第68話 すばる(3)

 かなえは、照れくさいこともあって、顔を上げて空輪くうりんの上のほうに目をやりました。

 空には雲もなく、きれいに晴れわたっています。

 あのプラネタリウムで見たほどではありませんが、その夜の空に浮かぶ小さな星たちもちらちらと白く輝いて見えるのでした。

 かなえは、空の高いところ、ちょうどその空輪の柱を横切って行く星に気がつきました。

 たしかに、そのあたりがぼんやりと白く浮き上がって見えます。

 その星の数は、六個はすぐに数えられました。

 でも、じっと見ていると、七個、いや、もっと数えることもできそうでした。

 こんな時間に夜空を見上げたのはもちろん初めてです。

 かなえは声をかけました。

 「あれ、すばるだね」

 顔をその星のほうに向けただけで、のぶ子ならわかるだろうと思いました。

 「わたし……」

 のぶ子がいきなり弱い声を立てました。

 「……こわい」

 「えっ?」

 かなえは、のぶ子のほうを振り向きました。

 のぶ子が弱い声しか立てなかったことはこれまで何度もありました。とくに、転校してきてすぐは、黙っているか、弱い声しか立てないか、どちらかでした。

 でも、そのときの声とはちがっていると、かなえは思いました。

 いまの声は、澄んでいて、はっきり聴き取れるのに、弱い声なのです。

 のぶ子は、すばるのほうに顔を向け、その眉を寄せていました。

 ほんとうに怖いものを見ているようです。

 でも、こんな星の何がこわいのでしょう?

 「だって、あの星たちって、その水素の気体っていうので、ずっとつながれてるんでしょ? くさりにつながれるみたいにつながれてるんでしょ?」

 「いや、それは……」

 かなえは、鎖につながれている、と言うよりは、まだ子どもなので守ってもらっている、と言ったほうがいいと思いました。

 でも、ちがうことを言います。

 「だって、これからそこから離れて行くんじゃない? 離れて、ひとり立ちして……」

 「おたがいに、いっしょに生まれた星がどれなのか、もうわからないぐらい、遠くに行ってしまうんでしょ? 一人で行ってしまわないといけないんでしょ?」

 「ああ」

 「二億年もたったら、もとどこにいたかわからないぐらい、遠くに行くんでしょ?」

 「ああ……」

 かなえも、ため息をつきます。

 この前、平太へいたが同じようなことを言ったときには、白峰しらねがしらで新しい友だちができるんだからいいじゃない、と言いました。ほんとうにそう思ったし、そう言えば平太にはなぐさめになり、その塾での勉強にも身が入ると思ったのです。

 でも、なぜかのぶ子のいまのことばには、そういうことばが思いつきません。

 星は、その水素の気体に守ってもらえているところから離れると、もう、人間で言うと新幹線で一時間のところにいる子がいちばん近い友だちで、そこより近くにはだれもいない、何もないところが広がっている、そんなところへと旅立っていかなければいけなくなるのです。

 だから、かなえは、たっぷりためらってから

「うん……」

と言うしかありませんでした。

 「わたし、怖い」

 のぶ子はまたあの細い声で言いました。

 「怖いよ、かなえちゃん」

 のぶ子は、どうしてしまったのでしょう?

 やっぱり、家から離れて、こんな時間に外で空を見上げているというのが心細いのでしょうか?

 だいじょうぶだよ、と言おうと思いましたが、何がだいじょうぶなのか考えるためにも、先にきいておかなければ、と思います。

 「何が怖いの……?」

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