第66話 すばる(1)

 五十鈴いすずがわ神社の中には白いまぶしい明かりがともっていました。

 神社のおやしろと、その横の神社の建物と、神社の人が住んでいるらしい家、境内の高い木の根もとや、それに、地面に敷いてある石や散らばっている小石まで一つひとつその白い明かりが照らしています。

 今日ものぶはここに入るのをいやがるだろうかとかなえは考えました。

 でも、その前に、かなえのほうが、いまここに入りたいとは思いませんでした。

 もう真夜中の十二時も過ぎています。

 そんな時間に神社に入っても、神様はもう眠っているんじゃないかと思います。それに、こんな時間にここに入るとさいせん泥棒とまちがわれるかも知れません。

 それで、前と同じように、空輪くうりんとうのほうに曲がります。

 のぶ子もついて来ました。

 道は、同じくらいの間隔でやっぱりまっ白の街灯がついているだけで、あとはまっ暗です。

 道の横は、家のところもあり、集会所みたいな建物もあり、林のようになっているところもありますが、いまはどこも明かり一つついていなくてまっ暗でした。

 だれも歩いていない、自転車も車も走っていない道を、二人で並んで歩きます。

 歩きながら、のぶ子にきいてみます。

 「のぶ子ってさぁ」

 なんでもないことのようにきいてみます。

 「ここに来る前って、どこにいたの?」

 もともと、この庚申こうしんの夜にのぶ子をさそったのは、そういうことがききたいからでした。

 「うん?」

 のぶ子は軽く答えたので、かなえはふっと気もちが楽になりました。

 「北海道だよ」

 「ああ」

 それで、さっき、北海道で百合が咲くのがいつか、なんて言っていたのだ、とかなえは思います。

 何月と言っていたのか、もう覚えていませんけれど。

 そうやって忘れたことが幽霊になって残るんだな、と、かなえは思い、小さく笑いました。

 「でも、お父さんがこんな仕事だから、わたし、何度も転校してて。お父さんが調べる場所を変えるたびに、わたしも、学校、変わってるからね」

 「そうなんだ」

 かなえは、ずっとこの家に住んで、幼稚園も小学校も近くに通いました。

 それどころか、お父さんもずっとこの家にいました。お母さんが育った家はちょっと離れていますが、それでも、お母さんの勤めている信用金庫というところからちょっと坂を下りたところです。お父さんがいま勤めている会社やさくらまちの田んぼよりは近いのです。

 どんな気もちなのでしょう?

 友だちがいても、その友だちとはすぐに離ればなれになってしまうなんて。

 いちばん近い友だちが、新幹線で一時間かかるあたりまでいなくて……。

 いることはわかっていても、会えない。

 のぶ子がつづけます。

 「そんなのはよくないからって、お母さんがね」

 「うん」

 「東京に、家、買ったんだって。東京の大田おおた区っていうところで、空港に行く電車が走ってる街だって」

 「うん……」

 こんなお話になるとは思っていませんでした。

 次にきかなければいけないことがあると思います。でも、かなえは、そのことを考える気もちになかなかなりません。

 それで、かなえは

「ね? のぶ子のお父さんってどんな人なの?」

ときいてみました。

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