学園の王子様♀に恋した男の娘[LadyBoy] ~私が男だって彼女は知らない~
響城藍
第1話 好きな人がいます!
樹の好きな
だから今、樹は動揺している。
(あ、有馬さんと隣になっちゃった~~っ!?)
席替えがあり樹は窓側の一番後ろに移動してきた。
右側をちらりと見れば確かにそこに学園の王子様はいる。
横顔だけでも見惚れてしまう程の格好良さ。
樹は視線を横に向けたまま、ぼんやりと授業を受ける。
「文化祭は劇で白雪姫をやる事になりましたが、王子から決めたいと思います。……やりたい人、いないよね!? じゃあ、有馬さんがいいと思います!!」
席替えしてすぐは文化祭の話し合いの時間になった。
今回は配役を決めるのだが、王子をやって欲しいと視線は涼に集中する。
「誰もいないなら、いいですよ」
爽やかな笑顔で答える涼に黄色い声が響く。
中には男子の声も混ざっていて、男女問わず人気な涼が王子役にはピッタリだと満場一致で決まった。
次に決めるのは白雪姫。
主役であり涼が演じる王子の相手となると立候補するのに躊躇ってしまい誰も挙手しない。
誰もが涼と釣り合う訳がないと確信しているからだ。
「誰もやらねーなら樹でいいんじゃね?」
突拍子もない提案は目の前に座る男子から発せられた。
樹は目の前の男子の背中を穴が開く様に見つめていると、振り向いて意地悪に笑われた。
「あーくん!? な、なんで!?」
「いや、だって樹、好きなんだろ?」
前の席の男子に顔を近付けて小声で問いかける樹だが、見透かされた様に前の席の男子――
小声で歩と話している内に、クラスの中で話が進み、白雪姫は樹がやる事になってしまった。
樹は動揺しながら涼に視線を向けると目が合って、思わず固まってしまって見つめる様になってしまう。
「よろしくね。犬飼さん」
「あ……、はい、よろしくおねがいします……」
初めて交わした好きな人との会話は緊張でいっぱいだった。
自分に向けられた笑顔がなんだか特別に思えてしまう程に、樹は涼の事が好きなのだと思った。
〇●○
放課後になってすぐに涼は教室を出て行く。
涼は部活にも熱心で、生徒会副会長を務めているのもあり、放課後はいつも忙しそうだ。
そんな涼が教室から出て行ったのを見つめた後、樹は帰り支度をする歩の耳を引っ張る。
「いででっ! なんだよ!?」
「あーくん……ありがと」
「……別に、あのまま決まらないのが嫌だっただけだよ」
「えへへっ、あーくんは昔から素直じゃないなぁ」
嬉しそうに微笑みながら帰り支度をする樹をどこか複雑そうに見つめる歩は樹の幼馴染である。
家が隣で小さい頃から一緒に過ごしてきて、最近樹に好きな人がいるという相談も受けていた。
それだけが樹を白雪姫に推薦した理由ではないが、こうして微笑む樹の表情が歩は好きだ。
「あ、台本もらったんだけど、練習付き合ってくれ……」
「どした?」
配役が決まった後に台本を渡されていたので、パラパラとめくっていた樹はとあるページを見て固まってしまった。
顔が赤くなって行く樹を不思議そうに眺めていた歩だったが、不意に肩を掴まれた。
「あーくんどうしよう!? き、き、キスシーンがある!!」
「はぁ……?」
樹は白雪姫の話を知らない訳ではない。
寧ろ昔からおとぎ話が大好きだ。
自分が白雪姫を演じる事に動揺していて忘れていたのだろう。
「へえ……すればいいじゃん」
「え!? だ、ダメだよ!? こ、こう同意を得ないとっていうかそのっ」
「いや、普通に考えてフリだけだろうけど……?」
「あ! ああ! そ、そう、だよね……! うん、そう! 知ってたもん!」
見栄を張る樹は可愛い。
