第7話 一緒にいる幸せ
「おい樹……」
「あいたっ!」
「そこはドアじゃねえって言おうとしたのに」
授業が終わり教室へ入ろうとした樹は、ドアの隣にある柱にぶつかる。
額を押さえながら膝を付く樹の後ろで見守る歩は最近ため息が多い。
「いい加減、仲直りすれば?」
「……別にケンカしてないもん」
「俺から見たら喧嘩なんだがな」
「なら相談にのってほしいな」
「自分たちで解決するしかないと思うが」
樹は立ち上がって見透かすような歩の顔を見る。
「あーくんはいじわるだなぁ」
「俺なりに考えてるんだ」
「だからいじわるなんだよ」
歩が樹と涼の関係を真剣に考えてくれている事が伝わって、樹は笑顔を見せながら教室へ入った。
それに微笑み返しながら、歩も樹のあとに続いた。
別行動をしていた涼は2人のやり取りを歩きながら見ていて、教室のドアの手前で立ち止まった。
「龍崎には敵わないな……」
関わって来た年数も、距離も、想いも。
何もかもが歩の方が大きい。
それでも、涼の想いは簡単には消えない。
「忘れられたらいいのに……」
涼は小さく吐き出してからいつもの態度を装って自分の席に向かう。
一瞬だけ樹と涼の視線が交わったけど、お互いに逸らしてしまった。
(でも、忘れたくない……)
どこか気まずいまま会話が無く、次の授業が始まる。
そんな日々が続いて、気が付けば冬休みになっていた。
仲直りは未だにできないまま。
〇●○
冬休みに入ってすぐにクリスマスがやって来る。
樹は毎年恒例の龍崎家のクリスマスパーティー前にお邪魔していた。
夜はそれぞれの家族でパーティーをするが、昼間は各々自由行動が犬飼家と龍崎家の暗黙のルールである。
樹は龍崎家の兄妹から姫と扱われている。
散々もてなされた後、歩の部屋で自分の家の様にくつろぐのも毎年恒例。
「有馬と一緒じゃなくてよかったのか?」
歩のベッドにうつぶせになってゲームをしていた樹は、慌てて飛び起きると、床に座って漫画を読む歩の横顔を見る。
「ど、どうして有馬さんが出てくるの!?」
「有馬の事が好きだって言ってたから」
歩の正論に唸り声を上げた後、樹はベッドから降りて歩の隣で膝を抱える。
「……有馬さんは予定があるから」
「聞いてみればよかったな」
「聞かなくても分かるよ。有馬さんは人気者だもん」
涼は学園の王子様だ。
予定が無くても誘いの声は絶えないだろう。
クリスマスだからこそ、涼は予定があるはずだ。
自分とは住む世界が違うのだと、言い聞かせる様に樹は強く膝を抱きしめる。
「あーくんは好きな人いないの?」
「……いないな」
向けられた視線を少しのだけ交わせた後、漫画に視線を戻しながら歩は答える。
「じゃあ、来年もあーくんとクリスマス過ごせるかなぁ」
「……来年は受験だからな」
「うぅ! 急に現実がっ!」
頭を抱え始めた樹はいつもの樹だ。
安心した笑みを浮かべる歩が見えない程に現実逃避をしている。
(まあ来年、俺は1人だろうな)
再び漫画を読み始めた歩の横で樹はまだ現実を見られないでいたが、抱えていた頭を離してぼんやりと視線を上げて行く。
「でも、来年こそは3人で遊びに行きたいな……」
ベッドに頭だけ乗せながら樹は小さく呟く。
歩が視線を向けると、天井に熱い視線を送っている樹がいた。
「だったらもっと仲良くならないとだろ。有馬は人気者だからな」
「……そうだねっ!」
歩の余裕のある笑みからは応援の気持を感じて、樹は姿勢を正して歩に笑顔を向ける。
「有馬さんが私を友達として見てくれてるなら嬉しいけど……でも私は友達以上に好きだから」
足を伸ばして床に手を付きながら樹は天井を見つめた。
「知ってる」
歩は漫画を読みながら小さく笑った。
〇●○
冬休みが明けて最初の登校日。
涼はドアの前で大きく深呼吸し、気合を入れながら教室へ入る。
いつも先に登校している樹と歩が楽しそうに会話をしているのを視界に捉えた。
自分の席が近付くにつれ大きくなる鼓動の音が、気合を消す様に邪魔をする。
「あ、……あけましておめでとう」
自分の席に鞄を置いて黒板を見ながら涼は小さく呟く。
「あけおめ」
「……あけまして、おめでとう。こ、今年もよろしくねっ……」
返事が返ってきた事が嬉しくて涼はゆっくりと樹を見る。
緊張した瞳はすぐに逸らされてしまったけど、どこか嬉しそうな表情に涼は照れてしまって鞄の中身を出し始めた。
「あ、あのっ!」
「……何?」
樹と会話をするのはいつぶりだろうか。
視線が合うだけで緊張してしまって、樹が何を言うのかと待ちきれなくて。
だけど嫌な言葉をかけられたらどうしようと焦ってしまって。
ただ一直線に向けられる樹の視線は心地よくて。
「あ、えっと……お、おはよう!」
「……ふふっ、おはよう」
挨拶を交わすのがこんなに嬉しい事だというのを初めて知るみたいに、樹と涼は声に出して笑い合った。
〇●○
今日の有馬涼はやたらと機嫌がいい。
生徒会室に入って来た時から不気味な笑顔をしていて、今も生徒会の仕事をしながら不気味な笑顔をまとっている。
ジロリ、と穴が開くような月の視線さえ気づかない程に上機嫌だ。
「拾い食いでもしたの……?」
「んー? お弁当のおかず交換はしたけど、拾い食いはしないよ」
「おかず・を・交換???」
涼の嬉しそうな返事の意味を理解できないまま、月は書類を確認する涼を見つめ続ける。
「少し問題があって話せてなかった子がいてね。冬休みは不安で寝れない日が多かったけど、もう大丈夫。その子と話しているだけで安心するし、見てるだけで面白いって実感できた」
「話していると安心して、見てるだけで面白い……?」
月は涼を見つめ続けながら言葉の意味を考える。
確かに涼と話していると安心するし、見ているだけで面白い。
「だから、好きなんだって思うんだ」
それが人を好きになる感覚だと涼は言っている。
涼の言う感覚を月は今、抱いている。
それを方程式に当てはめていくと、その感覚を意味する答えが出てきて、月は目を見開いた。
(わ、わ、わわわ、私、有馬涼のことが……、好き!?!?)
直視出来なくなる位の想いが爆発して、月は動揺し始める。
書類に集中しながら不気味なほど上機嫌な笑顔を浮かべる涼は、月の異変に気付かない。
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