第6話 見え見え


 数時間後。


「本当に、申し訳ありませんでした!」


 学校から連絡を受けた俺の親父が矢島やじまと教師に土下座するのを、俺は呆然と眺めていた。

 なんでこんなことをしてるんだ? 俺が悪いんじゃない。むしろ俺は殴られたんだ。だいたい引田ならいずれ矢島の金を盗んでたんだろうから、それがちょっと早まっただけだろうが。なにがいけないんだ。


「あの、顔を上げくれますか?」


 俺の怒りをよそに、矢島は余裕の顔でこっちを見ていた。それが腹立つ。


「別に僕からは灰崎くんを訴えるとか警察に通報するとかはしません。ただその、ちょっとお願いがあるんですよ」

「な、なんですか? うちのバカ息子の罪を償うためならなんでもします!」

「灰崎くんと、僕の家で二人きりで話をしたいんですけど、いいですか?」

「は、はあ……」


 親父は矢島の要求に首を傾げながらも、俺に厳しい目を向けた。


「いいか、お前のやったことは絶対に許されることじゃない。矢島くんとよく話し合って、自分のしたことの罪の重さを実感し、しっかり謝ってこい! いいな!」


 そう言われても、親父だって矢島の要求の意図が理解できないのは同じなはずだ。そんなヤツに謝ったって仕方ないだろうが。

 文句を心の中にしまいつつも、俺と矢島は親父の車に乗せられて矢島の家に向かった。




 矢島の家はボロボロの一軒家だった。本人に似て、みすぼらしさを感じさせる家だ。


「じゃあ、話し合いが終わりましたら連絡をください」


 そう言って親父は矢島に連絡先を渡し、車で帰っていった。

 しばらく無言でいたが、矢島は玄関を開けて俺に手招きする。


「上がってよ」


 なんで俺が矢島の言うことを聞かなきゃならないんだ。というかコイツ、何が目的なんだよ?

 理解できない。できるはずもない。そうだ、コイツはそもそも理解できない生物なんだ。人間の論理で動いてない。


「そんなに警戒しなくたって大丈夫だよ。実はさ、灰崎くんに謝りたいことがあるから家に上がってほしいんだ」


 矢島はそう言って悲しそうに目を伏せた。なんだ、もしかしてようやく自分が周りに、そして俺に迷惑をかけてたってことに気づいたのか。それなら上がってやるか。

 玄関に上がると、家の中は薄暗くて明かりも最低限しかなかった。そのまま居間として使ってそうな和室に通されたが、なぜかめちゃくちゃ暑い。隅を見ると、古い石油ストーブが運転していた。まだそんな寒くないだろうが。なんでストーブつけてるんだよ。

 そう思ってると、矢島はどこかに電話をかけ始めた。


「ちょっと待ってて、電話してくるから」


 そう言って居間を出て行って何か話し込んでいた。

 なんだコイツ。謝りたいことがあるんじゃなかったのかよ。文句はあったが、矢島は数分で戻ってきた。


「うん、お待たせ」

「それで、謝りたいことってなんだよ?」

「あー……そうだねえ。その前にさ、灰崎くんって周りの目を気にするタイプだよね?」

「あ?」

「君の考え、理解できるよ。君って周りの人を『理解できない』のを自分だけだと思いたくない人でしょ? でも、誰かを理解するための勉強とか努力はしたくない。だから『理解できない』のをみんなの共通認識にして、自分は何もしないまま優位に立ちたい人でしょ? 違う?」

「なんだよお前。わけわかんねえこと言うなよ」

「あれ、図星だった?」

「お前に俺の考えが理解できるわけねえだろうが!」

「うん、そうだね。君だって僕のこと『理解できない』もんね」


 ふざけんな。矢島ごときが知った風な口をきくな。お前は理解できない低能だ。俺がお前を理解できないのはお前が低能だからで、お前が俺を理解できないのもお前が低能だからだ。

 ダメだ、コイツはダメだ。矢島のような理解できないヤツが俺の前でのうのうとのさばってるのが許せない。理解できないヤツは排除されて当然だ。まともな人間なら理解できないヤツを切り捨てて当然だ。矢島は切り捨てられて当然の存在なんだ。

 そうだ、俺がこんなヤツに負けるはずがない。ちょっと殴れば泣いて謝るはずだ。そうだ、殴れ。殴ってしまえ。殴ればすぐ謝る。


「それでさ、君に謝りたいことなんだけど」


 その時矢島は……


「君の考えを見透かして、利用しちゃってごめんね」


 その顔に俺を心底見下したような笑顔を浮かべた。


「てめえ、ふざけ……!」


 だが、俺が怒りを爆発させて矢島に掴みかかろうとした直後。


「ぐべっ」


 頭の後ろに、今までに感じたことのない痛みが生じて、そのまま何も見えなくなった。

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