理解できない

さらす

灰崎

第1話 パン


矢島やじまってホント、理解できねえよなあ」


 昼休みの学食で俺はクラスメイトの井口いぐちに対して常日頃から思ってる話題を振ると、向こうも少し笑いながら頷いた。


「あー、確かにな。上手いこと言えないけど、なんかズレてるんだよな」

「そうそう、わかるだろ? まずアイツって一言で言えば汚らしいんだよな。カバンとか見たかあれ? 見た目からしてすげえボロボロじゃん」

「確かに、カバンもそうだし靴もそうだよな。てか、ワイシャツも黒ずんでるよな。洗ってないんじゃないのかってくらい」


 井口はサッカー部であるため、練習着や制服、カバンや用具をこまめに洗っていると以前言っていたので、汚らしい矢島に対するムカつきは俺と同じだろうと思った。


「だよな、そのくせなんか周りに遠慮しないのが理解できねえんだよ。普通は自分が汚いってわかってたら、もっと配慮するだろ? なのにアイツ、平然とみんなの傍に寄ってくるから臭いんだよな」

「まあなあ」

「ていうかアイツ、服が汚い上にちょっと太ってるじゃん。昼もなんか教室で菓子パン食ってるし。やばいって思わないのかね。その感覚わかんないわ」


 井口と話していくうちに、矢島へのイライラがどんどん湧き上がってきた。理解できないことをするヤツは基本ムカつくから仕方ない。


「井口くーん、隣いい?」

「おお、浜野はまの。座れ座れ。灰崎はいざきもいいよな?」

「ああ」


 浜野は俺の返事を聞いた直後に井口の横に座る。ブラウスの第二ボタンまで開けて、耳にピアスの穴が開いているその姿は、不良というわけじゃないが真面目な女子高生というわけでもない。浜野は月見そばを一口啜った後、井口を見ながら話し始めた。


「あのさあ、矢島の話してたよね?」

「ん? そうだけど、何かあったか?」

「さっき矢島が教室で見たことない菓子パン食べててさ、すごい食べカス散らかすからめっちゃムカついたんだけど! アイツマジでないよね?」


 思いがけず矢島の話題を出してきたので、俺もすかさず同調してやった。


「なんだ、浜野もそう思ってるんじゃん。理解できねえよなアイツ」

「だよね! それでさ、どこかに電話してて、電話の内容ちょっと聞いてたらさー。『あ、あの、今週には払えますんで』とかなんかキョドった声で言ってたんだよね。アイツもしかしてカツアゲされてんじゃない?」

「あり得るな。俺がヤンキーだったら絶対アイツ狙うもん」


 そこまで話を進めて、俺は一つの可能性に思い当たった。


「ていうかさ、矢島をカツアゲしてるのって引田ひきたじゃねえの?」


 俺の頭に浮かんでいたのは、同じクラスにいる身体のデカいヤンキーもどきの顔だった。


「あー、かもね。ていうかさ、引田ってこの間補導されたって本当?」

「そう聞いたぜ。まあ、アイツなら不思議じゃねえよな」


 俺たちが通う高校は公立ではあるものの、別に荒れた学校ってわけでもない。だが引田は遅刻欠席が多くて成績も悪く、何かとキレてクラスのオタクをビビらすので、学校内でも浮いた存在だった。


「ていうか、バカの癖にヤンキーになるとかお先真っ暗じゃん。バカならむしろ必死こいて勉強しなきゃ誰にも相手されないのに。なんでヤンキーに憧れちゃうかね。理解できないわ」

「まあまあ、それくらいにしとけよ灰崎。俺もうメシ食い終わったし、教室戻るわ」

「あ、井口くん戻るなら私も行く、ちょっと待ってて」


 浜野は大急ぎでそばを啜り、俺と井口と一緒に教室に歩いて行った。



 教室に戻ると、矢島は相変わらず教室のど真ん中でパンを齧っていた。確かにアイツの席はそこだが、休み時間くらい身の程を弁えて隅にどいてほしい。

 井口は構わず窓側にある自分の席に戻ったので俺も戻ろうとしたが、突如として大声を張り上げるヤツがいた。


「おい、矢島!」


 声に反応してそっちを見ると、引田がデカい身体に相応しくデカい声を上げて席に座る矢島に詰め寄っていた。


「え、どうしたの引田くん」

「ちょっと来いよ」

「う、うん……」


 矢島は食べかけのパンを袋に戻し、机に置いたまま引田と共に教室を出て行った。その光景に笑い出しそうになるも、俺はどうにか堪えて井口に話しかけに行った。


「おい、見たかよ。やっぱり矢島って引田にカツアゲされてるんだぜ」

「そうかもな。止めた方がよかったか?」

「別にいいだろ。矢島が反抗しないのが悪いんだし。ていうか食べかけを机に置くの理解できないわ。周りの迷惑考えないのかね。そういうとこだろ」

「確かに、俺も食べかけを机に置く神経はわからないな」


 俺たちの会話に同調したのか、浜野もこっちに来た。


「ねえ、マジで矢島あり得ないんだけど! きったないパン置きっぱとかマジで無理!」

「家でそういうの教えてくれる人いないのかね」


 そこまで言った時、俺はある可能性に思い当たった。


「もしかしてよ、矢島って親に見捨てられてるんじゃないのか?」


 我ながら的を射た意見だと感心した。そうだ、それならアイツがズレてるのも納得できる。


「あー、多分そうじゃない!? 井口くんもそう思うよね!?」

「確かに、普通ならそういうのは親が教えるもんな」

「だろ? それだったらアイツがボロボロのカバン使ってるのもわかるわ。あーでも、親に見捨てられてるってことは、アイツってもう高校通う意味なくね? なんでまだ来てるんだよ。理解できないわ」


 そうするとまた矢島に対するイライラが増してきた。マジで俺たちを不快にさせた迷惑料を払ってほしい。

 矢島の机に置いてあった食べかけのパンを見る。くしゃくしゃの袋に入った汚らしいパンはアイツそのものを表していると言っても過言じゃない。同じ空間にあるだけで周りに不快感をもたらすものだ。


「なあ、これマジでどこで買ったんだろうな。見たことないわ」


 指二本でパンの袋をつまむと、浜野が「ちょっと、こっち見せないでよ」と笑いながら悲鳴を上げた。矢島も戻ってこないし、こんなものが俺たちの前にあるのはムカつく。

 だからゴミ箱に放り込んで、さらに足で奥底に踏みつけて二度と見えないようにしてやった。


「よし、これでいいだろ」

「ちょっと灰崎くん、手洗ってよー」

「はは、悪い悪い」


 謝りながらも、俺の心は上機嫌になっていた。理解できないものを見なくて済むんだから当然だ。

 流しで手を洗った後に教室に戻ると、先に戻っていた矢島は不思議そうに机の上を見ていた。いくら探してもお前のエサはねえよバカ。

 しかし矢島が机を見ていたのはほんの数秒で、黙って席につくと何事もなかったかのようにスマートフォンをいじり始めた。

その光景を見ると、俺の心にまたも苛立ちが込み上げてきた。


「理解できねえわ」


 理解できないものはムカつく。コイツマジでどっか行ってくれねえかな。

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