第65話 幽霊(2)

 「一度、人間が持った気もちが、人間から離れちゃうわけだよね? 人間は忘れちゃうわけだから。そういう気もちが、幽霊になるんだって思わない?」

 言って、のぶは笑っています。

 いつもの唇を少し開いた笑いではなく、唇を閉じて、何かたくらんでいるような笑いをして、かなえを見上げています。

 かなえを怖がらせたいようです。

 そんなので怖がるもんかと思います。

 でも、何と言ったらいいか、わかりません。

 「ちっちゃい幽霊だね」

 「そう。ちっちゃい幽霊」

 のぶ子も言いました。

 「そういうのが、学校にはいっぱいいて、夜、窓からじっと外を見てたりするって思わない?」

 やっぱり怖がらせたいようです。

 「でも」

と、かなえはまじめに答えてみることにしました。

 「そういうのを一つも残していない子なんかいないんじゃない? みんなそういうのをいっぱい残してるんだよ。いっぱい残して、さ」

 かなえも、しばらく黙って、唇の端を引きました。

 軽く息をついてから言います。

 「それで、上の学年に上がって、そのうち卒業とかして、大人になって」

 「ふふっ」

 のぶ子がまた笑います。

 「だとしたら、この学校で勉強した、何十年も昔のひとの幽霊から、いっぱい残ってるんじゃない?」

 「どうかなぁ?」

 かなえは答えました。

 たしか、この学校は、何十年どころか、百年前からあったともいいます。お父さんもお母さんもここの学校の卒業生です。

 お父さんやお母さんが子どものころに残した「幽霊」なんか、いまも残っているのでしょうか?

 そんなのはもういないでしょう。

 「幽霊って、どこかでいなくなったり、消えちゃったりとかするんじゃない?」

 「うん」

 のぶ子も逆らいません。

 「仏様になるとか、神様になるとか、言うよね。どうしたらいいのかな?」

 仏様というと、おばあちゃんは毎日仏様のお花とご飯とお茶をかえていますし、神様に供える木のお世話もしています。おじいちゃんは、田んぼに出かける前にはいつも神棚の前で大きく手をたたいてから出て行きます。

 だとすると。

 「拝めばいいんじゃない?」

 かなえが言います。のぶ子も、うん、とうなずきました。

 「じゃあ、わたしたちの、勉強ができなかったり、悪いことをしたりて、怒られて、でも悪いって思えないで、もやもやした気もちで残ってしまった幽霊さんに、手を合わせて、どこかいいところに行ってもらおう」

 かなえが言って小さく手を合わせました。のぶ子も同じようにします。

 いま拝んだ幽霊たちは、学校からどこかへ行くとしたら、どこへ行くのでしょう?

 あの空輪くうりんとうから高い空へと行くのでしょうか?

 だとしたら、地球や太陽と、ずっと遠くの隣の星とのあいだに何もないという宇宙には、ほんとはそういう小さい幽霊たちがいっぱいいて、いろんなことをして暮らしているのかも知れません。

 少しのあいだ、その幽霊たちを拝んでから、ふたりで顔を合わせてにっこりと笑って、かなえとのぶ子は神社へと通じる石段を上がって行きました。

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