6. あの日の僕ら2 66~70


-66 突然の吉報-


 守の笑顔、それは真帆が1日中待ちわびた瞬間だった。好美の酒による酔いからか、それとも嬉しさからか、真帆は大粒の涙を流し始めた。


守「おいおい、どうして真帆が泣くんだよ。」

真帆「だって・・・、だって・・・、ずっと守が辛そうにしてるのに、真帆は何も出来なくて・・・。」


 そう、真帆は悔しかったのだ。たった1人の肉親を亡くした恋人の為に何が出来るかずっと暗中模索していたらしい。それを聞いて守はどうするべきか悩んだ、「ごめん」と一言謝るべきかとも思った。

 その瞬間、真帆が泣き続けながら守に強く口づけした。恋人の咄嗟の行動により、守は自分が悩んでいた事などどうでも良くなっていた。そこにいた全員が空気を読んでいたのか、数分もの間、静寂が松龍の店内を包んでいた。

 ただその静寂は、遅れてやって来た正達によってかき消された。


正「おいおい、心配して急いで来てみたらこのザマかよ。でも安心したわ。」

桃「正、何でここに?!」


 桃は先程の電話の事を知らなかったので彼氏が来るとは思わなかった、しかしそれ以上に驚く理由が別にあった。


桃「あんた、1週間もの間何の連絡をよこさずに何してたのよ!!私ずっと・・・、会いたかったのに・・・。」


 正に会えないどころか声も聞けない間ずっと1人で待っていた桃に謝罪したのは正本人ではなく、まさかの父の広大だった。


広大「桃ちゃん、すまんな。こいつの電話を連絡用に俺が借りていたんだよ、充電器を忘れててな。」

龍太郎「お前は昔から変わらないな、おっちょこちょいと言うかド天然と言うか。」

正「だから、本当にごめん・・・。」

桃「そんな言葉・・・、欲しくない!!」


 桃は大声で反発すると正を強く抱きしめた、勿論その行動には今と会えなかった時の分の気持ちが込められていた。


桃「もう帰って来ないのかと思ってた、ずっと会えないとも思ってた。私毎晩、ベッドやお風呂で泣いてたんだから。」

正「ご・・・。」


 正はもう一度謝ろうと思ったが、きっと桃が望まないだろうという抵抗感を抱き、言葉が止まってしまった。


桃「また謝ろうとしたでしょ、「欲しくない」って言ったじゃない。」

正「じゃあ・・・、どうしろって言うんだよ・・・。」


 友人想いなのも、不器用なのも高校時代からずっと変わらない正には超が付く程の難問だった。


桃「黙って・・・、1つしか無いじゃない・・・。」


 桃はそう言うと両手で正の顔を優しく包み、唇を重ねた。


広大「あらま、良い物を見たぜ。これは結婚式が楽しみだな。」

正「じゃあ父ちゃん、俺達の事・・・。」

広大「認めるよ、堂々とぶつかって来い。」


 実は唯一2人の事に納得していなかった父に認められた正は懐から指輪の入った小さな箱を取り出した。それを見た瞬間、桃は泣き出してしまった。


桃「嘘・・・。」

正「桃・・・、いや鹿野瀬 桃さん。最初はその場のノリでの付き合いでしたが日に日に貴女の事が好きになっていく自分がいて怖くなってしまいました。今となっては貴女無しでは生きていける気がしません。ずっと寄り添っていて欲しい、僕と結婚して下さい。」


 プロポーズの瞬間、桃の涙は倍になっていた。桃は震えながら正に左手を差し出した。正が薬指に指輪をゆっくりとはめた瞬間、桃の涙はより一層大粒になっていた。


桃「ありがとう・・・、よろしくお願いします。」


-67 高嶺の花による幸せの連鎖-


 目の前で新たな花嫁の誕生を目の当たりにして美麗は紹興酒を片手に立ち尽くしていた、娘の様子をじっと見ていた女将は左肩に右手をそっと置いて尋ねた、勿論周りに気付かれない様に中国語で。


