第8話 義憤


 矢島やじまに助けられて数日経ち、俺たちは学校の休み時間に会話するようになった。


「そういえばお前ってバイトしてるんだな」

「うん、お金がたくさんいるんだよね」


 話を聞くと、矢島の両親は既に亡くなっていて父方のじいさんと古い一軒家で二人暮らしだという。しかしそのじいさんも年齢のせいで体調を崩して満足に動けず、じいさんを養うために矢島はバイト漬けの日々を送っているそうだ。


「昼ごはんもスーパーで割引になった菓子パンで済ませちゃってるんだよ。これくらいしか買えないから」


 そう言って小さく笑う矢島の言葉に、俺は親近感を覚えた。

 俺もそうだが、矢島のカバンも靴もボロボロで使い古されている。新品を買う余裕がないので、じいさんの知り合いからもらったお古を使っているとのことだ。バイト漬けであるため服やカバンを洗濯する時間も満足に取れず、制服が黒ずんでいるのはそのせいだった。

 矢島は俺と同じく、学校内で浮いていた。小太りで清潔感もなく、誰とも仲がいいわけでもない。特に女子は矢島のことを気持ち悪がっているようだ。

 だが俺は矢島に心を許しつつあった。コイツの事情を知ったことで、俺に似たところがあると思ったからだ。家族にも学校にも居場所がない。そんな境遇が似ていると思ったからだ。


「それより引田ひきたくんの方は大丈夫なの? もうあの人たちとは会ってないんだよね?」

「元からアイツらは友達ってわけじゃねえよ。向こうだって俺の自宅も学校も知らないはずだ。連絡先をブロックすれば終わりさ」

「そう、よかった。偉そうなことは言えないけど、引田くん優しいから繋がりを切るのに迷ってるかなって心配してたんだよ」


 話してみると、矢島は口数が少ないわけでもないし、会話が下手なわけでもない。むしろ俺を気遣ってくれるし、理解しようとしてくれる。

 それが嬉しかった。俺の事情を知ってくれている人間がいることに安心感を覚えた。だから俺の方も、矢島のことを少しでも理解してやりたい。


「ところで、バイトって何やってるんだ?」

「メインでやってるのは倉庫の仕事だよ。飲食店とかコンビニとかだと、僕の見た目じゃあんまりって感じだからね……」

「あのさ、お前がやってるバイトって、俺もできそうか?」

「え?」

「俺もお前と一緒のバイトしたいんだ」


 どうせ家に帰っても居場所なんてないし、かと言ってもう路上でケンカする毎日もゴメンだ。せっかく矢島が助けてくれたんだから、俺はコイツの力になりたい。


「うーん……ウチは人手足りてるって言ってから無理かな……」

「そ、そうか」

「たださ、バイト探してるなら僕もちょっと求人探してみるよ。良さそうなのあったら紹介するから」

「あ、ああ! 頼んだ!」


 俺のために行動してくれると言った矢島を見て、久しぶりに人間と会話した気分になれた。



 数日後。


「……はい、はい。それでお願いします。あ、あの、お金は今週中には振り込みますので……」


 矢島は昼休みの教室でどこかに電話をかけていた。だが通話の内容が気になる。『金を振り込む』ってなんだ?

 もしかして、あの金髪のグループが矢島に目をつけたのか? いくらなんでもアイツらが矢島にたどり着けるとは思えないが、もしもということもある。

 いてもたってもいられず、俺は通話を終えた矢島に声をかけた。


「おい、矢島!」


 心配のあまり大声になってしまったが、まあ仕方ない。


「え、どうしたの引田くん」

「ちょっと来いよ」

「う、うん……」


 さすがに教室で話していたら誰が聞いてるかわからない。廊下の端に行けば誰もいないだろう。


「それで、どうしたの?」

「さっきの電話はなんだ? もしかして、この間のヤツらに脅されてるのか?」

「え? いや違うよ。訪問ヘルパーの人に電話してたんだ」

「訪問ヘルパー?」

「うちのじいちゃん、結構しんどいみたいだからさ。訪問ヘルパーの人に来てもらってるんだよ。次に来る日について話してたんだ」

「じゃあ、『金を振り込む』ってのも?」

「うん、介護の料金のことだよ」


 なんだ、脅されてたわけじゃなかったのか。よかった……

 安心した俺だったが、代わりに別の感情が芽生えてきた。


「なあ、その金ってお前のバイト代から出してるのか?」

「え? まあ全額じゃないけど、足しにはしてるよ」

「……すごいよな。だってよ、俺もうちのクラスのヤツらも、そこまで家族のために尽くしてるヤツなんていないぜ? でもお前は日夜じいさんのために働いてるんだろ? やっぱり矢島はすげえよ」

「え? ……いや、そんなことないよ」


 なんてことないように笑う矢島だったが、俺には少し無理をしているように見えた。


「でも、あんまり無理はするなよ。俺が家族と上手くいってねえからかもしれねえからこう思うのかもしれねえが、いざとなったら家族が頼りになるとは限らねえからな」

「うーん、まあ、これは僕とじいちゃんで決めたことだし、大丈夫だよ」

「それならいいけどよ。何かあったら俺に言えよ」


 矢島のじいさんがどういう人間かは知らないが、矢島をここまで立派なヤツに育てたんだから、きっといい人なんだろう。だけど矢島があまり無理をしているようなら、俺はすぐに駆け付けるつもりでいる。


「うん、ありがとう。とりあえず教室戻ろうか」

「おう」


 とりあえず教室に戻って自分の席につくと、矢島は机の上を不思議そうに見ていた。

 何かなくなったのかと思ったが、そういえば俺が声をかけた時、矢島は昼飯のパンを机に置いていた気がする。だが今、机の上にはなにもない。まさか誰がに隠されたのか?

 声をかけようかとも思ったが、矢島は何事もなかったかのように席に座ったので、もしかしたら記憶違いかもしれない。そう思ってた。


 だがその時、教室の後ろの扉から入ってきたヤツが矢島を背後から睨みつけていたのを見た。


 コイツは……確か灰崎はいざきっていったか? ああそうだ、何かと周りを『理解できない』とか言って見下すくだらねえヤツだ。そのくせ『理解できない』という価値観を周りと共有させないと不安で仕方ないのがバレバレのヤツだ。

 俺のことも陰で見下しているのはわかってたが、正面切って俺に何か言ってくる度胸はないから、殴る価値もないと思っていた。だがもし、コイツが矢島を攻撃するつもりなら話は別だ。


 あんなくだらねえヤツが矢島を陥れるなんてあってはならない。もしそうなったら、徹底的に叩き潰してやる。

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