第5話 晒し者


 井口いぐちは約束通り、矢島やじまと一緒に学食に向かった。あんなヤツにメシを奢るなんて何を考えてるんだろうか。

 ムカつく、ムカつく。結局は井口も矢島と同類だったんだ。理解できない思考回路を持ってたんだ。今までずっと俺を騙してやがったんだ。

 思い返してみれば、井口の理解できないところはいくつもあった。別に強いわけでもないサッカー部の練習に熱中してるし、そのくせ成績がいいわけでもないし、なにより俺がアイツのために矢島や引田ひきたを懲らしめてやろうと提案したのに、アイツはそれを拒否したんだ。

 教室の後ろ側では、浜野たちが弁当を食べながらスマホを見ていた。コイツらは井口に何も感じないんだろうか。

 いや、そんなはずはない。それを確かめるために声をかけてみた。


「おい、浜野はまの

「え、なに?」

「井口のヤツ、おかしいよな。なんで矢島なんかと一緒にメシ食ってるんだろうな。理解できないだろ?」


 俺としては当然のことを言っている。矢島と仲良くするヤツの気が知れない。浜野だってこの間から俺の意見に同意していたんだから、この話に乗ってくるはずだ。


「……いや、まあ、いいんじゃない? 井口くんが決めたんだし」

「ああ?」

「だから、井口くんが矢島に謝って、お詫びとしてご飯奢ってるんでしょ? 別におかしくないじゃん。……本当は私も謝らなきゃだけど」

「なに言ってんだよ? お前だって矢島のこと理解できないキモいヤツだって思うだろ?」

「そうだけど! あのさ、わかんない? 井口くんがもう矢島と仲良くしちゃってるの! だったらもうあんまり変なこと言えないでしょ!」

「なんだよお前、理解できねえな」


 だが俺の言葉に対して、浜野は食ってかかってきた。


「前から思ってたけどさ、アンタって『理解できない』こと多いよね」

「は?」

「ていうか、『理解できない』っていうのをちょっと誇ってない? ハッキリ言うけどそれってかなりイタいよ。『ボクは何もわからないですー』って甘えてる子供と同じだからね? わかってる?」

「誰がガキだよ!」


 ダメだ、浜野も俺が思っていたよりバカだったようだ。俺の言葉が理解できないらしい。

 だが、他のヤツなら俺に同意するはずだ。浜野以外の女子は俺の言うことがわかるはずだ。


「ねえアンタさ、もしかして今まで私がアンタの話に乗ってあげてたのも気づいてないの?」

「乗ってあげてた?」

「井口くんと仲良いからアンタとも話してあげてただけで、別にアンタとはそんなに話したくないの。つーかアンタも矢島と大差ないくらいキモいじゃん」

「はあ!?」

「え、もしかして本当に気づいてなかったの? 井口くんの隣にいるから見逃されてただけだよ? そうだよねえ?」


 浜野が周りの女子たちに目配せすると、そいつらは俺に嫌悪の視線を向けた。


「そういうことだから。とにかくもう話しかけないでよ、アンタキモい上に話つまらないんだから」


 浜野たちが下品に笑うのを見て、俺はコイツらとは話にならないと見限り、さっさと教室を出た。



 そういえばまだ昼飯を食べていない。井口たちに出くわすかもしれないが、学食に行くしかないか。

 学食はピーク時間を過ぎていたからか、あまり並んでいなかった。窓側の席を見ると、井口と矢島、それに引田が一緒にメシを食っている。

 その時、矢島と目が合うとアイツはこっちに手を振ってきやがった。それに反応して引田と井口も俺の方を見る。無視しようとしたが、逃げていると思われるのも癪なので、あえて隣に座ってやった。


灰崎はいざきくん。今からご飯なんだ。忙しかったの?」

「別に」

「ああ、そうか。混んでる時間帯を避けたんだよね。わかるよ、僕も並ぶの好きじゃないからさ」


 ふざけんな、お前が俺を理解しようとするんじゃねえよ。

 矢島ごときが俺と同列なはずがない。コイツに俺と一緒の要素があるわけがない。にも関わらず、コイツは俺を理解したかのようなことを言いやがった。許せるはずがない!


