第3話 激怒
何が起こった?
目の前の光景を説明するなら、
だけど井口を殴ったのは、ヤンキー崩れの
「ふーっ、ふーっ……」
引田は怒りの形相で息を荒げながら身体を震わせている。いくら考えても、コイツが井口を殴る理由が思い当たらない。ましてやここまで怒りを抱く理由なんてわかりようがない。
「なに、すんだよ……!!」
一方で井口も殴られたことで怒りの声を上げた。当然だ、いきなり部外者に殴られてムカつかないわけがない。
「ふざけんな、いきなりキレてんじゃねえぞ!」
怒鳴りながら井口が引田に掴みかかった。おいおい、マジで殴り合いになるぞこれ。
「おい! 何をやってる!!」
だが引田が応戦しようとしたと同時に、教室内に担任教師の太い声が響き渡った。掴み合ってる二人を見て、すぐ制止に入る。
「お前らこれはどういうことだ! 離れろ!」
教師によっと引き剥がされた井口と引田はお互いにまだ睨み合いながらも、それ以上手を出そうとはしなかった。
一方で矢島は不安そうな目で引田を見ていた。そうだ、状況から考えれば引田は矢島を助けたとも取れる。
「引田! それに井口! お前らはこっちに来い! 他の生徒は教室で待機していろ! ホームルームは代わりの先生にやってもらう!」
教師によってその場は収められ、井口たちは教室の外に連れ出されていった。
十分後。
「……」
教室内では誰も一言も喋ることなく、苦痛な時間が過ぎていく。その中で俺はさっきの出来事を思い返していた。
俺としては井口が矢島に詰め寄れば、アイツのことだからキョドって気持ち悪いことを言って周りを白けさせるのは誰だって予測できる。だから俺は井口を
だが、引田が井口を殴るのは予想外だった。ていうか、アイツは何であんなにキレてたんだ? いくらなんでも矢島のことであんなにキレる人間がいるはずがない。だから井口を殴ったのは何か別に理由があるはずだ。
だとしても、現状じゃこれ以上推測するのは無理だ。そもそも引田のようなヤンキーもどきの考えなんて理解できるわけがない。アイツは俺たちのようなまともな人間とは全く違う論理で生きている。そうでないとヤンキーになろうなんて思うはずもない。
こんなことを考えても無駄だ。それより早く帰りたい。
「あ……スマホあった!」
「え、なになに? 結局どこにあったの?」
「カバンの奥深くに入ってた! よかったー……」
教室の中央で、
「で、でも、私のせいで井口くんが殴られちゃったし、謝らないといけないよね?」
だが浜野がそんなことを言いだしたのを聞いて、俺はあることを思いついた。
「なあ浜野、引田のヤツ許せねえよな」
「え?」
浜野に声をかけると、なんのことかわからないといったように目を丸くしていた。なんで今のでわからねえんだよ。言わないとわからないんだろうか。
「だってそうだろ。井口はお前のスマホを探していただけで何も悪くないのに、いきなり殴られたんだぜ? 意味わかんねえだろ?」
「た、確かにね……」
「な? それに矢島にも謝らせようぜ。元はと言えば疑われるようなことをした矢島が悪いんだからよ。というか、井口が殴られた直後に謝るべきじゃねえのか? アイツまだ井口にもお前にも謝ってねえだろ?」
俺の言葉を聞き、浜野の顔にどんどん怒りの感情が表れた。
「言われてみたら、なんで矢島なんかのせいで井口くん殴られなきゃなんないんだろ。腹立ってきたね」
そうそう、矢島のような理解できないヤツがいると、まともなヤツの不利益になる。浜野もそれがわかってきたようだ。
「はい、みんな揃ってる? 遅くなったけどホームルーム始めるね」
担任の代わりに別の女性教師がホームルームを行い、この日の授業は終わった。
翌日。
学校に来ても井口と引田の姿はなかった。朝のホームルームで井口は病院に行くために欠席だと伝えられたが、引田については何も伝えられなかった。まあ、みんなの目の前で暴力事件を起こしたのだから謹慎にでもなったんだろう。もしかしたら停学になってるかもしれないが、ヤンキーにそんなことを気にする知能があるはずもない。将来に響くなんてことに気づくことなく、学校からいなくなればいい。
それより矢島だ。アイツは普通に学校に来ているし、相変わらず汚い姿を俺たちの前に晒していて見るだけで不快だ。なんであれだけの迷惑かけておいて普通に学校に来れるのか理解できない。
コイツがいるだけで学校の雰囲気が悪くなる。だからみんなのためにいなくなればいい。
昼休み。
「井口くん、本当に可哀想だよね」
「マジその通りだよ。つーか矢島が休めって話だし」
浜野は友達の女子と共に矢島の文句で盛り上がっていた。矢島は浜野たちとは少し離れた席で今日も菓子パンを齧っていたが、聞こえていないはずがない。内心では浜野たちの会話が気になって仕方ないだろうが、あえて興味ないフリをしているようだ。
だが矢島は教室から出ることもできない。出てしまえば浜野たちの会話を聞きたくなくて逃げたとバレるからだ。このまま浜野たちが矢島を糾弾していけば、そのうちアイツは自分がこのクラスの異物だと思い知るだろう。そうなるのが楽しみだ。
だがその時、教室内に予想外の光景が飛び込んできた。
「え、あれ、引田……?」
誰かが小声でつぶやいた通り、教室内に入って来たのは引田だった。なんでアイツがここに? 謹慎になったんじゃないのか?
俺の困惑をよそに、引田は怒りの形相で浜野たちに近づいていた。
「な、なによ引田。なんか文句あんの?」
「お前らか? 矢島に変な言いがかりつけたのは?」
「言いがかりって、なんのことよ?」
「矢島がお前のスマホ盗んだって井口を
なんだなんだ? 引田のヤツ、マジで矢島に疑いがかかったことに対してキレてるのか?
だとしたら理解できない。あんな汚らしいヤツのために動くなんて異常だ。やっぱりコイツは俺たち普通の人間とは異なる論理で生きている。そうじゃないと今の行動の説明がつかない。
「そんなの、矢島がさっさと自分のスマホを井口くんに見せなかったのが悪いんじゃん! 疑われるようなことするからでしょ!」
「なら今お前が手に持ってるのはなんだ? お前のスマホだよな? それは矢島が持ってたのか?」
「それは……私のカバンに入ってたけど……」
「だったらまず矢島に謝れよ。なに逆ギレしてんだ?」
「はあ!? なんで私が謝らなくちゃなんないの?」
浜野の怒りは当然だ。疑われるようなことをした矢島が悪いし、そもそも俺たちが矢島に謝るなんてことはあり得ない。そんな道理も理解してないのか?
「ふざけんじゃねえぞ……お前ら!」
「ひっ!」
だが引田はそんな道理が通用する相手じゃなかった。机を叩いて今にも殴りかかりそうだ。
「引田くん、やめなよ」
そこに割って入ったのは矢島だった。
「僕は別に気にしてないからさ。浜野さん怖がってるし、もうやめてあげてよ」
「だけど、こいつらはお前を……!」
「浜野さん、ごめんね。でも引田くんって根はやさしい人だから、許してくれないかな?」
「え、あ……」
「ね、引田くん。もう終わったことだし、井口くんとも和解したんだから、ここは抑えて、ね?」
「……わかったよ」
矢島の言葉になぜか引田は引き下がり、呆然とする浜野を置いて二人は教室から出て行った。
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