第10話 見送

 急な揺れを感知し、吾輩は跳ね起きた。意識があやふやなままに、吾輩はどうやら司祭殿の膝から主人の胸の中に戻されていく最中らしい。ごつごつした手指から、主人の柔らかい指に移され、さらに乳と腕の間に挟まれる。温かい、寧ろ熱い位だが、寝起きであれば、これはこれで良いと思った。


「じゃあ、わたしは帰るから。思ったよりも楽しかった。また抱っこさせてね、あなたの家族」


「嫌だ。今日は失敗だった」


 そういって、主人は吾輩をぎゅう、と抱き締めた。


 みー。


 ちょっと苦しくなって悲鳴が出てしまう。


「ばいばい、だって。可愛いんだから」


 司祭殿はとろけるような満面の笑みを浮かべている。が、解釈は誤りである。


「違う。二度と来るな、だって」


 やはり主人は人において最底辺のろくでなしである。司祭殿は苦笑した。


「全く。でも、好かった。元気そうで」


 ふと、声のトーンを落として司祭殿は言う。


「まあ、ね。あんたも、ジョブチェンジの成功を心より祝福いたします。そっちの方が向いてるんじゃない」


「ふん、ありがとう」


 ごほん、と司祭殿は咳払いをした。


「では。アジトロ・ナナリン聖女見習い。これからも主とこの町、そして国のために祈りなさい」


 そういう司祭殿の口調、そしてぴんと背筋を伸ばし、どんと構えた両足からは、さっきとは真逆の重々しさが宿っていた。顔もまたしかめっ面で、聖堂を訪れたときに戻っている。


 続いて、こほん、と真似るように主人もまた咳払いをした。


「はい。これからも精進いたします」


 急に恭しく主人もそう言って、軽く膝を曲げた。


「よろしい」


 司祭殿はかつかつと聖堂の外に出た。日の様子からいって、結局大した時間は滞在していないようだった。外に出た司祭殿へ、慌てて騎士二人が走り寄るのが見える。


「あいつも随分偉そうになったなあ。見た? あいつが騎士二人に護衛されるなんて、考えられない。要らないでしょ。ねー?」


 主人はしかし、満足そうに言った。扉が閉まると、主人は吾輩を抱えたまま席に座った。


「しかし、あなた、もしかしてさ」


 そういいながら吾輩の体を適当に撫でる。逃げたかったが、巨乳と腕の間にあって、逃げられない。


「あいつといい、おっさんの方が好きなの? そんなことある?」


 吾輩は必至で藻掻くのを止め、そうではなく主人の撫でが好くないと言ってやりたかったが、我慢した。またどうせ、みー、の一言が曲解されるのは目に見えているからだ。

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