王麗(中国語)「どうした?寂しくなっちゃったのかい?」

美麗(中国語)「うん・・・、私も今すぐ安正に会いたい・・・、2人が羨ましい。」

王麗(中国語)「相も変わらずあんたは寂しがり屋だね、そう言うと思ったよ。」

美麗(中国語)「えっ・・・?!」


 王麗が店の出入口を指差した瞬間、安正がダッシュで店の前に現れた。これこそナイスタイミングと言えるやつだ。


美麗(日本語)「安正!!どうして分かったの?!」

安正「お前が呼んだんだろ、10分以内に来いって言ったの誰だよ!!」

美麗「私・・・、そんな事言った覚え・・・。」


 まさかと思った美麗はすぐ後ろにいた母親の方に目をやった、王麗はそれに気付くと娘に向かってウィンクした。


美麗「ママ・・・、いつの間に?」

王麗(日本語)「何年あんたの母親をやってると思ってんだい、お見通しに決まってるじゃないか。」


 母親の気の利いた行動に感動した娘は涙ながらに出入口へと走った、と言ってもほんの十数メートルなのだが。ただ本人にとっては遠かった、それが故にギュッと抱きしめた。


美麗「安正!!会えないと思ってた!!」

安正「大袈裟だよ、昨日も会ったじゃないか。」

王麗「美麗・・・、本当に安正君の事好きなんだね。」


 王麗は安心した、秀斗が亡くなってから美麗の笑顔を見る度に無理しているのではないかと心配していたからだ。安正の顔を見て心から笑っている娘の表情を見た女将は肩に重くのしかかった荷が下りた気がした。それ位、娘には幸せになって欲しいと思っていたからだ。きっと亡くなった秀斗もそう願っているはず、それも理由の1つだった。


王麗「安正君、私はあんたに謝らないといけないみたいだね。」

安正「女将さんが俺に?」

王麗「ほら・・・、結構前の事だけど店の座敷席であんたと美麗がキスしてたのを目撃して思わずあんたの事を見下してしまった事さ。」

安正「あの事か・・・、あれは俺も悪かったから女将さんが謝る事は無いよ。」

王麗「そうかい?そう言ってくれるなら安心したよ。」


 娘が心から愛している男を見下していたが故に未だに2人の事を認める事が出来ていなかった王麗は改めて美麗の気持ちを確かめたくなったので声を掛けた。


王麗(中国語)「美麗・・・、この際はっきりと聞くけどもう秀斗君への未練は残っていないのかい?」

美麗(中国語)「完全にって言ったら嘘になるよ、だって今こうやって生きているのは他でもない秀斗のお陰だもん。でもね、ずっと1人で泣いている事を秀斗が望んでいるとは思えないの。」

王麗(中国語)「確かにそうだね、秀斗君も父ちゃんや母ちゃんと同じであんたの幸せを願っているはずだもんね。」

美麗(中国語)「ママ・・・、私言っちゃって良いかな?女の方から言うのっておかしい?」

王麗(中国語)「良いんじゃないのかい?父ちゃんもあんたの事なら何だって認めてくれるはずだよ。」


 王麗は美麗の背中をそっと押した、美麗は深呼吸して涙を飲みながら語った。


美麗(日本語)「秀斗が目の前からいなくなってから、私の世界はずっと何処か陰のあるものにしか見えませんでした。正直、生きていたくなくなって秀斗の葬儀の日に部屋でリストカットをしてしまった事を今でも鮮明に覚えています。そんな私をずっと気遣ってくれていた安正には感謝しているし、これからも大好きでいさせて欲しいから言わせて下さい。

 桐生安正君、私と結婚して下さい。ずっと、隣で人生を歩ませて下さい。」

安正「えっ・・・?」


 安正が思わず王麗の方を振り向くと女将は娘の彼氏に向かってそっとウィンクした。


安正「まさか自分が逆にプロポーズされると思っていませんでした、しかもずっと遠くから見ているだけの高嶺の花だった貴女に・・・!!勿論・・・、喜んで!!」


-68 嘘がきっかけの夜-


 連続でのプロポーズがあった後で守には少し気になっている事があった、安正と美麗が本格的に付き合い始めたきっかけが香奈子の引っ越しの日に繰り広げられたドッキリだった事は覚えているがそこからどういった経緯があったか、そしてどういった進展があったかを全くもって耳にしていなかったからだ。


