第70話 あかるいひるま(1)

 かなえは眼を開きました。

 電気はすっかり消え、外からは明るい光がしこんでいました。

 毛布を胸の下まで下げ、右のひじを布団について、頭を起こしてまわりを見ます。

 しばらく見ます。

 やっと、自分の部屋でないことに気づきました。

 だとすると、どこでしょう?

 窓はすりガラスではなくて障子です。そして、天井は、白い板ではなくて、「四角四角」に木を組んだ天井でした。

 それで、やっと、あの庚申こうしんどうのなかだと気づきました。

 夜を寝ないで朝まで過ごすなんて言いながら、かなえは眠ってしまったのです。

 しかも、きちんと布団まで敷いて。

 それで、ばつが悪いと思って、わざと大きく伸びをしてあくびをし、それから立ち上がりました。

 畳の部屋の机の横を通って、表の障子しょうじを開けます。

 あれっ、と思いました。

 拍子ひょうし抜けするくらいにすっと障子は開いたのです。

 表は明るく日が照っていました。

 芝生の広場では、かなえの知らない親子連れが遊んでいます。向こうのほうでなわびをしている子どもたちは、かなえの学校の下級生たちのようです。体育の時間に、かなえたちが跳んで見せたのを見て、この子たちも跳んでみる気になったのでしょうか。

 ちょっと横を見ると、お母さんがあのひともとがしの下の落ち葉を掃いていました。

 いつもならおじいちゃんの仕事です。

 おはようも何も言わず、お母さんに声をかけました。

 「あれ、おじいちゃんは?」

 「田んぼに行ったわよ」

 お母さんは、言って、機嫌きげんそうに口を結びながら、それでもなんだかおもしろそうな顔でかなえを見上げました。

 「やっと起きたわね?」

 「うん」

 「起きたわね」と言われると、また眠気が戻って来るようです。それを振り払おうと、かなえはまた大きく伸びをしてあくびをし、それからお母さんに

「おはよう」

と言いました。

 今日もたしか休みだったはずです。だから少しはお寝坊してもいいと思います。

 お母さんは、ふふっ、と笑いかけ、そしてなぜかその笑いを止めて、言いました。

 「おはようなもんですか!」

 そして、目を細くして、かなえを見上げます。

 「机の上の時計、見てごらんなさい」

 机の上には、夜と同じように、時計が出しっぱなしになっています。

 針は、二時十五分ちょっと前、二時十四分ぐらいを指して、秒針がこつ、こつと音を立てて回っていました。

 いつまでも、こつ、こつと、急ぎもしないで音を立てています。

 かなえはしばらくその時計を見ていましたが、またお母さんのほうに顔を向けて

「えーっ、まだ二時じゃない……」

と言います。

 そんな大騒ぎするような時間じゃないと思います。

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