「ね、引田くんさ、僕と灰崎くんって割と似てる要素あるのかもね」

「え、そうか?」

「うん。あんまり話したことないけどさ、意外に話してみたら境遇が似てることってあるでしょ? 僕と引田くんだってそうだし」

「あー、確かにな」


 俺が怒っているとわからないのか、矢島と引田は二人で盛り上がってやがる。自分たちが失礼なことを言っていると気づく知能すらない。こんなヤツらが俺と大差ない? そんなはずがない。


 コイツらは理解できない低能だ。人間より遥か下の生き物だ。そんなヤツらが俺と対等のような口をきいていいはずがない。人間の言葉を話す権利すらない。



「あ、そうだ。引田くんさ、昨日銀行でお金おろしてきたから、今日は払い込みに行くよ」

「そういえばその日か」

「払い込み? ……ああ、さっき言ってたやつか」

「そうそう。ロッカーに入れてあるから」


 矢島の言葉に引田と井口は何か納得したようなことを言っていたが、俺にはなんのことかわからない。

 だが俺は、ある策を思いついた。


「ちょっと俺、用事思い出したからもう行くわ」

「え? うん、じゃあまたね」


 矢島の言葉を無視して、さっさと食器を返却して急いで教室に戻った。




 教室の後ろには扉付きのロッカーがある。矢島がさっき言っていたのはそれのことだろう。そして矢島は不用心にもそのロッカーに金を入れていると口にした。

 ロッカーには扉はあるがカギはかからない。だから俺が矢島のロッカーを開けることなど造作もない。何に使う金なのかは知らないが、俺はそれを利用して矢島たちの仲を引き裂くことにした。


 そう、矢島の金を引田のロッカーに入れて、引田を犯罪者にしてやるのだ。


 ついでにちょっと中身もいただいてしまおう。いくらあるのか知らないが、合計金額は矢島しか知らないし、足りなかったとしても引田のせいになる。


 教室ではまだ昼休み浜野たちが騒いでいた。だがコイツらが俺の素早い動きに気づくわけがない。俺が矢島のロッカーを開けても誰も咎めるヤツなんていなかった。

 中を見てみると、矢島らしく汚い筆箱やボロボロのエコバッグなどが入っていたが、その上にわずかに厚みがある茶封筒が入っていた。

 あった、これだ。コイツを引田のロッカーに……


「おい、何してんだよ」


 だが、俺の手は横から聞こえた大声を聞いて止まってしまった。


「え? ひ、引田?」

「何してるんだって聞いてんだよ。そこ矢島のロッカーだよな?」

「あ、いや、違う、これ、間違え……」

「間違えるわけねえだろうが! おい、その手に持ってるの見せろ!」


 引田は俺の腕を掴み、茶封筒を確認する。


「お前……! 盗もうとしたのか!?」

「ち、ちが、ちがうって! 俺じゃない!」

「俺じゃないってなんだよ! お前しかいねえだろうが!」

「い、井口が、その、井口がやれって!」

「……てめえ、いい加減にしろよコラァ!」


 怒号と共に、俺の視界には点滅した光が飛び込んだ。い、痛い、痛い。


「てめえはいつもいつも、何もしねえくせに周りバカにしやがって! だから嫌いなんだよ!」

「や、やめ、やめて……」

「ああ!? まず謝れや!」

「ひ、ぐうう……」


 痛みと同時に両目から涙が溢れてくる。なのに誰も俺を助けようとしない。

 なんでだ、俺が殴られてるんだぞ。俺は何も悪くない。一方的に殴られてるんだ。

 理解できない。なんでみんな俺を助けないんだ。俺はお前らを助けなくてもいいが、お前らは俺を助けるべきだろうが。


 だが教師が助けに来る十数分もの間、俺は引田以外の誰にも声をかけられず、ただ晒し者になるだけだった。

 

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