守「なぁ安正、ドッキリのあの日からお前と美麗(メイリー)の間にあった良い思い出の話でも聞かせてくれないか?酒の肴にでもしたいんだけど。」

安正「おいおい、こんなに美味そうな料理が並んでいるのにそれ以上の肴を俺が用意出来るとでも思うか?」

真帆「真帆も聞いてみたい、美麗(みれい)お姉ちゃんにあった幸せなエピソード。」

安正「真帆ちゃんが言うなら・・・、でも酒が不味くなっても知らねぇぞ・・・。」


 これは美麗が福来子達とドッキリを仕掛けた数週間後の話だ、安正は友人と大学近くにある鶏料理が自慢の食堂でランチをしていた。


友人(当時)「安正、最近彼女さんとどうなんだよ。今夜だってちゃんと考えているのか?」

安正(当時)「今夜って何なんだよ成久(なりひさ)、俺は今夜バイトだぞ。」


 安正の友人である加州(かしゅう)成久はちゃんと恋人の為の行動を安正がとっているか心配だった、予想はしていたがバイトを理由に元々高嶺の花と呼んでいた彼女の事を蔑ろにして欲しくは無かったからだ。


成久(当時)「ちょっと待てよ、じいちゃんに電話してみるから。」

安正(当時)「店長に?」


 そう、成久は当時の安正がバイトをしていた弁当屋の主人の孫だった。成久が片手に持った箸にチキン南蛮を挟んだまま携帯を操作して店に電話を掛けると電話に出たのは話に出て来た本人の祖父だった。


祖父(当時・電話)「お電話ありがとうございます、出来立て弁当のカシューナッツです。」


 いくら苗字が加州だからって店名の決め方が雑過ぎやしないだろうか、ただ今現在での論点は決してそこでは無い。成久は笑いを堪えながら祖父に声をかけた、その傍らで箸に挟んだままのチキン南蛮からはタルタルソースが完全に落ちてしまったみたいだ。


成久(当時)「あ、もしもしじいちゃん?今夜って忙しいの?」

祖父(当時・電話)「何だ成久か、今夜か?忙しいも何も、今日は昼営業だけにしているはずだぞ?誰か出鱈目でも言ったのか?」

成久(当時)「いや、そう言う訳じゃ無いんだけど・・・。じゃあ安正も今夜は彼女さんとゆっくり楽しんでも良いんだよね?」

祖父(当時・電話)「当たり前だろうが、俺も今夜はばあちゃんと現地に行こうと思っているからゆっくりして来いって伝えておいてくれ。」


 祖父が言った「今日は昼営業だけ」と言うのは孫に頼まれてわざとついた嘘だった、最近ずっとバイトを詰め込み過ぎていた安正に1晩位は恋人とのゆっくりとした時間を過ごして欲しいという気遣いからだ。しかし、シフト表をしっかりと頭に入れていた安正には効果が無さそうだった。

 成久がスピーカーフォンに切り替えると安正は必死の形相で話しかけた。


安正(当時)「店長、嘘を言わないで下さい。今日、俺はラスト(0:00)まで仕事が入っているはずですけど。」


 祖父と孫はまさかと思っていたがやはり安正は鋭かった、成久から電話を奪い取った安正に対して店長は成久の思惑を知っていたので何とか叶えようと必死だった。


祖父(当時・電話)「私だって人間だ、たまには人生を楽しみたいんだぞ。今夜位夫婦水入らずの時間を過ごしたって良いじゃないか、とにかく今夜は店を閉めるからお前も彼女さんとゆっくりするんだ、分かったな?」

