第2話 スマートフォン
俺は
せっかく汚いパンを片づけてやったわけなんだから、みっともなく騒いで俺に無様な姿を見せるべきなのに、アイツは何事もなかったかのように平然を装ってやがった。
理解できないと思ったが、きっと内心ではパニくってるに違いない。そうだ、アイツはパニくってるのを隠したいから周りに何も言えずにいるだけだ。
俺は
「なあ井口、矢島のヤツ『自分は何も気にしてませんよ』みたいなツラしてるけども、内心ビビってるのまるわかりだよな。バレてないとでも思ってんのかな」
「え? あー……確かにな」
井口が俺の意見に同調したのを見て、
「井口くんもそう思うよね!? 矢島ってただビビってるだけでしょ」
「アイツのことはよくわかんねえよ」
「いやー、でもなんでここで『もしかして自分の行いがまずいからみんなに嫌われてるんだ』と気づいて、こっちに謝ってこないかね? 理解できないわー」
「そうだよね? 私らに謝ってこいっつー話だし」
「あー、灰崎さ。次の時間化学だったよな? ちょっとわかんねえところあるから教えてくれるか?」
井口は化学の教科書を取り出して、俺に質問してきた。コイツは部活に精を出し過ぎて成績がそんなに良くないので、俺が勉強を教えることがたまにある。井口とは高校に入ってからの付き合いだが、サッカーがなんでそんなに面白いのか理解できない。どうせプロになれるわけじゃねえんだから、ちょっとでも成績上げる努力すればいいのに。
とはいえこんなヤツでも女子連中にはモテるようで、井口の周りには浜野をはじめとした女子連中が毎日のように迫ってきている。さっきのように俺と井口の会話に浜野が割って入るのも珍しくはない。
「それで、わかんねえところってのは?」
「えーとな、このよくわからん計算式みたいなやつのところなんだけど……」
井口の質問に適当に答えながら、昼休みは過ぎていった。
その後、六時間目の授業が終わり、今日もあとはホームルームを残すのみとなった。
時間まで井口と共に最近始まったソシャゲの話でもしようかと思ったら、浜野が何か焦った顔をしてこっちに来た。
「ね、ねえ井口くん。私のスマホ見なかった?」
「は? いや、見てないよ」
「灰崎くんは?」
「見てねえよ」
俺たちの返答に顔をさらに青くしてキョロキョロとあたりを見回している。どうやらスマートフォンを無くしたらしいが、俺たちが知るわけもない。なんでそんな大事なものをちゃんと管理してないのか理解できないが、コイツにそんなこと言ったところで無駄だし、関係ないと思っていた。
「浜野のスマホって、あの白いカバーのやつだよな? 教室からは持ち出してないのか?」
「持ち出してないよ。授業中はずっとカバンの中だったし……」
「カバンの中ひっくり返してもう一度探してみろ」
「さっきやったけど……なかったよ」
「じゃあ、俺も探してやる。教室内を探せばいいんだな?」
一方で井口は浜野のスマホ探しに協力するみたいだ。なんでそんなことわざわざやるのかね。無くしたヤツがバカなんだから放っておけばいいのに。理解できないわ。
だが、俺の頭はこのトラブルを上手く利用する手段を瞬時に思いついていた。
「なあ、白いカバーのスマートフォンって言ったよな?」
「え? うん。模様とかない、白いカバーだけど」
「矢島のカバンに入ってるあれってそうじゃないか?」
「え?」
俺が示した先には、机にかかった矢島のボロボロのカバンがある。そしてそのサイドポケットには、確かに白いスマートフォンが入っていた。
ただ、確か矢島のスマートフォンも白いカバーがつけられていた。おそらくあれは矢島本人のものだろう。
だとしてもそんなことは関係ない。問題は矢島という人間が他人のスマートフォンを盗まない人間だと思われているかどうかだ。
答えはノー。あんな気持ち悪くて理解できないヤツなら、他人の物を盗んでも不思議じゃない。
そして浜野は俺と同じ結論に達していた。
「あ、あれじゃない? ねえ、あれだよきっと」
「本当か? いや、いくらなんでも矢島が盗んだなんて……」
井口はこの期に及んで矢島の肩を持とうとしている。なんだよ、この状況ならどうするべきかわかるだろ。さっさと矢島追い込めよ。
「おい井口、ちょっと矢島に聞いて来いよ」
「は?」
「あの、私からもお願い! ちょっと聞いてきて! いくらなんでも直接話すのは怖いよ!」
「……わかったよ」
俺と浜野の頼みを受け入れたのか、井口は少し嫌そうな顔をして矢島に近づいた。
「なあ矢島」
「なに?」
「お前のカバンに入ってるそれ、浜野のスマホじゃないよな?」
「え? いや、僕のだよ」
そう言いながら、矢島はキョドった動きでカバンを抱える。そんなんだから疑われるのに。そういうとこだぞ。
だが俺は内心の笑いを隠しながら、井口と矢島のやり取りを見守った。
「お前のだったらちょっと見せてくれるか? ちょっと確認したいから」
「あ、いや、それはやめてくれる? これ大事なものだから……」
「なんだよ。お前のだったら見せられるだろ」
「ダメだって。これ本当に大事なものだから。勘弁してよ」
バカだな、素直に見せれば疑いはすぐ晴れるのに。目先のことしか考えられねえのかよ。理解できないわ。
だとしても俺にとっては好都合だ。これでアイツが浜野のスマートフォンを盗んだという疑いが強まった。上手く行けば矢島をこのクラスから追い出せる。
理解できないヤツは近くにいてほしくない。ああいうヤツはこの教室から出ていくべきなんだ。
「じゃあ、渡さなくてもいいから見せてくれ。お前が持ってればいいから」
「それは……」
「なんだよ、できないのか!?」
しめた。ああいう歯切れの悪い返答をすると、井口はイライラしてしまうタイプだ。教室内を見渡すと、他のヤツらも矢島を白い目で見ている。これでもう矢島はスマホ泥棒確定だ。
あとは教師が来て、適当なことを言って矢島が盗んだようなことを言えばいい。
だが、そう思って教室の入り口に目をやった直後。
「ぐっ!?」
突然、くぐもった声と共に、井口が教室の壁に叩きつけられていた。どうにか棚を手で掴んで、床にへたり込むのは耐えていたが、まだ自分に何が起こったのかわかってないようだ。
俺もまだ何が起こったのか理解できてない。まさか矢島か? いや、そんなわけがない。アイツが井口を殴るなんて大それたことをできるはずがない。
俺が矢島に目を向けると、そこには……
「……」
無言ではあるが、怒りの形相で井口を睨みつける
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