第63話 百合(4)
「うん」
のぶ
「でも、どうして?」
そう言って、かなえのほうを振り向きましたので、かなえものぶ子の顔を見ました。
のぶ子はまじめにその明るい目をかなえに向けています。
「だって、ここ、風がガラスだよ? 百合が宝石でできてるんだよ? それがぱかっと開くんだよ? しかも、たぶん、林から宝石の百合が勝手に生えてくるんだよ? だとしたら、いま、百合が咲く六月とか七月とかの話じゃなくていいわけでしょ? 草の百合とはちがう、宝石の百合なんだから」
「ああ……うん……」
「ってことは、この林だって、普通の、木が生えてる林じゃなくて、林の木がぜんぶ宝石の林かも知れないよ」
「うん……」
「宝石の百合だとしたら、宝物の首飾り十個分とか値段つけても、そんなに悪い子とは言えないじゃない? 宝石の百合と、宝石の首飾りの交換で、大臣も子どももどっちもはっきりした値段はわからないんだ。だから、大臣も悪い大臣じゃないけど、子どももいい子なんだ」
「ああ、そうかも……」
「だから二億年前なんだ」
かなえは繰り返します。
「宝石の林に、宝石の百合が咲くんだよ。そしてガラスの粉の風が吹くんだよ。いまとぜんぜんちがってるんだ。でも、二億年前はそうだったのかも知れない。そんな宝石がいっぱいの世界、宝石が勝手に土のなかから生えてくる世界から、いまみたいな世界になるまで、二億年かかるんだよ!」
そして、その二億年前の世界のかけらが、金や銀や宝石や、もしかするとそのレアアースというものになって、いまの世界に残っている……。
「だとしたら」
と、のぶ子は目を伏せました。
「この王様も大臣も、この子どもも、みんな、人間じゃないね」
「えっ?」
そんなことは考えもしませんでした。
どうしてそうなるのでしょう?
のぶ子はうふっと小さく笑って、まじめに本に目を向けました。
「だってさ、普通の人間だったら、掛け金がすり減ってしまうようなガラスの粉の風にあたったら、すごいけがするよ。痛いよ。とても仏様を迎えるとかじゃないよ。だからさ。人間のほうも、これ、宝石なんだよ」
「えーっ!」
大げさにおどろいてみましたが、それだったらそれで筋が通ると思います。
そして、こんな答えは、
国語の時間に、普通の百合だと思ってこの物語を読んできた菊子に質問を浴びせられ、それに得意になって答えている自分の姿を、かなえは思い浮かべました。
「宝石だった人間が、いまみたいな人間になるまで……宝石だった百合が、いまみたいな草になるまで、二億年かかるんだね……」
のぶ子がゆっくりと言います。
かなえははっとしました。
はっとするようなことは何もないはずです。
ぜんぶ、自分が考えたことだったはずです。それに、つい、いま、それを得意になって菊子に説明している自分というのを思い浮かべたところだったではありませんか。
のふ子は唇の端を引いて
「ねえ。ちょっと外に出てみない?」
涙でちょっとうるんだ目でかなえを見て、のぶ子はそう言ったのです。
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