第60話 百合(1)

 ポーカーをして遊び、二人ともかなえの家までお手洗いに行って、また戻って来て、かなえがインスタントコーヒーとお砂糖と牛乳とポットのお湯であったかいコーヒー牛乳を作りました。

 二人でそのコーヒー牛乳を飲んでいると、いつの間にか夜の十二時を過ぎていました。

 でも、夜明けまではまだ六時間もあります。

 そのあいだ、何をしていればいいのか、とも思いましたし、あんがい、宿題と、遊ぶのとを交互にやっていれば朝になるのかも知れないとも思いました。

 二人は並んで国語の宿題をすることにしました。

 国語の宿題は、副読本に載っている五ページほどの物語を読んで、問題に答え、感想を考えて来ることでした。

 その物語は、ある国に「しょうへん」というすばらしい仏様がやって来ることになり、それを迎える日の朝のおはなしだと説明がありました。

 王様がその正遍知に百合を捧げようと思いつき、大蔵おおくら大臣という大臣に百合を探しに行くように言います。大蔵大臣は王様に言われたとおり林に行って百合を探すのですが、林には百合が見あたりません。

 ところが、林のかげに大きなおうちがあって、その前の栗の木の下にはだしの子どもがまっ白なりっぱな百合を持って立っていました。

 大蔵大臣はその子から百合を買おうと思い、その子に声をかけました。大臣は、最初にその子に十銭と言われて高いと言い、五銭と言われても高いと言い、一銭と言われてやっと自分の紅宝玉ルビーの首飾りとその百合を交換します。

 しかし、大臣がその花を「正遍知にあげる」というと、子どもは首飾りを投げ出して売らないと言い出します。なぜかというと、自分から正遍知にあげるから、と言うのです。そして、大臣が百合を買うのをあきらめるというと、子どもはその百合を大臣に渡します。大臣は王様に百合を手渡すことができ、王様は百合をもって正遍知を迎えることができました。

 その正遍知が川を渡ってくる場面の前でこの物語は終わります。そして、物語は、「二億年ばかり前どこかであったことのような気がします」ということばで締めくくられるのです。

 副読本に書いてある問題は、まず、大臣がなぜその子どもを「お前はいい子だな」と言ったのか、ということと、もうひとつ、最後になぜこの物語を書いた人は「二億年ばかり前どこかであったことのような気がします」と書いたのかということでした。

 まず、最初の問題について、かなえが軽く

「それは、やっぱり百合を売ってくれたからでしょ?」

と言うと、のぶはたしなめるように

「いや、そんなんじゃないでしょ」

と言います。

 かなえはよくわかりません。

 「え、なんで?」

 「だって、この子、一銭のものを、最初、十銭って言ってたんだよ? しかも、この一銭って、宝石の首飾りひとつ分の値段なんだよ? 最初にもっと安い値段を言ってたらいい子かもしれないけどさ。それとか、ただであげます、とか言ってたら、さ。でも、これじゃあ、つまり、十銭ってことは、その首飾り十個分の値段じゃない? それ、いい子っていうより、悪い子じゃない?」

 「ああ」

 そう言われれば、そうです。

 だいたい、百合の花が、宝石の首飾り一つの値段もするでしょうか?

 よくわかりません。

 カネマキデパート一階の首飾りや指輪を売っているところは行ったことがありますが、どうせ買えないので、値段なんか確かめたことはありません。

 でも、百合はたぶんどんなに高くても千円ぐらいでしょう。どんなりっぱな花でも百合に宝石の首飾り一つぶんの値段はつけないだろうと思います。

 この子どもはすごく高い値段を言っているのです。

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