第61話 百合(2)

 「じゃあ、これ、悪い子だな、のまちがいでしょ? 書きまちがい」

 のぶは、きいて、ぷっと小さく吹き出しました。

 この子がこんな笑いかたをするのははじめて見たとかなえは思います。

 のぶ子は言いました。

 「それはないよ。この大臣、いい子だな、って言ってから、しょうへんさんといっしょにお城に来なさい、って言ってるんだよ?」

 「じゃあ、大臣もこの子どもといっしょで悪い大臣」

 のぶ子はくすくすと喉から笑い声を漏らしています。

 「だったら、そんな大臣がどうしてありがたい仏様をお迎えしようと思うの?」

 「えーっとね……」

 かなえはしばらく考えます。

 ふと、いま、かなえとのぶ子がいるこのお堂のことを考えました。

 このお堂は、外から見ると、古くて、障子しょうじが張ってあって、いかにもなかにありがたい仏様がまつってあるお堂に見えます。でも、いま、なかにいるのは女の子二人だけだし、ふだんはそれもいません。

 それでも、おさいせん箱が置いてあれば、おさいせんを入れる人がいるかも知れない。ふとそう思いついたので、大声で答えます。

 「あ、そうだ! 仏様がいっしょに来てくれたほうがおさいせんがいっぱいもうかるから!」

 すると、のぶ子は、がまんできなくなったというように大声で笑いだしました。かなえも同じように笑います。

 二人でしばらくのあいだ笑ってから、のぶ子が笑いやまないまま言いました。

 「かなえちゃん、それって、先生に当てられたときに教室で言える?」

 「あ」

 そうでした。宿題なのだから、当てられたら何か答えなければいけません。

 こんな答えをして目立つというのは、いつも甲助こうすけがやっていることです。

 「ああ、いやいや、それだめ」

 言って、笑いやもうとして、でもまた笑ってしまいます。のぶ子もまたひとしきり笑いました。

 「じゃあ、別の答えを見つけないといけないね」

 「うん」

 それで、のぶ子がまたその物語を最初から読み始めたので、かなえもいっしょに読みます。

 読んでも、よくわかりません。

 いや、お話はわかるのですが、どうして、その一銭の百合を十銭と言った子どもがいい子なのかはわかりません。

 わからないといけないものなのでしょうか?

 「うんとね」

 のぶ子が耳の上の髪の毛のところに指をもっていって言いました。

 「そこだけじゃなくて、このお話、へんなところがいっぱいあるよ」

 「たとえば?」

 「たとえばさ」

 のぶ子はひと息おいて、本を左手で手で押さえてじっと見て言います。

 「百合。九月って書いてあるよね?」

 「うん」

 「百合って、咲くの、六月とか七月とかだよ。北海道ぐらい涼しいところで七月から八月くらいだよ。しかもわりと咲いてる時期が短いよ」

 そう言って、かなえの顔を見ます。

 「うん……」

 だから何なのか、が、わかりません。

 九月って書いてあるよね……。

 「ああ、だから九月に百合が咲くって、おかしいんだ」

 「うん」

 のぶ子はうなずきます。

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