そう口に出してしまいそうになる位に小動物を思わせる樹の事を歩は優しく見つめていた。
〇●○
そうして歩と練習を続けて行き、今日の放課後は衣装合わせの日だ。
樹は教室で衣装を受け取ると急いで廊下に出て走り出す。階段を降りて一室の扉を開けた。
「……急に開けるな」
「いいじゃん、どうせあーくんしかいないんだし」
「他の部員もいるぞ。ほらここに幽霊として」
「幽霊部員はそういう感じじゃないんだよ~」
樹が入って来た部屋は歩が部長を務めるオカルト部だ。
歩以外は幽霊部員なので来年には同好会になっているかもしれない。
扉を閉めて机に荷物を置くと、樹は白雪姫の衣装に着替え始める。
「ってか着替えるために来たのか?」
「うん。だって教室女子しかいないからさ~」
「まあ、そうか」
「追い出されなかったけど、私が気にするからね!」
何故樹が教室を離れて着替えに来たかと言えば、樹が男だからだ。
身長も女子の平均位で、髪もセミロングの茶髪で言われなければ女子であるが、犬飼樹が生物学上は男である事実は変えられない。
普段の行動や制服も女子なので周りからは女子として扱われたりもするし、樹はそれが嬉しいとも思う。
だが、着替えの時はやはり気にしてしまう。樹だって男の子なのだから。
樹は女系家族で育ったので、小さい頃は自分の事を女だと思っていた。
歩は樹が男である事を説明した日が懐かしいと思いながら着替えている樹をちらりと見てしまう。
龍崎歩は樹の幼馴染であるが、同時に樹に恋心を抱いている。
同性の幼馴染に向けるべき感情に最初は戸惑った事もあった。忘れようとした事もあった。
だけどどうしても樹から目が離せなかった。
「あーく~ん! 助けて~!」
昔の事を思い返していたら樹が着替え中に慌てていて、樹の姿を見てため息を吐きながら立ち上がる。
「まったくお前は……」
背中のファスナーが閉められなくて困っている樹の背後に立って、歩は衣装のファスナーをつまむ。
樹の肌は昔から白くて、本当に男なのかと思ってしまう程に細い。
だけど歩が一番、樹が男だという事を知っている。
ファスナーをゆっくりと上げて行って、少しだけ背中を見つめた後、歩は樹から離れる。
「閉めたけど……」
「えへへっ、ありがと、あーくん」
振り向かれた後、満面の笑みを見せられて、歩は樹に見惚れてしまう。
お姫様の様な樹を見るのは初めてじゃない。
だけどどうしてこんなにも胸が熱くなるのだろうか。
「じゃあ教室戻るね~」
そのままスカートの裾を踏まない様に持ち上げて樹はオカルト部を出て行った。
扉が閉まったのを確認すると、歩は腰が抜けた様に床にへたり込む。
「……人の気も知らないで」
伝えられない恋心は、歩の中で沸騰し続ける。
〇●○
教室では女子の黄色い声が上がっている。
王子衣装に身を纏った涼はどう見ても王子様だった。
だけど、有馬涼は女子である。
ボーイッシュな見た目に男子制服を着ているので、涼を知らない人が見たら男だと認識するだろう。
だけど、涼が『学園の王子様』として人気なのは、『涼が女子だから』というのも理由に含まれている。
(そういえば、犬飼さんどこに行ったんだろう……?)
衣装の微調整をしながら、涼は樹の事を考える。
涼は樹が男だと知っているし、だから教室にいない事を認識したものの、樹がどのように衣装を着こなすのか気になっていた。
控えめに教室のドアがノックされて、開けに行った女子生徒が驚いた声を上げて、涼は反射で教室のドアを見る。
「犬飼さん……?」
本当に樹なのかと疑ってしまう程のお姫様が、教室のドアから入って来た。
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