安正(電話)「わ・・・、分かりました・・・。」


 安正から電話を取り返した成久は電話を切ると急いでメッセージを送った。


成久(当時・メッセージ)「じいちゃん、忙しい時に悪いな。」

祖父(当時・メッセージ)「じいちゃんは構わないがお前は良いのか?お前だって今夜を楽しみたいだろうに、安正君の代わりに手伝ってくれるだなんて。」

成久(当時・メッセージ)「良いんだよ、安正と違って俺は1人者だからな。」


 孫の事を不憫に思った店長は今夜の時給を2割程アップさせる事を心に誓った、そんな中で偶然にも同じ食堂に美麗が友人を連れてやって来た。


-69 いつもと違う雰囲気を楽しむ恋人達-


 美麗は相も変わらずのチャイナ服で大学の授業を数コマこなした後に友人の安倉 優(あくら ゆう)と安正達のいる食堂へと入った、2人はこの日朝から連絡を取っていなかったのでまさかこのランチタイムにこの食堂で会うとは思ってもいなかった。


優(当時)「ねぇ美麗、今日もあんたは昼限定ランチで良いよね。AとBのどっちにする?」

美麗(当時)「じゃあ・・・、Cで!!」

優(当時)「Cね・・・、何のセットだったかな・・・、ってあるかぁ!!」

美麗(当時)「それと、お腹空いてるからご飯は小盛ね!!」

優(当時)「どっちなのよ!!ボケを連発しないでよ、ツッコミが追いつかないじゃん。」


 どうやら当時、学科内で美麗はクラスのボケという役柄を担っていた様だ。その事を一切知らなかった安正は恋人を見かけてポカンとした様子だった。


安正(当時)「美(メイ)・・・、麗(リー)・・・?」

美麗(当時)「安正?!何でいんの?!」

安正(当時)「たまにはここで食うかってなったんだよ、この後授業無いから。」


 後は帰るだけになった安正は大学より自宅からの距離が近いという理由だけでこの食堂を選んでいた。


優(当時)「本当にこの人と付き合ってたんだ、じゃあ今夜も一緒に?」

美麗(当時)「いや、残念だけどバイトがあるんだって。」


 安正は淋しそうな表情を見せる彼女を急いで宥めた。


安正(当時)「それがさ、今夜休みになったんだ。夜は店閉めるって言ってたから。」


 安正の言葉に黙っていなかったのは他の誰でも無く優だった、優は安正のバイト先の常連だったそうで本人にとってはかなり重大な緊急事態が発生したらしい。


優(当時)「じゃあ今夜私が予約してる焼肉弁当は?18:00に5人ま・・・!!」

成久(当時)「待って、ちょっとこっち・・・。」


 優の言葉に焦りの表情を見せた成久は優を少し離れた場所へと連れて行った、優は成久の咄嗟の行動に驚きの表情を隠せなかった。


成久(当時・小声)「すいません、安正達に2人の時間を過ごして貰おうと嘘ついたんです。じいちゃんが言うには勿論今夜も営業しますし、焼肉弁当は肉多めで用意しますから話を合わせて頂けますか?」

