にならない位に、樹は文化祭を楽しみにしていた。
劇が終わった事により緊張から解放されて、早く回りたいとスキップする勢いで体育館を出る。
「犬飼さん、ちょっといい?」
「あ、有馬さん……? なに?」
体育館から校舎へ向かう通路で樹は涼に呼び止められる。
少し緊張した様に見える涼は何かを言いたげだ。
(あ、セリフ忘れたから怒ってる!?)
完璧な王子様である涼は少しのミスも許さないだろう。
だから樹が犯したミスを注意しようとしている。
注意されたらなんと返事をすればいいのかと、樹の脳内は慌て始める。
「あの……この後、時間ありますか?」
「え……?」
怒られると思って慌てる樹に掛けられたのは、勇気を振り絞った質問。
涼が何を言っているのか、樹はまだ理解できない。
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