優(当時・小声)「ふふん・・・、ご飯も大盛りに出来ます?」


 優のノリの良さは地元でも評判があったらしい。


優(当時)「予約・・・、明日だったのを忘れてました。それで結局美麗は今夜どうする訳?」

美麗(当時)「安正と・・・、過ごしたい・・・。」

安正(当時)「じゃあ、夕方5:00に迎えに行くよ。」


 安正は緊張していたのか自らが指定した時間よりかなり早く松龍へと到着した。


龍太郎(当時)「お前早すぎないか?まだ美麗は帰って来てないぞ。」

安正(当時)「じゃ・・・、じゃあ今何処に?」


すると丁度店の前に帰って来た美麗が声を掛けた、いつもと違って今日は純和風の装い。


美麗(当時)「ここだよ、早かったね。」

龍太郎(当時)「じゃあ、安正・・・。くれぐれも・・・。」

安正(当時)「分かりました、お義父さん。」

龍太郎(当時)「馬―鹿、まだ早いって言ってんだろ。」


 松龍からゆっくりと歩いたいつもの公園に沢山の屋台が並んでいた、ただ美麗は何よりも安正と一緒に来れたのが嬉しかった様だ。


美麗(当時)「ねぇ、何の出店から見て回ろうか?」


 楽しそうな美麗の横顔でお腹いっぱいな気分の安正、顔を赤らめながら質問に答えた瞬間は少し歯痒い気持ちでいた。


安正(当時)「じゃあ・・・、綿菓子で。」

美麗(当時)「良いよ・・・、美味しいもんね。」


-70 嫉妬の矛先-


 2人は綿菓子の屋台から数メートルに渡り伸びる行列に並んで自分達の順番を待っていた、十数分経過してやっと自分達の番が近づいて来た時に恋人たちはある事実に気付いた。


安正(当時)「結構大きいね、どうしようか。」

美麗(当時)「お腹いっぱいになっちゃったら他の屋台を楽しめなくなっちゃうね、最初から困ったな・・・。」


 2人は数分の間黙り込んだ後に互いを見つめ合って声を掛けた。


2人(当時)「半分こしようか。」


 顔を赤らめながら手を繋いで待つ恋人達の様子からは初々しさも見て取れたのだが、互いが同じことを考えていた事による照れと嬉しさで2人の顔はもっと赤くなった。


美麗(当時)「もうすぐだね、甘い良い匂い・・・。」


 それから数分経過して2人の番まであと2組となった、ここまで近づくと屋台の中の様子を伺えたのだが見た目からしてどう考えてもヤクザ者の幹部と言える40~50歳代の男性と下っ端らしき20~30歳代の男性の2人で営業している様だった。ただ周囲でこの屋台の綿菓子を楽しんでいる客たちは本当に美味しそうに食べていた、どうやらこの屋台は当たりの人気店らしい。

 そして2人の番となった、注文は「下っ端」の方が受け付けている様だ。


下っ端(当時)「いらっしゃい、2つで良いかい?」

安正(当時)「いや、1つでお願いします。」

下っ端(当時)「何でだよ、ケチくせえ事言うなよ。」


 すると隣で見事な綿菓子を作っていた「幹部」が「下っ端」を怒鳴った、2人の様子から恋人たちの意図を汲み取ったのだろうか。


幹部(当時)「サブ!!余計な口たたいてんじゃねぇ!!」

サブ(当時)「す、すいません、兄・・・、大将・・・。じゃあ君ら1つね、300円ね。」

大将(当時)「待てサブ、君ら怖い思いさせてすまねぇな。こう見えてもヤクザから足洗って堅気の人間として頑張ろうと思ってんだよ、実は俺達は昔からある恩人のお陰で料理やお菓子作りが密かな趣味だったからこうやって綿菓子の屋台を出してんだけどな。どうやらまだヤクザ者の血が抜け切れてねぇみたいだ、悪い事しちまったからこれは俺からの侘びだ、タダで持って行ってくれ。こう言っちゃなんだが、幸せな2人に俺からの手向けって事にしといてくれや。」

美麗(当時)「良いん・・・、ですか?」

大将(当時)「ああ・・・、俺は決して嘘はつかねぇ・・・。」


 そうして屋台を離れた2人、綿菓子を持っていた美麗は大きな袋を開けて甘さたっぷりの中身とご対面した。


美麗(当時)「じゃあ、食べてみるね。」

安正(当時)「うん。」


少し遠慮しがちだったのか美麗が小さな口で少量の綿菓子を咥えると、何故か安正はその綿菓子の事が羨ましくなり、そして何故かその綿菓子に嫉妬していた。きっと初めての感情だったと思われるがつい口に出てしまった。


安正(当時)「俺も、その綿菓子になりたい。」

美麗(当時)「何言ってんの、変態?」

安正(当時)「いや・・・、何でも無い。」

美麗(当時)「それよりほら、安正も食べてみなよ。」


 こんな楽しい気持ちになれたのは他でも無い成久達のお陰だ、友人たちの力を借りたとは言え誘えて良かったと思った。正直、涙がこぼれそうだ。

 じっと動かず無言だった彼氏を見かねたのか、美麗は安正の両肩に手をやった。


美麗(当時)「何?それともこっちが良い?」


 そう言うと優しく唇を重ねた、相も変わらず自他ともに認めるキス魔であった。ただ松龍とは違って多くの人が集っている場所だというのに堂々とし過ぎではないだろうか。


安正(当時)「甘いな、これはさっきの綿菓子の味なのかな。」

美麗(当時)「違うもん、私の唇の味だもん。」


 安正に続いて美麗も綿菓子に嫉妬した。

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